第99話 日本人派遣勇者の銃後の守りはエルクラスト人

 病院での爆発事件に関して、またも日本政府から箝口令が敷かれることになり、爆発の原因は不明と報道された。


 確実に黒い外套を着た人物の犯行だと思うのだが、病院のどの監視カメラにも俺が見た人物は映っていなかったのだ。


 オレが遭遇した爆発事件に二度とも同じような服装をした人物がいたので、絶対に事件に関与しているはずだ。


 それにあの外套を被った人物はエルクラストでも一度遭遇している。


 クロード社長には黒い外套の人物を探してもらっているが、人相や体格などを外套がすっぽりと覆い身体的特徴が全く分からないため、中々情報を集めるのに苦労しているらしい。


「兄さん、顔が怖いんだけど」


 手術を終えた玲那は爆破事件後に自宅近くの病院に転院しており、お袋も通える範囲に移ってきた事で毎日見舞いに来ている。


 手術から10日ほどたった玲那の術後の回復は順調であり、医師の判断で許可が出ればリハビリの訓練も今週末から始めるそうだ。


「ああ、すまないな。ああいった事件に巻き込まれるとは思ってなかったからさ」


「病院のね。私もビックリした。まさか日本で爆弾……じゃなくて爆発に巻き込まれるなんてね。兄さんが怪我しなくて良かったけどさ」


 玲那は病院の爆発事件のことを伝えてあるが、箝口令を敷かれていることを思い出してぼやかして発言している。


 いくら病院の個室とはいえどこに聞き耳を立てている者がいると限らないので、注意するに越したことはないのだ。


 事件後、クロード社長からの提案で玲那とお袋に対して私服警護官を配置してもらえると伝えられた。


 今回の事件はオレ個人を狙ったものという判断もできるようで、関係者である家族を日本政府も警護対象者として認定してくれた。


 警護官が付く理由としてお袋と玲那には、外務省勤務の親父が他国に狙われているという理由で警護を納得してもらっている。


 親父には連絡を入れて口裏を合わせてくれるように頼んであるため、今回の犯人グループが家族に凶行を行おうとすれば、即座に公安警察も動く態勢も取ってあるそうだ。


「まあな。日本も物騒になったということさ。そんなことより、玲那はリハビリ頑張れよ。オレは走っていない玲那の姿は想像できないからな」


「わかっているわよ。シーズンを棒に振るんだからキッチリと治して、また日本新記録を出してあげるわ」


「期待しておくぞ」


「期待しておいていいわ。兄さんもそろそろ仕事に行く時間じゃないの? 有給ばっかり使っていると会社に椅子が無くなっちゃうわよ」


 玲那に言われて時計を見ると時間はすでに一〇時を過ぎていた。


 会社には今日から出勤すると伝えてあり、昼過ぎからの出勤であるが、電車で通うのでそろそろ出ないと遅れてしまう。


「そうね。翔魔、急ぎなさい。玲那のことは私が看るからキチンと仕事をしなさい。そして、同僚の方達にはキチンとお礼をしておきなさいよ。あとこれを皆さんに渡しなさい」


 個室に入ってきたのは母親であった。


 オレに押し付けられたのは菓子折りの入った紙袋だ。


「あ、ありがと。じゃあ、お袋も来たし会社に行ってくるわ」


 電車の時間も迫ってきていたので、オレはお袋に軽く挨拶をすると、病室を出て駅へ向って走り出した。



「玲那君の怪我も順調に回復かね。それは良かった。彼女は日本陸上中距離界の至宝だからね。良かった、良かった」


 いかついサングラスをしているクロード社長も、玲那の怪我を心配してくれており、事件後にも色々と手を回して援助をしてくれていたので、報告を兼ねてお礼を言いに大聖堂の執務室に寄った。


「クロード社長には色々とお骨折りして頂き、感謝しております。この埋め合わせはいつか必ずいたしますので――」


 クロード社長の隣で立っていた東雲さんが、オレの言葉を聞いた瞬間に背筋がゾクゾクするほどの妖しい笑みを浮かべた。


 絶対にこれは危ない笑いだと思われる。


「クロード社長、柊君からも『なんでもします』と申し出がありましたので、例の件を進めてよろしいでしょうか?」


 東雲さんが例の件と言うとクロード社長の顔が曇る。


 クロード社長がこういった顔をする時は明らかに面倒な案件だと学習した。


「本当にやるのかね? (株)総合勇者派遣サービス単独で行うと色々と問題が……」


「ですけど、単独でやらないと意味がないと思われます。エルクラスト害獣処理機構の内部にどれだけの協力者がいるかも特定していきたいので、単独でやってこそ洗い出せるという物ですよ」


