第66話 異世界往来ってとても素晴らしい
ヒイラギ領での取材を終えた後は、エルクラスト主要七か国を歴訪することになっていた。
エルクラスト主要七か国はエスカイアさんのお父さんが主席を務める聖エルフ共和国連邦、ブラス老翁の出身国であるオルギステン王国、トルーデさんの興したミチアス帝国、ヒイラギ領のあるドラガノ王国、グエイグさんの出身国であるドワーフ地底王国、魔境地区の多いエロクサルティム王国、オレも初めて訪れたコーラル王国の七か国をそれぞれ一日掛けて取材していった。
颯流星先生は各地で色々な習俗や各種族の容姿に興味を示されてトラブルを頻発させていたが、幸いエスカイアさんやトルーデさん、涼香さんのサポートによって事なきを得た。
そして、本日は最後の取材先である魔境地区に来ている。
今回はヒイラギ領の魔境地区にて害獣を討伐するところをお披露目することになっているが、先頃、Sランク害獣は駆逐していたので、低ランクの害獣しかいない。
「それにしても、随分と害獣というのは弱い魔物だね。さっきから部下の人達ばかりで柊君は全く戦って無いじゃないか」
「オレの力は少し強すぎて、周辺を破壊しかねないので、Sランククラスの強い害獣でしか使わないようにと釘を刺されていましてね。颯流星先生が見たいというなら、お見せしますが……」
「作家としては色々と見て体感していきたいのでね。これではいまいち派遣勇者というのが強いのか、弱いのか分からないよ」
「では、魔術の方を見てもらうとしましょうか。みんな、今からオレが魔術を発動させるから、退いてくれ」
オレは戦っていたメンバーに退くように伝えると、颯流星先生のリクエストに応じて、ディスプレイを展開させる。
魔術一覧からヒッティング・ハンドレッドアローを発動させた。
この魔術は敵味方を識別して敵に向かって飛んでいく魔法矢で、自動追跡機能まで兼ね備えた万能魔術である。
解き放たれた百本の魔法矢は自動で敵を識別し、聖哉達が戦っていた害獣はもちろんのこと、森林の奥に隠れていた害獣すらも見つけ出し次々と魔法矢が貫いて害獣達を絶命させた。
その様子を見ていた颯流星先生は、オレが解き放った魔術の威力に驚き、手帳に書き込むために持っていたボールペンを取り落とした。
これでも、かなり威力の低い魔術を選択させてもらったのだが、見た目だけは派手なのものだ。
「……ざっと、こんなものですけど……」
目の前で蠢いていた害獣達がオレの放った魔術により、骸を晒している現状を認識した颯流星先生がこちらを見て感心した。
「ほぉ、これはまた派手な魔術だね。こういった魔術があるとお話としては書きやすくなるよ。派遣勇者はものすごく強い奴もいるということか」
「翔魔様は派遣勇者でも別格なのです。わたくし達よりも数十倍は強い御方なので、これでもかなり力を抑えられていますよ。本気を出すとこの辺りの地形が一変するほどの力をお持ちなのですよ」
エルフのコスプレをした本物のエルフであるエスカイアさんが補足の説明を行ってくれた。
彼女の言ったとおりに本気を出したら、この魔境地区が消し飛ぶくらいのことはやれるスキルも持っているし、実行するだけの魔力も持っている。
つまり、オレの力はこのエルクラストにいる間は戦略級の核兵器と同じような力であり、使い方を誤れば世界を滅ぼしかねない力になる可能性も秘めているため、安易に使用をしてはならないと思っている。
「エスカイアさんの言う通り、オレは力があり過ぎる派遣勇者なんで、色々と持て余してますよ。それに、このエルクラストでは最強クラスでも、仕事を終えて日本に帰ればただの一般人ですからね。日本では颯流星先生の足元にも及ばないくらいの力しか持ってないですよ」
「そういった話はクロード氏から聞いていたが、本当にこのエルクラストから日本に帰ると派遣勇者の力は使えないのかね?」
「使えませんよ。こういった社員証も出てこないですし、魔術もスキルもまったく使えないです。日本に戻れば『ただの人』なんですよ」
異世界ではほぼ無敵の存在であるが、日本ではそれまでと何ら変わらない一般人としての能力しか発揮できないことは、すでに実体験にて確認済みである。
なので、エルクラストを紹介する小説を書かれる予定の颯流星先生にはありのままを伝えることにした。
このことはクロード社長からも念押しされており、颯流星先生が求めたエルクラストの情報は何一つ包み隠さずに教えることにしていた。
「なるほど……異世界では無敵でも、日本に帰ると『ただの人』か……ならば、君はこのエルクラストに常駐する気はないのかい? ここでなら、君は貴族の暮らしや無敵の力を持って好きなことをできるのだろう?」
颯流星先生はオレの心の中を見透かしたような質問を投げ掛けてくる。
確かにここではオレは世界最強の派遣勇者であり、何ら行動を制限されることもなく、やりたいことをやれるだけの力を持てるのだ。
その誘惑はとても魅力的で抗うのにはかなりの忍耐力を使うことになるのだが、家族が日本に残っているし、生まれ育った日本という国もオレはけして嫌いではないので、両方の世界を行き来できる現状がオレにとっては一番居心地の良い状況だと思えた。
「オレはどっちの世界も好きなんで、行き来できる今の状況が一番好きですよ。両方の世界の相互理解が進んで友好的に行き来できるようになれば、いいなとは思っています。けど、現状では日本人が殺到すると色々とエルクラスト側でも問題が起こるだろうし、逆にエルクラストの住人が日本に行くとまた無用な摩擦が起きかねないので、ゆっくりと自然に両方の世界が認識していけばいいかなと思うのですよ」
オレは羽部総理の肝入りでエルクラストの小説を書くことになった颯流星先生に対して、自らの意見として性急に事を運び、無用な摩擦を産み出さないようにして欲しいと思っていることを伝えた。
「ふむ、確かに今回の取材旅行をさせてもらって、エルクラストの人達は純朴な方が多いと感じているので、柊君の言う通りに事を性急に運ぶと惨事が起きる可能性は否定できないな」
「颯流星先生にはその辺りも考慮して小説を書いてもらえると有難いと思っています。今はまだ相互に信頼関係を醸成していく期間だと思いますので……」
颯流星先生はパタンと手帳を閉じるとしばし、考えに耽っている様子に見えた。
こうして、オレ達の初めての護衛任務は無事終了することになり、取材を終えた颯流星先生を日本に送り届けて依頼達成となった。
その後、羽部総理はエルクラストに対する保守派勢力の妨害工作により、半年後には総理の座を追われることとなるのだが、その妨害工作には銀髪を撫でつけ、サングラスをした顔に傷を持つ男が大いに暗躍したとも囁かれることになる。
そして、羽部総理の依頼でエルクラストの事を書いた颯流星先生の小説は日の目を見ることなくお蔵入りになる予定だったのだが――。
ちょうどその頃に流行り出していたWEB投稿サイト『カケヨメ』というサイトに作品供養のつもりで投稿すると、斬新な設定とありえない主人公の強さが読者を惹きつけ、一躍人気作となり、『異世界物』や『チート勇者』といった後に『異世界転生物』という一大ジャンルを築く先駆けの作品となった。
これにより、異世界という物が日本人の中でより身近に感じることの一助になった。
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