第4話
「まだ、クロード・オートレッドの言葉を気にしているのね……婚約者である貴女が一番苦労していた時に他の女に入れあげて、婚約を破棄すると喚いたあのバカ男」
おお、ズバッと言い切った。
そんな虫けらもいたわねと毒づいて、優しい顔でわたしを見る。
たしかに「オートレッドはバカだな」と周囲の噂でも聞く。
そのまんまわたしと結婚していれば、楽に暮らせたのにとか言う輩もいたが、肩書ばっかり欲しがって、実がないのはあきらかなのだ。
アレと結婚してみろ、ただでさえ貧乏がさらに貧乏になるところだったわ!
「あれでよく学園の基礎教養課程の単位がとれたと思うわ。グレースの優秀さに敵うはずもありません。グレースは、このウィルコックス家を立て直す才覚を持っているのですもの、どこへ嫁いでも恥ずかしくはないわ」
パトリシア姉様に褒められると嬉しいなあ。
そうは言うけど、別にわたしの力だけってわけでもないでしょ。
「お姉様の婚家のお力が強かったからこそ、できたことです。何度か危ないところも救っていただいたので、別にわたしの力ではないでしょう」
必要に迫られて領主代行をしてた時なんか、肝心の交渉ごとにおいて、何度も足を掬われそうになった。
10代の小娘を相手ならば、領地まるごと乗っ取りも夢ではないと、他の男爵家や他の子爵家からの舞い込む縁談を躱し続けられたのも、姉の婚家の力が大きい。
中には結婚しなくても、契約書一つで乗っ取りできそうだと画策されたことも一度や二度ではない。強欲な他家とつながりを持つ商人達との交渉事もドキドキしたよ。
ウィルコックス家の子爵領などたかが知れているのに、それすらも掠め取ろうする有象無象を三年ほど相手にする時に感じたことは……。
クールビューティー系の顔でよかった……。
これにつきる。
笑みを浮かべず淡々とした態度だけで、相手もなめてかかってこなかったもの!
この冷淡な顔立ちが、時として、パトリシアお姉様を凌ぐ威厳も出せるのだ。
「わたしは……アビゲイルお姉様みたいに、自由気ままに身軽に生きていけるなら、そちらに憧れたりします……」
貴族社会って、やっぱり女は損なんだよね。
自由がないというか限定されるというか。
前時代的な感じなんですよ。
だから二番目の姉のように、自分の食い扶持は自分で稼ぎたい。
これは前世の記憶があるからかなあ……余計にそういう思いが強いんだよね。
魔導伯爵位を叙爵とか、かっこよすぎるでしょ、アビゲイルお姉様は一体なんなの?
チートなの? チートだな。
オレツエーなの? オレツエーだな。
「アビーは……ほら、私達の中ではちょっと特殊というか」
パトリシア姉様はあらぬ方に視線を飛ばした。
「そうですね、残念ながら、アビゲイルお姉様のような魔力も明晰な頭脳も持ち合わせておりません。しかしパトリシアお姉様の仰る通り、パーシバルとジェシカの結婚も近いです。わたしも身の振り方を考えなければ」
でもわたしに何ができるか……。
領地経営の触りなら教えられるからそこを活かして……教職とか? ガヴァネスとか?
書類仕事はそこそこできるから、行政官試験を受けるとかもありかも。
「グレースは、今、わたしが結婚した年齢と同じよ。大丈夫。探せば見つかるはずです」
うーんやっぱり結婚なのかー。
今世の世情でいえば当然といえば当然な選択なんですが。
結婚……。
そりゃ前世より美人に生まれましたよ?
でもさ、今世も結婚って難しそうな気配。
貴族の結婚は、打算とか派閥の強化とかそういうのがついてくるじゃないですかー。
そしたら条件的なお家限定でしょう?
だからって、わたしがずっとこの家の子爵当主というのもな。
この家はパーシバルに婿入りしてもらい、彼が次代当主になった方がいい。
やっぱり貴族家当主は男じゃないとっていう風潮だし。
彼の実家と当家の領地業務提携は理想的だし、お姉様の婚家のラッセルズ商会もそう思ってるはず。
だからわたしが結婚して子爵位を譲る……。
わかってる。わかってるけどさ!
