第74話 平和な朝のひとときってこういうことか
高級ホテルで起こったガス爆発ということで、その日のテレビは持ちきりになっていたが、『爆破』ではなく『施設系の故障によるガス爆発』と新聞やテレビが喧伝していた。
あそこの外資系高級ホテルは最近に建てられた物であり、老朽化によるガス爆発は考えられないし、しかも爆発したのがエントランスホールなので、ガスが溜まるように状況でもなかった。
なのに、テレビのコメンテーターはひたすらにガス爆発を強調するようなコメントを連発している。
「翔魔様? そういえば、昨日のクロード社長との剣術修業はどうでしたか? スーツがずぶ濡れになっておられましたけど、社長に酷いことをされたんですかね?」
朝食を喰いつつ、テレビを見ていたオレにエスカイアさんが昨日の件を聞いてきた。
「あ、いや。そういうわけじゃないけどね。実は今、テレビでやっている芝公園の近くの高級ホテルのガス爆発の件に巻き込まれてね。スーツはスプリンクラーの水でびしょぬれになったのさ」
「えっ!? そのようなことは昨日の時点で言われなかったじゃないですか。お怪我はありませんか? わたくしが確認しますので、服をお脱ぎになってください」
エスカイアさん達を心配させるかと思い、昨日の時点では黙っていた。
クロード社長も東雲さんも今回の件はあまり多くの人に喋らない方がいいと言っていたが、身内みたいなエスカイアさん達だけには喋っておこうと思う。
「柊君が昨日言っていたクロード社長に紹介されて入会した高級会員制ジムってまさか……」
寝起きの恰好のまま、テレビを見ていた涼香さんから射抜くような視線を背中に感じた。
背中から冷たい汗が伝っていくが、すでに会員になってしまっており、クロード社長のカードで立て替えてもらった分が来月の給料から天引きされていくことが決定している。
「あー、その件につきましては……後日、折り入って涼香さんと協議したいと思っておりまして……。チームリーダーである主任としてチームの皆様の福利厚生を充実させるという意義も含んだ――」
「別に怒ってないわよ。柊君の個人的なお給料だし……ここって、会員の人が一緒なら割安料金で使えるのかしら?」
ふぅ、あぶねえ。お金使い過ぎって怒られるかと思ったぜ。
我ながら、庶民離れしたお金の使い方をしたと少し反省している。
「えっと、確かそうですね。今度、聖哉も連れてみんなで一緒にプールに行きます?」
「ほほぅ、そのホテルの高級会員制ジムにはメイドさんはいるのかぉ?」
興味を示したトルーデさんがお小遣いで買ったスマホで、メイドをキャラクター題材にしたソーシャルゲームをやっており、そのゲームを閉じてこちらを向く。
夜中までスマホのメイドさん動画を漁っていたようで眠たそうな顔をしているが、子供達の前ではキッチリと先生を役をしているので、公私の区別はキチンと付けておられるようだ。
「メイドはいませんが個人トレーナーがアドバイスをしてくれますよ。ダイエットとかのプログラムも考えてくれるみたいですし……」
その瞬間、ガシリとオレの手が掴まれていた。掴んだのは家事をしていたはずのエスカイアさんだった。
「その話は本当ですか?」
「あ、ああ。受付の人が言っていたし……あれ、でもエスカイアさんには必要――」
「いえ、最近は暇だったので少しお肉が……これを機にわたくしも肉体改造を……」
元々スレンダーな身体付きのエスカイアさんが肉体改造してムキムキになられても困るので、少しくらいのぽっちゃりさんなら許容できることを伝えておく。
「エスカイアさんは元々線が細いから少しくらいお肉が付いた方が素敵だと、個人的には思うよ。個人的にはね」
「ほ、ほんとうですか!?」
手を握っていたエスカイアさんが、嬉しそうな顔をしている。
「ああ、ちょっとくらいお肉が付いた方がいいと思うよ」
「ああ、良かった。翔魔様に嫌われたらと思うと、今日のお昼を社食での食事を控えようかと思っていたんですよ」
「でも、あんまり食べ過ぎも気を付けてね」
「ええ、気を付けます。色々と翔魔様が気に入るようなお食事のレシピを仕入れるために、社食でのお昼は止められないので」
この前、Sランク害獣を討伐した後の祝勝会で天木料理長と話をしていたのだが、エスカイアさんはオレが来る以前は今のように大量には食べず、毎日一品ずつ食べていたと聞かされていたのだ。
つまり、エスカイアさんが今みたいに大量喰いを始めたのは、オレの食事のレシピを充実させようとして色々と食べて、天木料理長のレシピを習得していたらしい。
残せばいいんだろうけど、エスカイアさんは親からの躾で食事を残すことができず、すべて完食していたため、今回の体重増加はオレのせいでもあった。
「エスカイアさんがあんまり太るようなら一緒にダイエットをしようか。オレもエスカイアさんの飯を食うようになってから少し太ったし、日本に居る時はあそこのジムで鍛錬をするつもりだからさ」
「ありがとうございます。日本でしたら、翔魔様の鍛錬にお付き合いできますので、お手伝いもさせてもらいますわ」
「柊君、私もプールで泳ぎたいからエスカイアさんと一緒に連れてってくれるかしら。ボディラインをもう少し引き締めておきたいしね。それに、一度会員制の高級ジムで汗を流して見たかったし」
涼香さんもオレが入会したジムが気になるようで、ボーナス支給の後で貰える夏季休暇の間にみんなで遊びがてら行くのもいいのかも知れないと思い始めた。
こうして、オレ達の一日の業務はいつものように始まりを告げた。
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