第65話 取材旅行のお手伝いは面倒が多い


 事実を誤認している様子の颯流星先生を孤児院にお連れして、色々と懇切丁寧にご説明をして差し上げたところ、ようやく納得して頂けた。


「それにしても、派遣勇者という職業は羨ましい限りだね。私なんか、作家とはいえカツカツな生活をしている身からすると、そんな企業が今の日本に存在するのがファンタジーだと思うよ」


 作家先生の言われることは、ごもっとも。オレも現実に務めてなかったらファンタジーだってキレ散らかすことは間違いない。


「今の日本は低賃金、長時間労働、過重業務、無能上司や経営者が蔓延っているからね。それを思えば、この(株)総合勇者派遣サービスという会社はエルクラストの人の命を守るだけでなく、プライベートや給料も十分に頂けるという素晴らしい職場環境だ」


 颯流星先生は商談スペースとして使っている、貴族屋敷の応接間のソファーに腰を下ろして手帳に一心不乱に何かを書き込んでいた。


 確かに、オレがいたFランクの聖光大学のレベルを考えると破格の好条件企業であることに間違いはなかった。


「ありがたい会社で働かせてもらっています。クロード社長には感謝しかないですね」


 就活一五〇連敗を記録して就職浪人が決まりかけていたオレが曲がりなりにも社会人として働けているのは、あの胡散臭くてかなり厳ついおっさんであるあの人のおかげでもあった。


「本当に羨ましい。どうだろうか、柊君。私が作家で飯が食えなくなったら、チームのメンバーとして雇うつもりはないか?」


「それは、クロード社長に判断をお任せします。それよりも羽部総理からの依頼であるエルクラスト世界を描いた小説を売る努力をして下さった方が現実的だと思いますが。原稿料も前払いで貰っているんでしょう?」


「ん? まぁ、そうだがね。羽部総理は渋い人だからね。ツケを払ったら消し飛んでいったよ。これで、原稿が仕上がらなかったら、私はエルクラストに逃げ込むことにしよう」


 颯流星先生は全くもって人の話を聞いていなかった。


 作家とはこんなに自由過ぎる思考を持った人種だと改めて面を喰らう。


「それは無理ですよ。在留資格のない方がこちらには転移もできないですし、誰か転移にまぎれてこちらへ来ても不法滞在が見つかれば即害獣の餌らしいので、変な気を起こさないようにしてくださいね」


「ちぇー。私も異世界で一旗揚げようかと目論んでいたのになぁ」


 目の前の作家先生からはうちの社長と同じような匂いを感じられた。


 こういった人種を好き勝手にさせると、きっととんでもないことになると思われる。


 どうして、オレの周りにはこんなヤバい人が集まってくるのだろうか。


「んんっ! 翔魔さん、そろそろ颯流星先生を街にご案内しないと……時間が限られていますから」


 咳払いをした聖哉によって颯流星先生も当初の予定を思い出したようであった。


 その後、荷物を置いた颯流星先生を護衛するメンバーとしてオレと聖哉、そしてガイド役にエスカイアさんを連れて街に向かうことにした。


 残留するトルーデさんは孤児達に講義をすると言っていたし、涼香さんはクラウディアさんから提案のあった案件の予算見積もりをすると言っていた。


 二人を孤児院に残し、オレ達は一路ヒイラギ領の街に向かうことになった。



 ヒイラギの街は前領主の行っていた過重な取り立てが廃止され、涼香さんが行った税制の改革によって、領民達の懐が潤い始めており、広場に並んだ品物は来る度に品数が増えた。


