第3話

 



 クロードとの婚約破棄から三年後―――。


 わたしといえば、クロードが周囲に婚約破棄と喚いたおかげで、婚約破棄された女子爵という認識を持たれていた。

 子爵代行じゃない。

 子爵の爵位をわたしが持っているのよ。


 泣いて落ち込むヒマはなく。

 周囲の噂を気にして一般的な貴族令嬢のように家にこもることなく。

 この三年間、ガツガツ働きました!


 まず父が亡くなった時に、学園で知己になった友人に話をつけた。

 彼は貴種担当の行政官だ。女が爵位を継ぐのは難しいから、事前に根回しをしておいた。

 意外と知られていないんだけどね。申請書とか実績証明書とかのもろもろ書類と審査も必要なんだけど、これらの書類は学生時代から揃えてましたよ。


 だって、学生時代から家の裁量権持たないと、この家やばかったんだもん。


 貴族当主生存中の爵位継承って可能だったの。

 一番すんなり通るのは、当主が家の裁量権を持てない状態。

 例えば、生きていても、重病だとか、高齢の為に判断が危ういとか。

 わたしの場合は承認されるかどうかギリギリの状態だったと思う。

 そんな状態でも、最短で子爵位を手にした。

 姉二人も妹も、わたしが当主になることに異論はなかったようだ。

 むしろ、よろしく頼むぐらいな感じだった。


 当主である父親がいるのに、爵位継承の準備をしてるってだけで外聞悪い。

 これ普通にわたしが男でも白い目で見られていただろう。

 でも、我が家はいろいろ切迫していたし、姉が貴族位でないラッセルズ商会に嫁いだ事実があったから、お役所仕事である彼等もスピーディーな対応をとってくれたと思っている。

 例え弱小子爵家でも、娘の一人が政商で豪商のラッセルズ商会に嫁入りしたという事実に周囲は勝手に思惑を広げる。

 このまま子爵家の領地がラッセルズに統合されちゃうの? 操り人形の当主でも、それが女でも、ここは当主立てておいた方が無難じゃね? 的な。

 あと、領地の家令や代官なんかはめちゃくちゃ喜んでくれたから問題ない。


 これが前世の容姿をしていたら絶対無理だったろう。

 世間はデブスに冷たい。わたしは身をもって知っている。


 家令も代官も、この爵位継承をスピーディーに進めてくれた行政官も、わたしが頼りにしてると言えば、二つ返事で動いてくれた。

 きっとこの顔のおかげだ。悪役令嬢の取り巻き系の顔でもね! 顔面価値プライスレス。

 この顔の良さを今使わずいつ使うのだ! ぐらい媚びてみせたわ。

 その間、いいお話はまったくもってありませんでしたけれども!

 なんとでも言うがいい。


 わたしが現在ウィルコックス子爵だよ!


 今も領地から王都のタウンハウスに戻ったところである。

 馬車を使わず馬で護衛を引き連れて、王都と領地を行き来するこのフットワークの軽さ、そこら辺の貴族の坊ちゃんにも負けてない。

 で、何故、馬車じゃなくて馬かというとね。

 この無事に転生してスタイルのいいクールビューティー系の美人になったのに、怠惰な感じですごしてデブるのが怖かったんですよ! 

 乗馬はダイエットにいいって言うし。

 足があると何かと便利、領地経営はビジネス、ビジネスにはスピードが必要です。

 今回雇った護衛がタウンハウスのドアを開けると、末っ子がキラキラした笑顔でわたしを迎えてくれた。




「グレースお姉様! おかえりなさーい!」


 パトリシア姉様が、末っ子ジェシカの社交デビューの為に、商会の服飾職人を連れて実家のタウンハウスに来訪していた。

 ジェシカが普段より二割増しでキラキラしてるのは、デビュタントの衣裳の仮縫い中だからか。なるほど。

 わたしはドアを開けてくれた護衛に、契約書にサインをして、料金を渡す。

 この護衛さんは、結構前から何度も利用させてもらってる。いつものように料金の半分を前金で渡してるので、この場で残金の支払いをすませた。

 またよろしくね~。

 わたしは疲れているが、お留守番の妹はつやつやピカピカしてる。

 元気になっていいことである。




「ただいまジェシカ、良く似合うわ」


 わたしがそう言うと、末っ子は嬉しそうにくるくるとその場で回る。

 うむ。可愛い。可愛いは正義。


「おかえりグレース、丁度いいわ。貴女のドレスも新調しなさい」


 嫁いでいったとはいえ、パトリシア姉様には、長子の迫力がある。

 階段から降りるその姿はとても優美で、威厳がある。

 子爵家の令嬢だった貴族的仕草は抜けない。

 生まれながらの貴婦人とはこういうことかな?


「ドレスの新調……? よくわからないのですが、湯あみをしてきていいでしょうか。領地からもどったばかりですので」


 わたしがそう言うと姉は鷹揚に頷いた。

 いやだから、お付きのメイドさん達が手伝う感じでついてくるの、やめてー!

 前世持ちだし、下位貴族なんだよ! 湯あみの手伝いとかいらないよ。

 わたしは考え事があるので一人で大丈夫と伝えると、介助はしないけど、着替えやリネンの為に一人は控えてくれることに。

 湯あみをして、身支度を整えて応接室に行くと、良く冷えたハーブティーを姉が連れてきたメイドが給仕してくれた。

 姉が連れてきたメイド達の所作の隙のなさ……素晴らしい。

 高位貴族につかえるメイドかと思うぐらいに洗練されている。


 わたしもね、会合やそれなりの夜会に出ることもありますよ、商談がありますから。

 そこで、わたしの姉パトリシアのことを「平民落ちが」と他所のご令嬢に囁かれることもあります。

 その囁きに、どこが? とわたしは首を傾げたくなる。

 このメイド達を日常的に扱う姉のどこを見て爵位無しの平民というのか。

 見せてやりたい。


「ドレスを新調しなさい。グレースが一番、苦労したんですもの。ジェシカもデビュタントに申し分ない成長もしたことだし、あなたも貴族令嬢らしく、今回の夜会で結婚相手を見つけなさいな」


「しかし、わたしの婚約は一度流れています。そういった外聞があれば結婚も難しいのでは?」


 婚約破棄、舐めちゃいけない。

 例え口約束の婚約であっても、破棄ではなく解消が事実であっても、破棄されたという言葉はわりと残るものですよ。(元婚約者が声高に周囲にそう宣言したっぽいから特にね!)

 これはわたし達姉妹が頑張って、家を傾けさせないように動いた代償といえば代償か。

 それに……。

 わたし、何度生まれ変わっても、結婚できない気がする。

 だって前世に比べてめっちゃ美人になっても婚約破棄されたんですよ?

 もう無理かもねえ。




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