第101話 猫娘さんのビキニにうつつを抜かしていたら大変なことになった。
青い空、白い雲、そして眩しく降り注ぐ日の光を受けて輝く白い砂浜。
オレ達は今ワズリンの高級リゾート地区にあるビーチでこの地の代表者であるシュラーからの歓待を受けている真っ最中だ。
「いやー、本当に翔魔殿にはお手数をお掛けして誠に申し訳なかった。
ドワーフであるシュラーは筋肉を誇示するかのように鍛え上げた上半身の肌を晒しているが、その肌は海の男ように黒く染められている。
きっと、筋肉好きの涼香さんなら絶対に触らしてというほど見事な筋肉であった。
「いいえ。オレ達、派遣勇者は害獣と戦うことでお給料をもらっていますからね。そんなに感謝されるとかえって恐縮してしまいます」
「ご謙遜を……けれど、隣の領主がこれだけ強い御方だと安心できますなぁ。海には強い害獣がかなりの頻度で発生するので、すぐに駆け付けて来てくれる範囲に最高峰の派遣勇者殿がいると思えば安心して商売に励むことができます」
ドワーフ地底王国の現王の弟であるシュラーは、王宮での争いごとに巻き込まれないように自ら望んで港町ワズリンの代表者に就任したそうだが、当の本人は王族よりも海の仕事がしたかったからと言っていたのを思い出した。
シュラーさんは本当に海が好きなんだなぁ。
街道が開通したらこのワズリンから交易品がギブソンまで流れ、その交易品を買おうとドラガノ王国内の商人達がギブソンに各領地の特産品を持って買いにくるに違いない。
そういった商人から税を取ればギブソンはやがて資力が集まり、ドラガノ王国の王家として権威を取り戻すことも可能だろう。
「でしたら、ヒイラギ領から街道が開通した際にはよろしくお願いしますよ」
「その件でしたら、我が王も今回の件をいたく感謝しており、すでに予算が受理され国境の河にかかる石橋は我がドワーフ地底王国の誇る最高の職人集団が仕上げますよ」
「それはありがたい……。では、街道の方も仕事を進めるスピードを上げるとしましょう」
今回、ワズリンを
そのため、先延ばしにされていた街道敷設の件も最高の石工集団であるドワーフ達が頑強な橋の製作を請け負ってくれた。
当初、予算と技術の都合で木造橋を検討していたが、これならドワーフ地底王国に任せて石橋を設置してもらった方が安心できる街道になる。
「しかし、翔魔殿は仕事の話となると真面目ですなぁ。まぁ、今はこの地でゆっくりと休んでもらい、また仕事に戻られると宜しかろう。ここは王族専用のビーチで宿泊先も王家専用のものですので、ごゆるりと逗留していってくだされ。では、私は書類が溜まっているのでここで失礼させてもらいますぞ」
そういったシュラーは一礼すると、執務するための屋敷のある方へ戻った。
代わりに引率役として付いてきたクラウディアさんが、そっとドリンクを差し出してくれた。
「ああ、ありがとう。ちょうどのどが乾いていたんだ」
「シュラー様とのお話を邪魔してはと思いすぐ傍で控えておりました。それにしても今回は皆をこのように素晴らしい場所へ連れてきてもらい、職員を代表して感謝いたします」
青いビキニを着たクラウディアさんが、オレの隣で膝を突いて頭を下げる。
彼女にはいつも孤児院の仕事の他にエルクラストでの連絡役を担ってもらっているので、感謝するのはこちらの方であった。
「いつもクラウディアさんにはお世話になっているからね。それにオルタ達も外の世界を知るいい機会になっているんじゃないかな。ドラガノ王国では色々と孤児だということで色々と大変な目にあってきている子達だし」
「そう……ですね。私も孤児でしたが今では身分不相応な孤児院の施設長までさせてもらえています。これも柊様がご支援していただけるおかげです」
クラウディアさんは機会がある度に、オレのおかげで今の地位を得たと謙遜している。
見た目が美しいことも認めるし、下心がなかったと言えば嘘になるが、地位に就けたのは彼女の持つ能力とそれによって培われた人格を評価したためで、そこのところは誤解して欲しくなかった。
「孤児院の子達は身内みたいな感じだからね。困ったら何でも相談してくれればいいよ。できることはやるし、できなそうなことは涼香さんやエスカイアさんの知恵を借りることにするしね」
「本当にありがとうございます。柊様が私の上司で本当に良かった……その……あの……」
目の前に座っているクラウディアさんは年上ではあるが、とても魅力的な女性であり、獣人である証拠の猫耳やお尻から垂れる尻尾とかにそそられる。
それ以上に彼女の発する雰囲気が家庭的で癒される空気を醸し出していた。
そんなクラウディアさんが、オレの顔を見て何だか照れたようにモジモジとしている。
いつもより露出度が高い水着を着ているため、どうしてもボリュームのある胸の谷間が揺れる方に視線を誘導されてしまった。
くっ! これは破壊力が高いなぁ……。さすが水着だ。
だが、俺にはすでに嫁が二人いるこの上、クラウディアさんまで色目を使っていたら何と言われることか。
バカンスに来ている解放感といつもと違った服装をしているクラウディアさんを見て心臓が高鳴るのが感じ取れた。
このままだとレッドゾーンを振り切りそうだったので、手にしていたドリンクを一気に飲み干して空のグラスを手渡す。
「ご、ごめん。もう一杯貰って来てくれるかい」
「あ、はいっ! すぐに持ってきますっ!」
急に目の前に差し出されたグラスに驚いた顔をしたクラウディアさんだったが、すぐにグラスを手に取ると飲料が冷やしてある場所まで駆けた。
