鮮やかな手口/お題:暗黒のドア/制限時間:15分

「いやあ、警備員さんも大変ですね」

私が美術館のとあるドアの前で警備をしていると、腰の曲がった老人が話しかけてきた。

「何か御用ですか?」

「いえいえ、何も。怪盗が宝石を盗みにくるという話を小耳に挟みましてね。ご苦労な警備員さんに差し入れですよ」

老人は私に向かってペットボトルのお茶を差し出してくる。

「ところで、その先には何があるのですか?ずいぶんと真っ黒なドアですな」

「スタッフルームです。一般の方は立ち入りできません」

「ふむ?スタッフルームを警備とはね」

老人が片頬を上げてにやりと笑ったのを見て、私はぎくりとする。何を隠そう、この先には怪盗が狙っているであろう宝石が保管されているのだ。つーっと冷や汗が顔を伝う。

「しかし、いいことを教えてやろう。そのドアは開かんぞ」

「……どういう意味です?」

「試してみるといい」

老人の言葉に首を傾げ、真っ黒なドアの取っ手を握ろうとする。しかし、手は宙をきるばかりだ。そこに取っ手はなかった。それだけではない。そもそもドアに凹凸がないのだ。へばりついて確かめると、それがどうしてかわかった。壁にドアのイラストが、精巧に印刷されているのだ。

振り返って老人を見ようとすると、そこに老人はいなかった。代わりに立っていたのは手に光り輝く大きな宝石を掲げ、黒いボディスーツを着た男だった。

「ご苦労でしたね、警備員さん。獲物は頂いていきますよ」

次に瞬きをした時には、そこに男はいなかった。

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