昔見た夢/お題:どこかの世界/制限時間:15分

お話の主人公は扉を通して違う世界に行けた。お婆さんから教わった不思議な呪文を唱えて、家の誰も使っていない部屋の扉を三回ノックする。ドアノブを捻った先に広がるのは妖精の国で、そこで主人公は妖精の友達と一緒にたくさんの冒険をするのだ。ずいぶんと昔に、図書館でそんな小説を読んだ気がする。当時の私はまだ幼くて、ファンタジーの世界の住人だった。きっといつか、私も妖精の国に招かれたり、何か不思議なことが起こって別の世界に行けるものだと思っていた。

「そんなわけ、なかったんだけどね……」

ベッドに寝転んで、四畳半の自室の天井を見上げる。伸ばした手が何かを掴むことはない。

異世界からの招待状が来ないまま、大人になってしまった。現代社会の波にのまれながら生きるのに必死で、私にはもう、ファンタジーに浸る気力など残っていない。いつか見た夢は頭の隅に追いやられてしまった。

「どこか行きたいな。ここじゃないどこかに」

会社と家を往復する毎日にほとほと嫌気がさしていた。望んでいた未来とはかけ離れた日々。何かを変えなければいけないと思うのに、何を変えればいいのかがわからない。それならば、もう、どこか別の世界で新しく何かをはじめたい。どこかの世界で、新しい人生を。

ふと、部屋の扉が目に入る。あの物語の主人公はいつも、家の扉から妖精の国へと入ることができたのだ。

立ち上がって、扉の前に立ってみる。馬鹿げていることは知っている。でも、今なら、できる気がした。呪文を唱えて、三回ノック。深呼吸して、ドアノブに手を伸ばした。

「……」

ドアを開けた先には何もない。知っていたはずなのに、落胆してしまう。再びベッドに寝転んで天井を見上げた。自分が変わらなければ何も意味はないのだ。

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