転生令嬢は悪名高い子爵家当主 ~領地運営のための契約結婚、承りました~

翠川稜

1章

第1話

 



「俺は真実の愛を見つけた。キャサリンは、キミと違って素直で愛らしい。ろくに手紙もくれないキミとは違う。この婚約は破棄させてもらう。このキャサリンこそ俺の運命の女性なんだ」


 三年前、わたしは婚約者からそう告げられた。

 場所は王都にある自宅――ウィルコックス家のタウンハウス。


「だいたいオレはそのお前の冷たい顔立ちが気に入らなかった!」


 そう告げられて即座に思ったのは……。


 は!?

 わたしはこの顔めっちゃ気に入ってますけど?

 前世の容姿に比べたら全然イケてますからね⁉




 わたし、グレース・ウィルコックスが前世を思い出したのは4歳の時だ。

 この時、ウィルコックス子爵家に四人目の娘が生まれた。

 ウィルコックス子爵家の三姉妹。その末っ子だったわたしも、これでお姉ちゃんよ!

 幼いわたしは当時無邪気に喜び、はしゃぎまくって、階段から転がり落ちた。

 両親も姉二人もわたしを案じてくれたし、生まれたばかりの妹は赤ん坊だからなのか、これまたわたしを案じてなのか、ギャン泣きし――そして、まるまる二日寝込んだ後に、わたしは自分が異世界に転生した元日本人だったことに、気が付いたのである。


 目覚めたら目覚めたで「転生したああああ! ひゃっはあああああ!」とテンション上がって、再び階段から転げ落ちそうになったのはご愛敬。

 デブスでモテないぱっとしない自分が、異世界の貴族令嬢に転生だ!(子爵家だけど!)

 しかも! まあなんていうことでしょう。

 美幼女だよ! 

 いやーもー転生した自分の顔だけでご飯三杯食べられるわ。

 今世の主食はパンだけど!

 白い肌、ほんのりとしたバラ色の頬。とおった鼻筋。しかし黒髪か……いやいや、一周回って黒髪いいじゃない。この異世界では黒髪の方が映える! 艶々キューティクルストレートロングヘアが似合うこと! 

 そしてなによりも金色の瞳。

 ちょっとツンとした黒い子猫ちゃんみたいで悪くない。

 そこはかとなく冷たい印象はぬぐえないけど――……え? 悪役令嬢なのかな? ううん、ないない。悪役令嬢の定番は高位貴族と相場は決まってる。

 うち子爵家だから、悪役令嬢じゃないのは確定だ! 破滅はない! はずだ……。


 しかし四人姉妹ですと? この生まれたばかりの天使のような妹が、将来わたしを苛め抜くのか? それとも姉二人がわたしを苛め抜くのか⁉ 

 悪役令嬢ではなく家庭内格差ドアマットヒロインになってしまった⁉


 そんな不安は杞憂に終わり、家族仲良く円満、この異世界で貴族令嬢としてすくすくと育ち――。


 一応王都の学園には13歳で入学。

 なんとなく前世の記憶によると衣裳や貴族社会なんかは近代ヨーロッパっぽい感じではあるけど、魔法もある世界だし、生活様式においては魔導具で最先端(現代的)な感じがしないでもない。


 これはやっぱり、何かの物語の転生か⁉ と身構えたわ。


『王都の学園』っていうだけで、何かありそうだもの。

 前世デブスのわたしに比べ、今世のこのクールビューティー系の顔だ。

 もしかして、悪役令嬢の取り巻きその一とか?


 乙女ゲー、漫画アプリやアニメやライトノベル、WEB小説、幅広く浅く嗜んだ元デブスのヲタク喪女のわたしなので、自分がどの世界に転生したのか必死に記憶をさらうが、どうやら何かの物語の世界に転生ではないらしい。

 それに、王太子とか第二王子――その婚約者候補の高位貴族のご令嬢は妹と同年だった。

 なのでわたしの学園在学中に接点などない。


 わたしは安心して学園に通った。

 この時、婚約者も決まった。



 ただ、自分に転生チートはなかった。


 この状況ならオレツエーってやってみたかったんだけどな。

 チートはないけど、前世よりもなんとなく地頭はよくなった気がする。

 あとコミュ力。

 自分に自信がなくて、なにもかもどんくさくて、コミュ障だった前世の学生生活と比較してみて、対人関係――特に友人関係は転生ギフトかなと思うぐらい充実していた。

 今世の顔立ちは美人系だったけど冷たい印象なので、最初は遠巻きに見ていた生徒もいたけど最後には、


「グレースって、顔で損してるよね、話してみると、話しやすいのに」

「けっこう柔軟というか先進的というか。あと、メンタルがタフネス」


 とか言われる始末。

 いや、顔で損はしてないよ。むしろご褒美、神様ギフトこれじゃね? な気持ちですけど?