 クロード社長と東雲さんはエルクラスト害獣処理機構に内緒で何かを行うつもりのようだが、最大の取引相手である機構を怒らせる案件でないことだけを祈りたい。


「今回の柊君の件は、明らかに我が社の派遣勇者の個人情報が漏れていますし、敵は日本との往来できる道を確保していると思われます。大聖堂の回廊は我が社が責任をもって警備管理しており、部外者が使用するのはほぼ不可能なはず。他に考えられるルートは日本政府とエルクラスト害獣処理機構が持つルートしか考えられません」


「東雲君の言いたいことは分かるがね。機構と日本政府が管理しているルートがガバガバすぎて、敵が日本とエルクラストを悠々と往来して我が社の社員を襲ってきていると言ったらどうなると思う?」


 クロード社長は東雲さんの言いたいことをあっけらかんとした表情で口にした。


 言っていることは『お前等がキチンと仕事してないからうちの社員が危ないじゃねえか』という意味であり、それが意味することは日本政府とエルクラスト害獣処理機構に喧嘩を売ることになるのでは思った。


「取引先に喧嘩を吹っ掛けるだなんてトンデモない。私は反日本政府、反エルクラスト害獣処理機構のテロリスト集団の隠れ家が日エ共同管理ゲート内で発見されたため、我が社で総出で討伐させてもらうと伝えてもらうだけでいいんですよ。それだけしてもらえば、後はあっちが勝手に動いてくれる」


「本気かね? そんなことをすれば両方とも敵に回すことになるぞ」


「そうしないためにもクロード社長に動いてもらうのですよ。日本政府、エルクラスト害獣処理機構ともに睨みが利くクロード社長の許可の下でこの作戦を行えば――」


「却下するよ。それはけして行っていけない行為だ。わが社はエルクラストの害獣処理のために作られた組織だよ。東雲君には悪いけど、うちの会社は『人助け』の会社だ。けっして後ろ暗い所があったらいけない。正々堂々と渡り合うべきだ。敵が卑怯な手段に訴えてきてもね。理想主義と言われるかもしれないけど、勇者ってそういうものだろう?」


 クロード社長は東雲さんの提案を却下した。


 (株)総合勇者派遣サービスはエルクラストの害獣に怯えて暮らす人たちに安心を与えるための会社であり、テロリスト集団を狩り出すための集団でないと言ったクロード社長の言葉がグッと胸に突き刺さる。


「ですが……このままでは、いつか社員の家族に被害が……」


 東雲さんが心配する事は、この会社の喫緊の課題であることはオレ自身の体験で感じる。


 どちらの言い分も分かるので、この件に関してはオレは口を挟めなかった。


「そんなこともあるだろうと思ってね。ちょっと裏で動いてね。エルクラスト生まれの人達をSPや自衛隊、公安警察に送り込んで研修をさせてもらっているのさ。もちろん日本政府に許可をもらってだけどね。たとえスキルや魔術が使えなくてもエルクラストに住むエルフやダークエルフは日本人よりも俊敏で視力も良いし、竜人や獣人、ドワーフは日本人より頑健で力も強い。そんな彼らを我が社の派遣勇者達の護衛として組織することを今回の件を機に許可してもらった」


「そ、そんな話、私は聞いてませんけど?」


「大分、前から進めていた案件だからね。でも、日本政府が乗り気でなかったから進んでなかったけど、二度の爆破事件でようやく日本政府も重い腰を上げたんだ。新部署は『(株)総合勇者派遣サービス警備部』として日本政府の公安警察やSP、自衛隊と協力してエルクラストのテロ集団からの脅威を阻止する部署とする予定さ。そこの部長は東雲君に任せるつもりだよ。前々から言おうとしていたけど言いそびれてたから今言った」


 クロード社長の言葉に呆気にとられた東雲さんが惚けている。


 すでにクロード社長は対テロ用の部門を設立させる許可を得て発足寸前までに漕ぎつけていたようだ。


 まぁ、派遣勇者としてSPや公安警察、自衛隊に所属していた人達を雇っているためパイプを持っているクロード社長が動いていない訳がなかった。


「私が警備部長ですか……」


「ああ、そのためにスカウトしたんだけどね。別に私の秘書兼務のままでもいいよ。派遣勇者6係の水谷君達も手伝ってくれるらしいからね。協力してやってくれ給え」


「あ、はい。承りました。私が派遣勇者達の家族をお守りします」


「任せたよ。というわけだ。柊君も安心して業務に励んでくれたまえ」


 クロード社長がニンマリと笑った。


 エルクラスト生まれの様々な種族の人達が現代兵器を扱えば日本での戦いはかなり有利になる。


 それくらい素の能力の差があることは、エスカイアさん達を見ても感じた。


「了解しました。業務に戻ります」


 オレは頭を下げるとオフィスのあるヒイラギ領へ飛んだ。

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