第5話  誰かの人生

 学校の屋上で一人、雲の動きをじっと見つめる。

 あっちはマカロン。あっちはイワシかな? 

 空は晴れているのに、遥かむこうには形の整った積乱雲が見えた。

 僕は一人でいたい時や、気持ちが落ち着かない時によく屋上にくる。空は弱い自分を唯一認めてくれるもののような気がするから。

 そろそろ昼休みも終わりそうなので僕は帰ろうかと考えていると『ガチャ』っと扉が開いて女の子が一人出てきた。

 その子は黒髪のミディアムヘアで、お淑やかさもあって目がクリクリとしている。一瞬でわかる。僕とは不釣り合いな子だ。彼女が僕に不釣り合いなのではなく、彼女に僕が不釣り合いだ。肩のあたりまで伸ばしたサラサラの髪が風で靡く。ラブコメならシチュエーション的には告白確定演出なんだけど。

 僕にこんな可愛い子は似合わない。


「あの……」

「え?」


 まさかの喋りかけられた。第一声からむちゃくちゃ声可愛い。

 僕は弱パニック気味になりながらも彼女の言葉を待つ。


板坂岬いたさかみさきくんですよね?」


 彼女はなぜか僕の名前を知っている。僕は彼女に見覚えがないが……。これってもし知り合いとか親戚だったらむちゃくちゃ失礼じゃないか!? でもこれが告白だったら僕の人生で初の快挙だ。


「うん。なんで僕の名前を……」

「い、板坂くんはみかん好きですか!!」

「ん??? 好き!!?? ……みかん?」


 くッ!!告白を期待していた僕が馬鹿だった。やっぱり僕の知人か友人の彼女とか。こんな可愛い子に恋人がいないわけないじゃないか。

 にしても、みかん好き? 親戚からのおすそわけ的なやつだろうか。


「うーん。好きだよ、みかん」

「私は板坂くんが好きです!!!!!」


 板坂くんが好き? それって誰……。


「僕じゃん!!?? お、女の子に告白された!?」

「はい、そうです」

「女の子に好きって言われた!?」

「はい、そうです」


 初めての感覚と彼女ができてしまうかもしれないという緊張感に不安と喜びが交差する。


「夢じゃなくて?」

「夢? じゃないですよ」


 普通の冴えない男子高校生ならここで良い返事を返すだろう。だけど、僕は平野さんの顔が頭に思い浮かんだ。もしもこの子と付き合ったら毎日が楽しくて飽きのない日々が待っているだろう。でももしここで付き合ったら平野さんを幸せでしてあげられないかもしれない。

 頭によぎるのは平野ひらのさんのニコッと優しく笑った笑顔ばかり。思い返せば、僕は平野さんを幸せにしないとならない。だけどこの子と付き合って中途半端の付き合いになって、悲しむ最後にもしたくない。

 以前の僕ならこんなにも人のことを考えるなんてなかったのに。


「その、返事のことなんだけど……」


 僕は決断した。僕に好意をよせてくれているのに答えられない。今まではイケメン運動部の男子が告白されているのを見て、羨ましい。妬ましい。さぞかし幸せばかりな人生なんだろうな。と思っていた。だけど今になってわかる。告白はされた方もした方も結ばれないと心身に同様、悲しみを与える。僕の判断で彼女の人生がコロッと変わってしまうかもしれない。

 僕はそのプレッシャーに耐えられる程メンタルは強くないので怖くなった。


「ごめん。今はまだ付き合えない。お互い知らないところとか多いだろうし、僕は君のことを今日初めて知ったから。付き合うなら遊び半分な気持ちでは駄目だとおもうんだ」


 こんなことで納得してもらえるとは思ってないけど、今はこれしかないんだ。


「板坂くんは好きな人がいますよね」

「ん??」


 女の子は突然そんなことを言い出し、


「なら私があなたを好きにさせてみせる。絶対」


 と言って僕をギュッと抱きしめた。

 僕は頭が真っ白になって鳴っている授業開始のチャイムにも気づかない。

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担任から言い渡された試練は、落ちこぼれ少女の彼氏になることでした 星海ほたる @Mi510bunn

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