第73話 日本が安全だと油断していたらきな臭い

 

「柊君は私とやる気かね?」


 不意打ちを仕掛けたオレに対してクロード社長が獰猛な笑みを浮かべる。


 絶対に目を逸らしたら一瞬で殺される。


 ちょっと剣術の練習していい気になって力試しをした自分をぶん殴ってやりたい。


「い、いいえ」


 放たれた殺気に身体が萎縮して震え始める。


「遊びで刀を人に向けてはいけないよ。特に私に対しては向けると無意識に相手を無力化させてしまう癖があるからね。気を付けてくれたまえ。自制することはできたが、危うく目を突いて金的を潰すところだったよ」


 クロード社長は何気なく言っているが、自制できなかった時はオレの眼と金的はヤバいことになっていたかもしれない。


 今後絶対に人に対しては刀を向けないでおこう。


「柊君も物好きね。日本では格段に力の差があるクロード社長に挑むだなんて無鉄砲というか、考え無しというか……」


 東雲さんもオレがとった行動にあきれ顔になってしまった。


 だって、本当に強いのか気になったから仕方ないじゃないか。


 でも、今回の件でクロード社長がとてもヤバい人だと再認識をさせてもらった。


「す、すみません。もう、絶対に力試しはしません」


 ひたすらにクロード社長に頭を下げて丁重に謝罪を重ねていく。


「まぁ、若気の至りという奴だろうし、今回だけは――――」


 クロード社長がオレの謝罪を受け入れて許してくれそうになった瞬間、多目的スタジオの壁や床が大きく振動し、壁面にあったガラスが振動に耐えられずに次々に割れていった。


「おわっとっ! なんだっ!」


 オレは突然起きた大きな振動に体がグラついて床に膝を突いた。


 振動は連続して続き、天井からもパラパラと粉のような物が落ちてきた。


「クロード社長、これって爆発よね?」


「ああ、多分そうだね。ここは地下だから、上層階がやられたかもしれない」


 二人が話している間に火災報知器が作動したようで、けたたましい音を発して避難誘導の誘導の音声が室内に流れ始める。


 天井に設置されたスプリンクラーが作動して、スタジオ内には水が降り注いだ。


「うあぁ、水出てますよ。これって避難した方がいい奴ですよね?」


「でしょうね。避難誘導のアナウンスも流れているし、スプリンクラーが作動しているなら火も出ているだろうし」


「なら、逃げ出すとするか。非常口は確かこっちだったはずだ」


 オレ達はジムウェアのまま非常口から地上に避難していく。


 その最中、会員制クラブにいたと思われる他のお客さんも一緒に避難していたが、その中に明らかに場にそぐわない黒い外套を着た男が一人佇んでおり、オレの方を見ていた。


 何者だ? どこかで見た気がするが――。


 口元がニヤリと笑っているのを見た後、掻き消えるように姿を消してしまった。


 はっ! あの外套の男って、この前エルクラストの銀水晶龍シルバークリスタルドラゴンの討伐前に湖畔に佇んでいた男じゃないだろうか!


 でも、ここは日本だしオレの見間違いか。


 黒い外套という姿に強烈な印象を受けたが、その姿が見えたのは一瞬であり、相手の容姿や特徴などを把握するまでには至らなかった。


 避難後、やはり地上のエントランスホールで爆発物が爆発してガラスが飛散したり、火災も発生していたことが判明した。


 死者こそ出なかったが重傷者や怪我人が多数出ていて、救急車や消防車が数十台出動する騒ぎとなり、辺りは騒然とした気配に包まれた。


「これは大変なことになったね。日本でもテロが起きるとは思わなかったよ」


 クロード社長も目の前の惨事に驚きを隠せない様子だった。


 一方、東雲さんは携帯していた自分のスマホから公安調査庁時代の人脈を使ってテロの背景の洗い出しを始めた。この反応の速さは職業病なのかもしれない。


「日本でこんなことが起きるだなんて現実感が無さ過ぎますね……」


「馬鹿ね。テロなんでいつでも、どこでも発生するわ。それこそ自分が不幸だと思って人が生きている限り、無くなりはしないし、防ぐことも難しいわね」


 スマホを片手に持ちながら、苦い物を飲み下したような顔をしている東雲さんは肩を小刻みに震わせて怒りを抑えている様子だった。


 オレの目の前のエントランスホールでは消化活動と共に怪我人の救助が行われている。


 平和であるはずの日本で起きた惨事に野次馬が集まり、スマホを片手にテロの現場を撮影している輩が多数見受けられた。


「オレは本当に無力ですね……日本じゃ、何一つ手伝ってあげられることがない……。ここがエルクラストなら、オレの力で怪我人を回復させたり、火を消したりもできるのに」


「その心を忘れなければいいさ。日本とエルクラストじゃ、できることが全く違う。柊君はどこにいても自分のやれることを全力でやればいいと思うぞ」


「はい……。オレはもっと強くならないといけないみたいです。日本でもエルクラストでも、弱い人を助けられるくらいの力を身に付けないと。傲慢だと言われるかもしれないけど、自分の周りの人を助けられてこそ勇者であり、一人前の男であると思うんで」


「手を拡げすぎなければ、それもいいだろうさ。全人類を守りたいとかは愚か者の考えることだからね。自分に連なる人を守るくらいの力を持てばいいさ。強大な力は人を捻じ曲げてしまうからね。その辺は柊君は上手くやってくれそうな気もするよ」


 クロード社長の言葉には実感がこもっているようで、もしかしたら、以前にそういった考えを持っていたのかもしれなかった。


 エルクラストと日本が繋がる以前は最強クラスの戦士であったはずのクロード社長が、日本とエルクラストの仲介役とも言える『(株)総合勇者派遣サービス』を立ち上げた経緯が気になったが、そのことは何だか触れてはいけないことのように思えた。


 その後、消化作業と救助活動が終わったことで地下の会員制ジムの規制は解かれ、ずぶぬれになったスーツと貴重品を更衣室から取り出すとジムウエアのままハイヤーを呼んで、三人で帰宅の途につくことになった。

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