第2話
元、婚約者のクロードとは、親同士が決めた婚約者だった。学園に入学時に婚約は決まっていた。
王都で滞在するタウンハウスも近くて気心も知れた互いの両親達が、年の頃合いを見てわたしとクロードの婚約を結んだのだ。
けどさ。
わたしよりも一番上の姉の結婚について考えて欲しかった――。
いや、考えていたと思う。
考えすぎていたんだろうな。
うちの一番上の姉はどこに出しても恥ずかしくない――それこそ侯爵家からだって打診のあった人ですよ!
うちは子爵家なのに、これはすごいことなのよ? 一段上の伯爵位への嫁入りだって子爵家にお話がくるとか、ほんと珍しいことなのだ。
お父様がお母様につきっきりの時に、私が執務室に入り浸ると、お姉様宛の結婚の打診のお手紙とかわっさわさ見つかったもん。
しかし、打診をくれてた有力なお家は、どこもすでに別の人と婚約結んでる状態だった。
――父よ! 頼むよ、ここ大事でしょ。母も大事だけどさ、娘はどうでもいいのか⁉
もちろん、打診先には家の事情を説明しつつ、ご縁がなかったこと返信の遅れは誠に申し訳ないと謝罪文をしたためたのはわたしだ。
打診を貰っていた全ての家にやったわよ。
ついでに学生時代から父の了承を得て着手した領地の特産品も送ってね!
これをやっておけば、この特産品に食いついてくれるかなという下心もあった。
結論から言うとこの作戦は大成功。
姉との縁はなかったが、ウィルコックス子爵家とは今後ともお付き合いしていくこともやぶさかではないと、侯爵家を始めとする高位貴族からもお手紙もらったわ!
で、ここで姉が落ち着いた婚家について説明するけど――……。
姉が自力で婚活に励んで掴み取ったのは――爵位はないけど、王都の貴族で知らない者はいない豪商、王都一の大商会といわれるラッセルズ商会の若旦那です。
もうね、相手も婚家もめっちゃお姉様を大事にしてくれてます。
それこそ「我が家にお姫様がお嫁にきてくれたよ!」「うちの息子、でかした、三国一の嫁もろうた!」な感じで下にも置かない扱いよ。
婚約が整った頃ぐらいまで、姉を望む男爵家とか同じ子爵家が横槍を入れようとしたこともあったんだけど、ラッセルズ商会の財力にはかなわない。
下手な貴族家よりも唸るほど資産潤沢。マネー・イズ・パワー。
おまけに近い将来、ラッセルズ商会は貴族位叙爵される気配濃厚。
財力と将来性に自身をべットするとか。さすがお姉様。さす姉。
で。
姉の婚家――王都でもその名を知らない者はいないラッセルズ商会の後ろ盾(主に財力)があるので。
やっちまいましょう。
例のお詫びの品……領主代行で生産していた領地特産品を押し上げてもらったり、関連する事業を手掛けてる貴族家を紹介してもらったり、取引先との交渉や、領地の施政なんかを見直したり、病弱な妹の世話をしたりと、王都と領地を往復する日々ですよ。
社交デビューを果たした直後からそんな怒涛の一年を過ごしていた時に――……。
わたしは婚約者から、悪役令嬢を断罪するかのような婚約破棄宣言を受けました。
「俺は真実の愛を見つけた。キャサリンは、キミと違って素直で愛らしい。ろくに手紙もくれないキミとは違う。この婚約は破棄させてもらう。このキャサリンこそ俺の運命の女性なんだ」
わたしの婚約者クロード・オートレッドが浮気相手を連れて、わざわざこのウィルコックス家のタウンハウスに乗り込んできたときは、呆れたと同時に、今後のオートレッド家は大丈夫だろうかと余計な心配もした。
お前、アウェーで婚約破棄劇場を繰り広げるんかーい!?
つっこみどころ満載だ。
「だいたいオレはそのお前の冷たい顔立ちが気に入らなかった!」
は⁉
わたしはこの顔めっちゃ気に入ってますけど?
前世の容姿に比べたら全然イケてますからね⁉
わたしの前世のデブスコミュ障喪女具合なめんなよ。
この顔は冷たいんじゃないんだよ! クールビューティーと言え。
この顔があったから今世の自己肯定感があって、救われたことも多々あるんだよ!
領主代行としてのやり取りも、この今世の見た目があればこそできたことだよ!?