 そりゃー人生二周目、現代日本にいた人だからそれなりに? でもメンタルタフネスってなによ。図太いって言ってる? 太くないから! 今はもう太くないから! 特に腹!


「褒めてるのかしら? 弄ってるのかしら? どっちなの?」


 と一度言ってやったら、「すみません」「褒めてます」とか謝られた。

 物理的なイジメもなかったし、見た目は冷たそうだけど、話しやすくて頼れるよねってことが友人達の総意。

 前世の方がいじめられていた学生生活だったのは確かだ。


 充実しているけれど、めちゃくちゃ忙しい学生生活だった。


 2年生になって専攻コースに入った。

 淑女教育ではなく、領地経営コースを選択。

 父の手伝いをするために領地経営コースを選択したのだ。

 だって学園入学時から母が倒れて、父が仕事に身が入らなかった。むしろ、母の介護を甲斐甲斐しくする始末。

 それ故に、わたしが半分ほど領地経営の陣頭指揮をとることに。

 領地経営は学校で習いつつほぼ実践な状態ですよ。

 学生しながら経営者的なやつだった。

 姉二人からは「淑女教育コースに進ませてやれなくて、ごめん」と謝られてしまったが、この世界を生きるにあたり、やっぱり世間知は少なからずあった方がいい。

 あと淑女教育はさあ……。

 これだけいろいろ発展してるのに、貴族社会。

 男尊女卑傾向があるのってやっぱり前時代的でしょ。

 行政官コースとか魔導師専攻コースなんかもあったけど、そっちには才能がないと見切ったわたしの選択だった。


 この時の自分の選択も、後々大いに助かることになる。

 そして卒業しデビュタントを果たし、これで成人!


 しかし、ウィルコックス家の平和は、わたしのデビュタントを終えると崩れ始めた。


 学園の入学前から、身体の弱い母の体調が悪化。

 わたしの社交デビューの二日後に、母は容態を急変させて、儚くなってしまった。

 ウィルコックス家当主である父は、領地経営も、娘達も、何もかも手に付かないほど嘆き悲しんだ。

 最初こそは、そんなにもお母様のことを愛していたのかと感動した。

 時間が経つにつれ、いつまでも嘆き悲しむ父を見て、いくらなんでも限度があるだろうと思い至る。


 うちの――ウィルコックス子爵家の財政が徐々に傾き始めたのだ。


 そこでわたし達、ウィルコックス家の娘達は一致団結した。

 わたしはとにかく領地経営の全権をとって、なりふりかまわず仕事した。

 悠長に子爵家という貴族位にふんぞり返ってる場合じゃない。


 苦労したのは一番上の姉だ。

 結婚適齢期ギリギリで、ここを逃すと条件も相手も徐々にランクダウン。普通ならば、両親があれこれと世話をやくものだが、今の父には無理。

 お茶会や夜会に可能な限り出席し、縁組を趣味とするご婦人の伝手をたどり、財源確保の為に貴族位はないが金持ちの家に嫁いだ。


 二番目の姉は学園在学中から魔力の多さに注目されていて、王都の魔導アカデミーに在籍し、結婚ではなく、自身の身をしっかりたてるのに成功。

 新たな魔術式を開発していき、魔導伯爵位の叙爵。


 この世界なのに女は結婚が全てではないを体現している。さすがお姉様、さす姉。

 姉二人が頑張っているので、わたしも頑張りました。

 悲しみの淵にいる父を励まし、母親譲りの病弱な妹の世話をし、領地経営ほぼわたし主導で行って、傾いた子爵領がようやく盛り返すところで……わたしは冒頭の婚約者の言うとおり、婚約破棄されたのである。





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