いい子/お題:怪しい母性/制限時間:30分

「真由美は本当にいい子ね」

「成績も優秀だし、運動もできる。本当に、親として誇らしいよ」

夜中、両親がリビングで話しているのが聞こえた。アルコールが入っているのか、いつもより声が大きい。

「優しくて、思いやりもあって、まるで欠点のないいい子だわ」

母さんの言葉に胸がずきりと痛む。私はいい子だと、思われているんだ。

「……期待に応えなくちゃ」


「母さん、おはよう」

「おはよう、真由美。ご飯できてるわ」

テーブルには朝食が並んでいた。ご飯、味噌汁、目玉焼き、サラダ。栄養バランスのとれた食事。私は、愛されている。

「今日も美味しそうなご飯だね。いただきます」

それなのに味がしないのは何故だろう。


「母さん、ただいま」

「おかえり、真由美。学校はどうだった?」

部屋の掃除をしていた母さんが帰ってきた私に気がついて、顔を上げた。

「変わりないよ。小テストで満点を取ったんだ。あと、友達に勉強を教えたよ」

母さんは嬉しそうに微笑んだ。母さんにとってのいい子は、優秀で優しい私なんだ。私は母さんが好きな私でいなくちゃならない。

「真由美はいい子ね」

私はいい子。


最近になって、勉強が難しく感じてきた。今までは時間さえかければ必ず身についていたのに、勉強しても理解が追いつかない。どうしよう、このままじゃ母さんの好きな私じゃなくなっちゃう。次のテスト、悪い点を取ったら母さんを悲しませちゃう。でも、どんなに勉強しても、できないことは変わらない。もっと、頑張らなくちゃ。


「母さん、ただいま」

「おかえり、真由美。テストはどうだった?」

帰ると母さんが真っ先に聞いてきた。私に期待している目だった。私は怖々と解答用紙を差し出した。

「……」

点数を見た母さんの顔が曇った。眉を顰めて、信じられないといった様子で数字を見つめる。背筋がすうっと冷たくなった。

「難しいテストだったのかしら。それとも先生の教え方が悪かった?」

「ご、ごめんなさ……」

「謝ってほしいんじゃないの。だって真由美が悪いわけないでしょう?真由美はいい子なんだから、真由美がこんな点数をとるわけないもの」

母さんは自分に言い聞かせるように言った。私は、母さんを悲しませてしまった。母さんにこんな顔をさせてしまった、私は、悪い子……。

「次は頑張るから!次はいい点とるよ!だからお願い、今回は……」

「……わかった、期待してるわ。今回は調子が悪かっただけよね。またいつもの真由美を見せてちょうだい」

とらなきゃ、とらなきゃ、いい点をとらなきゃ。母さんに嫌われる。いつもの、いい子の私にならなくちゃ。成績優秀で、優しい、いい子の私に戻らなきゃ。

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