でも結婚できる気がしない!
婚約破棄された女なんですよ!
こんなに美人に生まれ変わっても、顔が好みじゃないと初回の婚約で婚約破棄される運の無さ!
おまけに父親が生きていた時から、三女のくせに家の裁量権とって、最短で子爵家当主になった娘だよ? どんだけ強欲なんだと思われてるよ!
わたしが男だったら、そんな噂のある女とは結婚したくないわ!
……無理でしょ。
「グレース。貴女には実績があります。このウィルコックス子爵家を三年切り盛りしたという実績が。それを活かしなさい。まったくもって社交に出なかったわけでもないのですから」
「外からウィルコックス家を支えるお姉様のようになれるかは……外からこの家を守るならば、爵位は同等かそれ以上でないと難しいかもしれません。お姉様のように男性を見極める自信がないのです」
女子爵を嫁に迎える。
男爵家や子爵家なんかはどこも及び腰だろう。
中には、わたしに仕事を押し付けて、遊びまわってやろうっていう男とかもいそうだけど、学生の時から当主の父から裁量権もぎ取った話は有名だから、そんな女を嫁にもらったら、当主の座を奪われて家のっとられるぞとまわりがご注進するって。
そうなると――子爵家よりも上の爵位の貴族……。
それって、後妻しかなくない?
デビューを三年も過ぎた私に残されてる縁談なんて、爵位があるが高齢の当主か、人品骨柄に問題有な人(妻に逃げられたり先だたれたり)その二択じゃないの。
究極の選択で選ぶとしたら、やっぱ爵位があって、高齢の当主よね。
後々爵位後継に揉めていても当主代行ぐらいは出来るっていう価値がわたしにはあるし。
わたしが声に出して唸っていると、パトリシアお姉様がぴしりと言い放つ。
「そこは私とアビゲイルが探します。パーシバルの実家メイフィールド家も協力してくれるようです。そうと決まれば、ヴァネッサ。メアリ。グレースのドレスもきちんと仕立てなさい。シャペロンにしてはもったいないと思わせるように」
パトリシア姉様の指示にメイドの二人はやる気を見せて答える。
「「はい、かしこまりました! 若奥様!」」
「じゃあまずは~ご衣裳のデザインからご相談しましょうか~」
服飾デザイナーのマダムもノリノリだ。
そこに妹のジェシカも顔を覗かせる。
「グレースお姉様は、お綺麗だから、きっとみんな夢中になるわ! わたしとお揃い!」
ちょっと待て妹よ! デビュタント同様の白を基調としたドレスは無理!
わたしの学園の同窓生に会ったらみんなドン引きだよ!
何を言われるかわかったものではない。
「グレースが白いドレスを着るなら結婚式よ、ジェシカ」
「そうね! グレースお姉様の黒い髪と金の瞳に似合うドレスの色ってやっぱり濃い色合いの方が似合うわよね? パトリシアお姉様」
「センスがいいわジェシカ。私もそう思うわ」
立派に成人した4歳下の妹、ジェシカちゃんの鼻息が荒い。
布見本をパラパラと捲って、「夜会のシャンデリアにも映える布っ!」とか唸ってるし……。
小さい頃は病弱で学園に入っても度々体調を崩す子で、わたしもお姉様も甘やかしたし心配したので、どこかまだ幼い感じを残してるのよね。
でもね、ジェシカ、あのね、お姉ちゃんはね、キミの着せ替え人形と違う。
「濃い赤……濃い青……どちらも捨てがたい~。それにお姉様は色白だから濃い色が映えるわあ。寒色系の薄い色もいいわよねえ。髪の飾りはティアラが似合いそうだけど、これもデビュタントのみだからダメなんでしょう? うーん、こういう先端に飾りがついたピンで髪を飾るのはどう? お姉様の瞳の色と同じ金色にして! うちにお金があったら、本真珠のピンでこれでもかって散らしたい~!」
「ジェシカ様、本当にセンスがよろしいです!」
「配色を詰め込み過ぎると下品になりがちですから! 配色抑えて、お上品にお願いします!」
こういうセンスは持って生まれたものなのだろうか?
妹の意外な才能を目の当たりにし、彼女の指示であれこれとわたしの衣裳は見立てられるのだった。
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