第72話 剣術の道は一日にしてならずって偉い人が言ってた気が

 

 東雲さんが鏡の近くに有った細長い袋を解くと中から日本刀と思われる二振りの刀を取り出した。


 刃の長さは七〇センチ程度の長さで作られており、両方とも朱色の鞘に納められていた。


 使い込んである日本刀であり、東雲さんが剣術を習っているというのは間違いないようだ。


「柊君、まだ刀を持つのは早いからまずは足捌きというか身体の動かし方からね。膝抜きという基本的な動きを教えるわね。この膝抜きは、膝をゆるめると同時に足を入れ替える動きで居合における俊敏な動きを発生させる動きの元になる物よ」


 東雲さんがお手本となる動きを見せてくれていたが、正直動きが早すぎて足の動きがよく分からない。


「さぁ、真似してみて」


 東雲さんがにこやかに宣言するが、さっぱりどうやっていいのか理解できないので、とりあえずジャンプして足の位置を左右入れ替えていく。


「ソレじゃダメね。ジャンプして入れ替えると筋肉を使うので初動が見え、さらに俊敏な動きとはならないわ。私の動きを見てなかったの?」


 もう一度、東雲さんが膝の力を抜いて動き出しを掴めないほどの速さで足を入れ替えた。


 見よう見真似で東雲さんの動きをトレースしていくが今まで使ったことが無い足運びに面食らって上手く動かせない。


 しばらく東雲さんの動きを見ながら、同じ動きを続けていくと最初よりは足の動きがスムーズの入れ替えられるようになった。


「こんな感じですかね?」


「まぁ、初心者ならそんなものでしょう。この足捌きができるかで刀の力を引き出せるかが決まるから練習は欠かさないようにね。じゃあ、そろそろ模造刀を持ってもらおうかしら」


 足が動かせるようになったことで、次のステップに進ませてもらった。


 模造刀を受け取ると、東雲さんが自分の愛刀を握った形を真似るように握る。


 だが、東雲さんからのダメ出しが入った。

 

「右手を前にして、手と手の間を空けて、斜め上から柔らかく握って。この時、右手の人差し指は鍔(つば)に触れるけど、親指は鍔につけないようにね。あとは、両手の親指と人差し指の間が、峰の延長ライン上に乗るように持つのと、左手は末端の柄頭(つかがしら)をあまらせて握るようにして」


 指導されたとおりに握りを修正していく。


「そう、それでいいわ。構えは頭から縦に通る左右中央の線に沿うように、身体の中心で刀を構え、切先は相手の喉元を狙うように構えて。足はさっきの膝抜きができるように肩幅に広げて両かかとを付けておくように」


 東雲さんがオレの手を取り足を取りながら、刀の構えを直してくれた。


 エルクラストでは恰好をつけて片手で剣を扱っていたため、形状こそ違うが正しい刀の構え方を教わったのはこれが初めてだった。


 姿勢を直され背筋が伸びて、普段使わない筋肉が悲鳴を上げた。


「し、東雲さん……これ、辛いっすね」


「こんなのは子供でもできるわよ。我慢しなさい。さぁ、その構えから刀を頭の上に振り上げていって」


 言われるがままに刀を頭上に上げていく。


 刃を落としてるある模造刀とはいえ刀と同じ重さであるため、エルクラストのように勇者補正が入らない日本ではかなりシンドイ。


「それくらいでプルプルしない。そこから振り下ろして正眼の位置で止めるのが素振りの基本ね。やってみて」


 言われた通りに頭上の刀を力任せに振り下ろしていく。


 地味に重い刀は一素振りするだけでも腕が引きちぎれそうだった。


「重てえぇ」


 刀を床にまで振り下ろさないように気を付けていたが、加速力のついた刀はかなりの重さになった。


 なんとか、腕の力を総動員して床に当たらないように押し留めることに成功した。


「そんなへっぴり腰じゃあ野菜すら斬れないわよ」


「いやだって、これ重たすぎでしょ」


「文句を言わないの。キチンとした剣術を習いたいのでしょ? 上段斬りは基礎中の基礎よ。でも、腕の力だけでやろうとしているから、そのままだと剣が痛むわよ」


 その後、二時間ほども東雲さんのスパルタ式の剣術指導を続いていき、剣術の練習に勤しんだが、及第点は貰えずに次回の練習まで自己鍛錬するようにと言われてしまった。


 一方、クロード社長はオレが東雲さんに搾られている間、ずっと綺麗な個人トレーナーの方と一緒に筋トレの指導を受けていたのには納得がいかなかった。


東雲さん指導を終えて片付けていると、クロード社長もトレーニング終えて戻ってきた。


「剣の修行は一日じゃ終わらないからね。持続が必要になってくるよ。けど、身に付ければそれはスキルや力よりも役に立つこともあるからキチンとやった方がいいね。それに、日本に居る時も何が起きるか分からないから護身術だと思ってくれたまえ」


 クロード社長が『大陸騎士』だというのが、容貌以外にはイマイチ信用ができなかったので、失礼を承知で先程習ったように模造刀で上段に振りかぶる。


 その瞬間、殺気を感じたクロード社長の手が素早く動いたかと思うと、模造刀の刃を両手に挟んでそれ以上振り下ろせないようにガッチリと固定された。


「危ないねぇ。刀を人に向けて振り下ろしたら死んじゃうよ」


 クロード社長はサングラスこそしているが、オレが刀を振り下ろしたことに怒っているようであった。


 クロード社長からは凄まじいほどの威圧感が放たれており、刀を離したらこちらがやられかねない気配が漂っていた。


 調子に乗って地雷を踏んじまったぜ。やべえ、オレ殺されちゃうの。


 無刀取りを綺麗にされたオレは、大量の冷や汗を背中から噴き出した。

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