第67話 伝説になるかもしれない武器が奇妙すぎる

 作家先生が日本に帰還した後は、お仕事も開店休業状態となり、業務時間はヒイラギ領で孤児達の武術訓練の相手に指名されたり、領内の巡視をしたりして過ごしていた。


 今日は鍛冶工房の改築を完成させたグエイグから、念願の折れない剣の試作品ができたという知らせが舞い込んだ。


 巡視がてら、街にあるグエイグの鍛冶工房に行くと、火炉からは盛大に煙が上がっており、多くの丁稚や弟子入り志願者が忙しそうに動き回っている。


 グエイグの勧めで、武具の元になる金属を製錬する最新の製錬炉を隣国のドワーフ地底王国の職人を呼んで製造してもらい、領内で自前の製錬することにより、鉱石の輸入だけで済むようになった。


 おかげで色々とコストはカットできているので、数年しないうちに建造費は償還できる目処が立っていると涼香さんも安堵している。


 グエイグさんの鍛冶工房は武具をメインに受注して製造を請け負っているが、一方で弟子入り志願者達の食い扶持として農具の製造も引き受けている。


 ヒイラギ領のグエイグ工房製の高品質な農具や蹄鉄はドラガノ王国内に知れ渡り、その価格と品質によって、領内から大量の受注を獲得して大わらわになっているのだ。


 グエイグは弟子入り志願者に農具や蹄鉄を作らせることで、その腕前を確認し、一定水準を満たした者を正式な弟子として認め、自分の武具作りを手伝わせていた。


 グエイグの工房に着いたオレは武具の専用の鍛冶場へ顔を出す。


「グエイグさん、試作品が出来たって聞いたから物を見にきたよ」


 鍛冶場で弟子の仕事を見ていたグエイグが、オレの存在に気付いてこちらに近寄ってくる。


 重い槌を振り下ろす鍛冶の仕事を続けているため、肩の筋肉の隆起や、筋肉によって引き締まった身体には珠のような汗粒が浮かんでいた。


「おぉ、翔魔殿。ご足労かけたな。ご依頼の『絶対に折れない剣』を試作してみたんで試してもらえるかな」


 グエイグは完成品置き場に立てかけてあった長大な剣を取ると、オレに手渡してきた。


 剣を手渡されたオレは武器の形状を見て当惑してしまう。


 刀身が四角錐なのだ。自分の身長近くある長大な三角錐の刀身の中央から持ち手の部分が出ており、錘の先端は突き刺せるように鋭く尖らせてもあり、四角錐の角に当たる部分に敵を裂く刃が付けられていた。


 明らかに打撃武器の形状にしか見えない剣である。


「……グエイグさん……これって打撃武器じゃあ……」


「ん? キチンと敵を斬り裂けるように刃も立ててあるし、突き刺せるように先端も尖らせてある。それに翔魔殿がこだわった絶対に折れないという強度を持たせようと思うと、その形状が一番刀身の強度を持たせられた上に折れにくくなるのだ。翔魔殿の力を存分に発揮できるように打撃武器としての性能も高いぞ」


 グエイグは自らが作り出した武器の姿をウットリとした視線で眺めていた。


 グエイグの言う通り、この剣であれば刃筋を立てなくても剣の重量とオレの力で切り裂くというよりも相手を叩き潰すことは可能な気もするし、耐久度も刀身が厚く粘り気のある物であれば、折れにくくなっていると思われる。


 しかし、オレがイメージしていた勇者の持つ剣とはイメージがかけ離れており、四角錘状に加工した金属塊に取っ手を付けたハンマーのようにも見えるのだ。


「……打撃武器ですよね? これって?」


「いや、さっきも言ったがキチンと刃を立ててあるから剣だぞ」


 グエイグは筋肉が発達した胸を反らして、誇らしげに自分の作った作品を披露している。


 武骨であり、折れない強度を極限にまで求めた剣は鈍器に近い形状に落ち着くことになったようだ。


 むう、これならメイスとか振り回している方がカッコいいかもしれない。


 けれど、製作してくれたグエイグに申し訳ないので、とりあえず強度を試すことに決めた。


「そこまで、グエイグさんが言われるなら試し斬りしてみてもいいですか?」


「ああ、いいぞ。ちょうど、この前狩った銀水晶龍シルバークリスタルドラゴンの変異種の身体の一部を保管してあるから、アレで試し斬りしてもらおうと思ってな。準備はしてあるぞ」


 前回討伐した際に変異した銀水晶龍シルバークリスタルドラゴンは、元の防御力よりもかなり数値を上げていた。


 そのため、この変異銀水晶龍シルバークリスタルドラゴンの素材を叩き斬れると、エルクラストでは大半の物が斬れる武器になる。


「外に準備してあるから、こっちに来てくれ」


「あ、はい」


 オレはグエイグに促されるままに、試し斬りの素材が置かれた鍛冶工房の裏の広場に足を向けた。


 グエイグの後について工房を抜け、広場に到着すると近隣の住民達が鉄製の台に据え置かれた銀色の鈍い光を反射する水晶質の素材を見ては色々と雑談に花を咲かせていた。


 討伐の際に街に外出禁止令を出していたことで、変異銀水晶龍シルバークリスタルドラゴンのことは領内では幼児でも知っている存在になっている。


 今日はその害獣を討伐した領主のオレが試し斬りをするらしいと口コミで広がり、広場には人だかりができ始めていた。


 むぅ、これはやりにくいぞ。自分の剣の腕の無さが領民達に知られてしまうではないか……。


 困ったなぁ……コッソリと試すつもりだったんだけどなぁ。何だか大事になっているぞ。


 人が集まり始めた広場には、その見物人を求めた飲食店が出張屋台まで開設しており、なんだかお祭りのような賑わいも見せ始めいる。


 確かにこのエルクラスト世界は娯楽が少なく、こういった見世物的なことが広場で行われると住民が集まってお祭り騒ぎになるとは聞いていたが、オレ自身が娯楽の対象になるとは思わなかった。


「さて、まずは突きの威力を試すために、ワシが作った鋼鉄製の鎧を用意しておいたぞ。一般的な騎士が着用する鎧だが、鋼をふんだんに使って強度は高めてある鎧だ」


 鉄製の鎧かけに掛けられた鋼鉄製の全身鎧が、銀水晶龍シルバークリスタルドラゴンの素材の隣となる広場の中央に置かれていた。


「グエイグさん、オレの試し斬りを使ってお祭りする気満々だったでしょ?」


「これは涼香君とエスカイア君の許可を取っているぞ。ご領主自らが最強の武器を求められていると聞いて住民も興味津々であるからな。領主の仕事として領民には娯楽を提供せねばいかんだろう?」


 ニヤニヤと笑うグエイグさんは、すでにうちの中枢要員を取り込み済みであった。


 知らないのはオレばかりであったが、二人が必要だと判断しているのであれば、やらないわけにはいかなかった。


 オレはため息を吐くと覚悟を決めて、グエイグの作った絶対に折れない剣の試し斬りを始めることにした。

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