「クロードさん、馬鹿なの? 馬鹿でしょ?」
妹ジェシカの見舞いにきていたパーシバル・メイフィールドが呆れたように呟く。
パーシバルはわたしが領地経営で共同事業を行うメイフィールド子爵家の次男坊。
メイフィールド家の領地と我がウィルコックス家の領地は隣接しており、王都に構えるタウンハウスも同じ区画。
そこの次男坊はうちの妹、ジェシカに一目惚れで猛アタックを開始して、めでたく婚約しましょうかという話もあがってきていた時期だった。
若干政略がらみではあるが、本人同士は初恋をつらぬいているリア充カップル誕生。
これで娘三人(次姉について結婚は別次元の話なので除外)の行く先も落ち着きそうだと思っていた矢先のことですよ。
「オートレッド様、婚約の破棄ではなく、解消では? 婚約中に新たな女性ができたのなら、それはオートレッド様の有責ですが?」
ちなみに、その場には一番上の姉パトリシアとその夫君であるラッセルズ商会の若旦那もいた。
「なんにせよ、婚約は契約。契約の不履行には、代償が伴いますが」
妹二人だけでは心配で、実家に頻繁に顔を出すパトリシアお姉様に、おしどり夫婦よろしく付き従う若旦那――いえ、この日は単なる偶然です。
彼がお姉様に付き従うようにこの家に訪れたのは、わたしが率先してる事業についての販売計画の打ち合わせの為でもある。
「さすが金のない平民が言い出しそうなことだ!」
クロードは吐き出すように言い捨てるが、豪商であるラッセルズ家の資産はキミの家よりも上では……。
貴族位はないが貴族に人脈も持っているし、一体誰にモノを言ってるのか。
世間知らずってこういうことを言うのかな……?
ていうか自分有責なのに婚約破棄をわめくバカはいらない。
よかった。親同士の口約束での婚約で。
ウィルコックス家の立て直しで忙しくて、正式な婚約式挙げる前で。
姉の夫であるラッセルズ商会の若旦那はわたしに視線を送る。
証明書とって、私の婚約はなかったことにしてくださって大丈夫です。
アイコンタクトでわたしが頷くと、若旦那は商人らしいビジネスライクさでクロードに言う。
「条件のすり合わせの婚約であれば、書面にて正式にしておく方が、今後問題もないかと」
「親同士の口約束でなされた婚約だ、そんなもの必要ない!」
「いえ、書面にて契約不履行を、公的文書なれば、オートレッド家も今後、憂いなくこちらのウィルコックス家と関わらずにすみます」
若旦那、完璧ビジネスモードだね。
わたしもクロードの家とは関わりたくない。
もちろん顔に出さずに冷静にクロードを見つめていると、ヤツは鼻息荒く言った。
「多少、顔の造りがいいのを鼻にかけて可愛げがない、可愛げどころか血も涙もないのではないか! それに比べてキャサリンはこんなにも愛らしくて」
いいからさっさと署名してよ!
あのね、花がバラだけでないように、美人の種類はいろいろあるでしょう!
あと、前世でこういう感じの漫画とかラノベとか読んでて思っていたけど、このセリフ言う男って、自分が婚約してた相手に愛されているとか思い込んでませんかね?
泣いて縋って「いや捨てないで!」とか言ってもらいたいのかな?
金額次第で請け負ってもいいけど?(多分この男には払えない金額ふっかけますよ。わたしの顔面の付加価値もついた演技は安くないよ)
大の男が青筋たててこんなこと言うなんて……おまけに、絶対これ自分で自分に酔ってるよね?
もう前世の言葉で「うける~」とか言いそう。
前世さんざん揶揄された言葉、今ならわたしが言いそうだ。
いや言っちゃダメだ。でも想像したら吹き出しそうになる……こらえなければ……。
わたしが俯いたのを見たクロードは、泣くのを堪えてると勘違いしたらしく、それで溜飲が下がったと思われる。
「ふん、今更しおらし気に見せても、もう遅い、とにかく、この話はなかったことに!」
そう捨て台詞を吐いて、ウィルコックス家のタウンハウスを彼等は後にした。
おい、「もう遅い」のセリフ、お前が言うのかよ――!!
そんなわたしの心の叫びは、誰にも知られることはなく……。
若旦那が秘書の一人を呼び寄せ、彼が婚約破棄をする旨をサインした証明書を持たせ、オートレッド家へと使いに出した。
「今後、オートレッド家については、当家もかかわりたくない」
若旦那がそう呟いた。
国内有数の豪商をオートレッド家は敵にまわしたのだ。
それにしても、本当にあるんだな婚約破棄宣言。
前世では当然結婚できなくて……恋愛とか結婚とかに夢があった。
美人に生まれ変わった人生二周目、異世界転生、婚約者付きとは! と最初は思ったけど。
こんな男と結婚とか……ないわー……。
そう思ってため息をついた。
そして、こんな騒動を娘達だけに任せてしまったという負い目が決定打となって、この日のすぐ後に、ウィルコックス家当主であった父が亡くなり、数か月後、わたしが正式に子爵家当主となったのだった。
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