第5話

 



 妹の社交デビューの付き添いとしての夜会。

 ウィルコックス家のエントランスで、執事のハンスと家政婦長のマーサは感慨深い表情でわたし達二人を見ている。


「末のジェシカお嬢様もご無事にデビュタントとして夜会に出席……」


 マーサに感無量といった態でそう呟かれてしまった。

 特にお母様似で、病気がちだったジェシカが元気になり、成人した事実が感激なのだろう。

 この子が嫁にいったら号泣するな。

 まあ嫁にいかせず、婿をとってこの家に残すけど。

 ジェシカが嬉しそうに私を見る。

 いやーなんとか育ったよ。

 可憐で可愛い貴族令嬢の爆誕!


 華やかなプリンセスラインの白い衣裳、スカート部分の下は透けるような印象を与える為に蜘蛛型モンスターのプチアラクネの糸を使用したレース素材を使用している。これはレースなのに光沢の美しさが評判の素材だ。

 この素材こそ、わたしが手掛けた領地特産品の一つなのよ。


 元々――うちの領地は農作物で税収をあげていた。

 父が母にかかりっきりになって、わたしが裁量権を持った時に、農作物以外にも、麻や木綿を手掛けたの。じゃあ、ここは絹もやってみるかーと思ったんだけど、蚕が取りにくいので、絹に見切りをつけたのだ。

 この世界は、うちの領地だけじゃなく、どこもそうだけど、たまに魔獣やモンスターが出現する。

 そこでただ討伐依頼をかけるのもどうかと思って、飼育可能なやつから試験的に試してみた。

 その成果がドレスのレースになったプチアラクネの糸です。


「グレースお姉様も素敵よね? マーサもそう思うでしょ? やっぱり赤のドレスにして正解! 金色の細かいレースとサテンの光沢が合う~! 介添人にしては若いし、お姉様をお誘いしたい紳士もたくさんいるかも!」


「そんなことよりも、貴女自身が、ダンスを申し込んでくる男性に注意なさい」


「はあい。でも、一度はヴィンセント様と踊ってみたいな~」


 妹が口にした名前は、今をときめく伯爵家当主、ヴィンセント・ロックウェル卿だ。

 彼の地位的に、本日デビュタントの妹には荷が勝ちすぎるのではと思っている。

 軍閥系の高位貴族で伯爵様。

 金髪と紫水晶みたいな瞳が印象的で、女性の扱いも上手い。

 まさに独身の貴族令嬢が思い描く理想の王子様そのものだとか。

 噂でしかしらないけれど。

 でも、そんな彼の外見の良さよりも有名なのは、ダンスに誘う殺し文句が、


「どうかこの手を取って私とワルツを踊っていただけないでしょうか? この身は騎士ではありますが、貴女の王子になりたいのです」


 とかなんとか。

 どこの三文芝居の喜劇役者だとツッコミどころ満載のセリフだが、顔がよくて爵位のある男が甘いテノールで囁けば、独身女性は完璧に落ちるらしい。

 これで彼に熱を上げて、縁談を引き延ばした女性は片手、いいや両手の指でも足りないだろうという噂もある。多分単純にダンスの誘いなのだが、顔のいい男は得だという例だ。

 もちろん彼は顔だけではないらしいが。

 ちなみに彼の言うところの「騎士」って――これはもう称号になってきていて爵位の一つになりつつある。

 例外は王城で王族を守護する騎士団ぐらいだ。

 彼自身は伯爵だが、あのセリフから推測するに多分騎士の称号も持っているんだろう。

 軍にはあまり興味がないので、どこの所属なのかはわからないけれど……。

 だが、そんな男と踊ってみろ、頭からばくりと食べられてしまうよ、妹よ!


「あら、パーシーとは踊らないのね」


 わたしの言葉に末っ子のジェシカは、血色のよくなったピンクの頬を真っ赤にさせた。


 パーシバルの実家であるメイフィールド家は今隆盛を誇る。

 パーシバルは次男なので、この妹と結婚すればウィルコックス家も安泰というもの。

 年齢より精神面が大人びている彼と、この幼さが抜けきらない妹……身近で三次元で萌えを供給してくれる二人。

 ありがとうございます。

 何時も観ていて、にやにやしちゃう。

 この二人が結婚したら、両親亡き後、ウィルコックス家全体を支えていたわたしの肩の荷も下りるというものだ。

 執事からその噂のパーシバルが迎えに来たことを知らされた。


「ジェシカ! すごく綺麗だ!」


 エスコートの為にうちの門前まで馬車できたパーシバルが、玄関を開けるとジェシカを見るなり両手を広げた。

 彼はすでに社交デビューをすませ、来月には18になる。淡い栗色の髪とグリーンの瞳が印象的な好青年だ。


「ほんとう? パトリシアお姉様が用意してくださったの、デビュタント用のドレス」

「うん。すごく似合う」


 婚約者の言葉に妹ははにかむように微笑む。

 端から見てニヤニヤしたいんだけど、あまりに激甘な二人を目の前にすると、口から音を立ててザーッと……砂ではなくグラニュー糖が出てきそうだ。

 そのぐらい甘々の二人。

 あなた達、そのまま教会に行って結婚すればいいのに。

 そうなるとわたしの就職先がなあ……。

 ま、とりあえず、妹の社交デビューの為に会場に行かねば。

 ついでになんかいい勤め先を見つけることができればいいんだけれど。



 今シーズン成人となる貴族令嬢のお披露目だから、会場はクレセント離宮で行われる。

 わたし達が会場に足を踏み入れると、小さなざわめきがたった。

 ――これは想定内。

 子爵家の中でもウィルコックス子爵家は、弱小から中堅入りを果たしたぎりぎりラインに位置する。

 こう注目されるってことは、子爵家として、付き合うのもいいんじゃなーい? って思われていることなのよね。

 中には「女のくせに生意気にも子爵家当主を名乗りやがって」な視線もある。

 まあね、後継ぎが娘しかいないなら婿を取るのが世間一般的において常識なんだもの。

 それを、未婚の――婚約破棄された三女が爵位を引き継ぎ女子爵の肩書を持つとか、イレギュラーもイレギュラー。

 せいぜい表情筋を死滅させて、冷淡で尊大な、子爵家当主の顔をしてみせようじゃない。

 脳内にやきつけているパトリシアお姉様の所作を見本にさせてもらおう!


 はいはい注目注目~! うちの末っ子の社交デビューよ! 今後ともウィルコックス子爵家をよろしくね!


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