「翔魔はつれない奴じゃのー。クラウディアの気持ちくらい察しておるだろうに」
背後からトルーデさんの声が聞こえたので振り返った。
そこにはスクール水着っぽい紺色の水着を着たトルーデさんがこちらを見て腕組みをして立っていた。
「は!? 何のことです? べ、別にクラウディアさん色目なんて使ってないっすよ!」
「翔魔のことは言うておらん。クラウディアのことじゃ。あいつはお主のせいで嫁に行けない可能性があるぞと前にも言ったであろう。昨今は完全に領主の第三夫人として領民から認識されておるぞ。本人もそれを望んでいるようだが、お主に嫌われたくないから言い出せずに困っておるのじゃ。それくらい察しておるだろう」
トルーデさんが言っていることは、領地の住民達からも言われていることだった。
彼女を応援している領民達から、正式に婚約しているエスカイアさんと涼香さんと同列の地位にとまでは言わなくても、クラウディアさんに公式の地位を与えて欲しいと陳情を受けたのだ。
「ですけどね。オレはもう二人も嫁を迎えているのであって、これ以上嫁を増やすと色々と大変なことになるような気がしているんですよ。けど、オレも別にクラウディアさんが嫌いじゃない。いや、むしろ好きだと言っても過言ではないくらいですよ」
「なら、問題あるまい。お前はヒイラギ領主であり、クラウディアは天涯孤独の身だ。お主の閨房に連ねても文句はどこからもあるまい。この地はエルクラストであることを忘れてはならんぞ。この地は一夫多妻も多夫一妻も認められている地じゃ。養う甲斐性のある奴が面倒を見るのが当たり前の世の中じゃ。日本での妻は涼香、エルクラストでの妻はエスカイア、そしてヒイラギ領での妻はクラウディアで良いのではないのか? ちなみに涼香とエスカイアもお主が中々クラウディアのことを言いださぬからやきもきして、妾に発破をかけるように依頼してきたとだけ伝えておくのじゃ」
涼香さんもエスカイアさんもクラウディアさんの事は気に入っており、俺がいない時は三人で仲良く飲んでいるとも聞いた。
多分、オレを肴に酒を飲んでいると思われる。
「ですけどね。オレはまだ社会人なり立てで色々と二人にも待ってもらっている状態で、その上三人目とか言ったら怒られるでしょう」
「涼香もエスカイアもあれでたくましい女なのじゃ。『二人も三人も変わらないよねー』とか言っておるのじゃぞ。それにエルクラストでのお主は領地持ちの貴族様だ。領民からしたら子孫を残してもらわないと、今の生活が維持できないと不安になっておるのも事実じゃぞ。もし、お主が死んだら、この地を召し上げられて新たな領主がやってくるかもしれないと怯えておるのじゃ。だから領民もお主にクラウディアを近づけて子を産めば、最悪クラウディアが領地を継げると踏んでおるのじゃ」
住民達の思惑も薄々は察していたが、彼らがクラウディアを推す理由を知るとなるほどと思ってしまう。
前領主によって搾り取られた記憶が色濃く残っており、善政を敷いてくれるオレの後継をクラウディアに求めたらしい。
そうか……領主の代理もやってもらっているから、その時も街の有力者に言われているんだろうなぁ。
本当にクラウディアはオレなんかでいいんだろうか? 彼女のことだからみんなのために我慢しているのではないのか……。
勇者適性値以外に自分の価値が見いだせないオレはクラウディアが周りの圧力に負けて嫁になる気になっているのではと思ってしまう。
「オレなんかの嫁にしていい人じゃないんだと思うが……きっと、オレよりも似合いの男性がいると思うんだ」
カシャーン。
背後でグラスの割れる音が聞こえてきた。
振り返ると飲み物を持ったクラウディアがワナワナと震えていた。
砂浜に落ちて割れたグラスからこぼれた液体が砂の中に消えていく。
「ご、ごめんなさい。私がつけ上がっていました。柊様のお傍にいれるだけでも凄いことなのに、ずっとお傍にいれると勘違いまでしてしまいました。ごめんなさい、ごめんなさい」
手で顔を覆ったクラウディアさんが一目散に駆け去っていく。
突然のことで動揺したオレは彼女の後を追うことができずに身体が金縛りにあったように動けなかった。
「いや、ちょっとちがう、クラウディアさんっ!」
「あーっ、もうじれったいわね。柊君っ!! 男なら女の三人くらい養ってみせなさいよっ! あんたそれでも派遣勇者なのっ!」
「翔魔様っ! わたくし達のことはお気になさらずに、気持ちのままに行動すればいいんですよっ!! わたくし達は翔魔様のどんな行動も支持しますわ」
岩場の陰でオレとトルーデさんのやり取りを見ていた涼香さんとエスカイアさんがいきなり飛び出してきた。
「二人の言う通りじゃな。お主も妾と出会った時よりは若干成長していい男への道を歩み始めておる。いい男というのは女を惚れさせてしまうものじゃ。そして惚れた女を全力で守るのがいい男の務め。お主にはそれができると妾はおもっておるのじゃがのぉ」
トルーデさんも、真面目な顔でこちらを見た。
そんなことまで言われたら、男として断る訳にはいかないだろう。
嫁が三人になりましたと言って、クロード社長や会社の人に弄られるのはオレが受け止めればいいことか。
「わかりましたよ。クラウディアさんは絶対にオレの嫁にしますよ。こうなったら、どんな手を使ってもウンって言わせてきます」
オレは今まで曖昧にしてきたクラウディアさんの立ち位置をはっきりさせるため、彼女が駆け去った方へ向かい走り出した。
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