 そんな、市場の様子を颯流星先生は綿密に眺めながら手帳に色々と書き記していく。


 社員証を持たない颯流星先生は翻訳機能を使えないため、現地語が分からず、変わりにエスカイアさんが説明係として色々とエルクラストの物産に関して教えていた。


 中世レベルの生活環境で暮らしている領民達であるが、衛生環境に関しては日本側が機構に申し入れて公衆浴場の設置と各都市の上下水道の整備もこの二十年で進められた。


 おかげでエルクラストの病死者数は年々低下している。


 日本の支援金で行われた浴場建設と上下水道の設置は、水と汚物と身体の清潔さえ一定水準に達すれば、病気になる確率は格段に低下すると証明された。


「こんな色の果物が食べれるのか……明らかに毒が混じっていそうな蛍光色の果肉をしているが……」


「それは、ピンクサラマンダーフルーツといって、日本のグレープフルーツみたいな果物ですよ。但し、激辛の果物ですが」


 一口食べていた颯流星先生の身体が震えた。


 確かにオレもあのピンクサラマンダーフルーツを一度試したが、ほのかに香る柑橘系の匂いに騙されて口に入れると、口内に爆薬が仕込まれたような猛烈な辛さが襲ってくるのだ。


 アレを平然と食べていた涼香さんに騙されて、オレも口にしたが三日間は舌が痺れて上手く喋れなかった。


 その危険な果物を食べた颯流星先生も辛さを堪えようとしているのか、地面に膝を突いて頭を抱えた。


「その後で、このフェアリーベリーを食べると凄く美味しいですよ。病みつきになる人が多くて、多くの国で同時に食することを禁止されています」


 エスカイアさんがニコニコとして颯流星先生に差し出したのは、半透明の薄い皮に包まれたサクランボみたいな形をしたほのかな燐光を放つ果物だ。


 辛さに悶絶していた颯流星先生が、エスカイアさんの差し出したフェアリーベリーを皮ごと口に含んだ。


 作家先生の口内に収まったフェアリーベリーが、中のピンクサラマンダーフルーツの成分と反応して爆発的な光を放ち始めた。


「あーこれこれ。この時の爽快感が癖になるんだよねー。一種の麻薬みたいなもんだよね。脳があの刺激を覚えると何度も味わいたくなるし」


 一度だけオレも試したが、あの組み合わせは悪魔的な爽快感を脳にインプットしてくる極悪な食い合わせなのを思い出した。


 この食い合わせは中毒性が高く、重症者になるとこの二種類の果物を求めて市場を彷徨っているとも言われている。


 ついに颯流星先生が地面を転がり始め、悶えるように頭をかきむしった。


 そして、そのまま動かなくなる。


 護衛対象であり、日本政府が派遣した重要人物に対して明らかにやりすぎたかなと思ったが、次の一言でこれはやり過ぎではないとの決断を下すことができた。


「エスカイア君は黒――ふげ」


 颯流星先生の放った一言に激怒したエスカイアさんが、頭を鷲掴みにして地面から立たせると、精霊魔術を発動させて風の塊を颯流星先生に向って次々に出し、めった打ちにした。


 その姿にオレも聖哉も一歩も動けずにいた。


 空気の塊でオラオラされた颯流星先生はグッタリとしていたが、そこはオレがちゃんとフォローして回復を魔術で傷を癒してあげた。


「もう一度、オラオラして差し上げましょうか?」


「い、いえ結構です。美味しい果物を教えて頂き感謝するよ。ああ、美味かった」


 意外とタフな颯流星先生は少し乱れた髪を直すと、エスカイアさんから逃げるように広場の別の店に行き、言葉の通じないエルクラストの有翼族の女性に対して羽を触らせて欲しいとジェスチャーで話しかけた。


 なんというバイタリティーであろうか。やはり、クロード社長と同じ匂いを感じる人物だ。


「ちょっとだけ、先っぽだけだから触らせてよ。ホントに先っぽだけだから。絶対に変な事なんかしないし」


 有翼人族の女の子が困っていたので、颯流星先生には麻痺と睡眠の魔術を発動させてもらうことにした。


 その後は手帳の文字だけは書けるように配慮し、自由行動をさせないため腰に縄を付けられた颯流星先生を引き連れ、ヒイラギの街の中や外の様子を取材していった。

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