第64話 異世界観光旅行


 ゲストとしてエルクラストに来訪している颯流星先生を、エルクラスト側の受け入れ機関を兼ねている害獣処理機構の所長であるブラス老翁のいる所長室にお連れした。


 小人族であるブラス老翁はオレの腰くらいまでの身長しかなく、白く長いもじゃもじゃの髭が地面に届きそうなくらいまで伸びている。


「クロード君が言っていた日本からのお客様のようだね。ワシがエルクラスト害獣処理機構の所長ブラスだ。よろしく」


「颯流星と申します。この度はご無理を聞いて頂きありがとうございます」


 日本から来訪した作家先生を見ても、ブラス老翁は生真面目な顔で握手を交わした。


「今回の滞在は特別許可ということで、日本政府にもご理解をして頂いてもらっているが、柊君のチームに帯同することを条件にエルクラスト内の自由を保証させてもらいますよ。ただ、エルクラストでは日本側の記録媒体が全く使えないので、ご自身で書いてもらうか、覚えてもらうしか無いですがね」


「それは、クロード氏よりレクチャーを受けております。私は作家ですので、見たことや、感じたこと、匂いなど手帳に記録させてもらえば大丈夫ですよ。あとは思い出して書きますからね」


「そうでしたか……。なら、大丈夫ですな。よろしい。颯流星先生にエルクラストの在留資格を付与することにしましょう」


 颯流星先生から日本国パスポートを手渡されたブラス老翁が執務机に戻ると、椅子によじ登り、パスポートに判子を打つ。


 これで、颯流星先生がエルクラスト世界にいる権利を公式に機構から認められたこととなった。


 ちなみに、このエルクラストの入国スタンプは日本側に戻ると、消え去ってしまうそうだ。


 原理のほどはよく分からないが、地球側の大気成分に含まれる物がエルクラスト製のインクを分解してしまうらしい。


「では、取材旅行を楽しまれますように」


「ありがとうございます。異世界に来た作家は私が初めてでしょうし、存分に楽しませてもらいます」


 パスポートを受け取った颯流星先生は執務机に座っているブラス老翁と再び固い握手をした。


 そのまま所長室を出ると、まずはオレ達のチームのオフィスのあるヒイラギ領へ飛ぶことにした。



「おぉ! ここが異世界エルクラストか……というか、柊君達の持つ派遣勇者の力はスゴイね。さっきの大聖堂と呼ばれる場所からここまで転送されてきたんだよね?」


 エルクラスト内の転送移動を体験した颯流星先生が興奮している。


「颯流星先生が先程おられた大聖堂からこのヒイラギ領までは直線距離だと千キロ以上は離れていますね。わたくし達、派遣勇者は害獣討伐を迅速に行うべく、先程の転送機能を使って依頼先の近隣まで移動して害獣を駆除することになっております」


 エスカイアさんが、興奮する颯流星先生を宥めるように転送についての説明をした。


 オレも初めて転送を使った時は興奮したので、作家先生の心理状態はとてもよく理解できる。


「ふむ、なるほど。その害獣とやらも見てみたいが、まずは街の様子なども見てみたい」


「まずは荷物を逗留先の孤児院に置いておきましょう。取材旅行はそれから出発されても遅くないはずですからね」


「このヒイラギ領はオレがドラガノ王国から下賜してもらった領地なんで、領内であれば気兼ねなく取材旅行をしてもらっていいですよ」


 オレの言葉に颯流星先生がバッとこちらを向く。


「りょ、領地って、ここが君の土地だと言うのかね? 君は(株)総合勇者派遣サービスの社員だろう!? なんで、異世界に領地を持っているのかね?」


 颯流星先生に質問攻めにされたオレは、エスカイアさんに助けを求める視線を送る。


 こちらの意図を察したエスカイアさんが、颯流星先生に分かりやすい言葉で状況を説明し始めてくれた。


「我がチームセプテムの主任である翔魔様はドラガノ王国の国王より、人身売買グループ摘発の褒美としてこのヒイラギ領を下賜して頂きました。けれど、翔魔様は(株)総合勇者派遣サービスの社員でありますので、ドラガノ国王に臣従したのではなく、エルクラストの独立領主として認めてもらったという形です。これは、他の派遣勇者様にも同じような方が何名かいらっしゃいますし、会社もそれを認めております」


「……派遣勇者ってサラリーマンだよね?」


「ですね」


 颯流星先生も派遣勇者の実態を知り、かなり衝撃を受けている様子だった。


 オレとしてもなりたくてなった領主ではないのだ。


「あら、柊様……今日はお客人がおられるのですね。泊まって行かれます? そうであれば、お客人をもてなすように子供達に伝えておかないと」


 孤児の手を引き現れた、猫耳ほんわかお姉さんであるクラウディアさんの姿を見た颯流星先生が、再びオレに詰め寄って耳打ちしてくる。


『き、君はその年でこのエルクラストに嫁を持って子供まで作っているのかい!? そ、そのまさかとは思うけど、エスカイア君や涼香君、トルーデ嬢にも手は出していないだろうね』


 颯流星先生の質問に背筋からタラリと冷や汗が流れ落ちていく。


 一部の発言は間違いであるのだが、一部の発言は当たっているので、どうにも返答がし難い。


 困っているオレに助け舟を出してくれたのは、思考感知が使えるトルーデさんだった。


「颯流星殿、翔魔は未熟な派遣勇者であるのから、身を固めておらぬぞ。エスカイアも涼香も婚約者候補といった所かのぅ。妾は翔魔の教育役を自認しておるし、そこの猫耳クラウディアはヒイラギ領の代官兼翔魔が開いた孤児院の施設長なのだ。けして、邪まな関係はないぞ。多分な」


 最後の言葉が余分な気がしたが、否認できない部分もあるので、断腸の思いで訂正を求めないことにした。


 トルーデさんの話を聞いた颯流星先生は安堵のため息を吐いている。


「危なく、『このリア充め、爆発しろっ!』と叫びながらナイフを振り回してしまいかけたよ。そうだよね。異世界だからってそんなことが許される訳ないよね」


 パンパンと親し気にオレの肩を抱いてきた颯流星先生であったが、心なしかかなり力がこもっているようにも思える。


 オレは作家先生の心の奥に、そこはかとない狂気を感じてしまっていた。


「ですね。オレも日本人ですから、そこらへんの貞操感はキチンと――」


「じゃがのぅ、どこぞの派遣勇者様は日本妻とエルクラスト妻がいるって聞いたことがあるのじゃ。しかも愛人まで囲うつもりもあるらしいとか言っておったのぅ」


 トルーデさんが収まりかけた場に爆弾を放り込んできた。


 最近、メイド豪遊をするトルーデさんを諫めるため、給料をアレクセイさんに直接渡して、お小遣い制にされた意趣返しのつもりかもしれない。


「ほほぅ、それは詳しい話を聞かないとマズいねぇ。小説の執筆に重大な差し障りが発生しそうだ」


「トルーデさんの言ったことは一部事実に反しておりまして、颯流星先生とは相互認識の一致を目指すべくお話し合いが必要かと思います」


「ほほぅ、『一部』ですか」


 作家先生にオレのことを誤認識をされたままにするのは非常にマズい。


 あることないこと書かれたら困るしね。


 うっすらとエルクラストの存在をほのめかす小説を書いてもらうための観光旅行で、オレの暴露本を作らせるわけではないのだし。


 オレは作家先生の認識を正すことにした。

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