第62話 一難去ってまた一難くるってよくあることか・・・


 討伐は予定通りに完封勝ちで終了し、街への被害は皆無であった。


 Sランク害獣が変異したことを重大視して、エスカイアさんが銀水晶龍シルバークリスタルドラゴン改二になった害獣の素材を機構の解析部門に回す手配をしている。


 そして銀水晶龍シルバークリスタルドラゴンが湖底から現れる直前に、オレが見た黒い外套の人影についてもクロード社長と機構に情報をあげておくことになった。


 一方、グエイグは涼香さんに頼んで予算を工面してもらい、ヒイラギ領の街にある鍛冶工房を買い取ると、工房で使う道具や炉の製作を始めた。


 放浪中は、その街の鍛冶工房組合に顔を出して場所を借りて武具を作っていたそうだが、今回はオレの領内に定住する気だと聞いている。


 なので、自分の納得いく設備を作りたいと言われており、予算を足りなくなりそうならオレのポケットマネーから流用してもらうことにしている。


 ちなみに、今回狩ったSランク害獣は領内討伐で駆除依頼ではなかったが、機構側が変異種としての研究素材として買い上げてもらった。


 その額がチームとして三〇〇〇万ほどの臨時の収入があったため、買い取り金は討伐に参加した六人で頭割りして支給することが決定した。


 こうして、グエイグを仲間に加えて、高性能武具を開発する拠点を手に入れる目処が立つことになった。


 グエイグの鍛冶工房に関しては、手伝いとして鍛冶仕事に興味をもった子や街の鍛冶士達を雇用するように伝えてあり、多くの人にグエイグの技術を学ばせられるようにしておいた。


 こうしておけば、いずれグエイグを超える武具製作者が領内から出てくる可能性もあるので、お手伝いは多いに越したことはない。


 一週間ほどで工房の方は完成し、グエイグも本格的にオレの注文の品である絶対に折れない剣やメンバーの武具の製作に取りかかった。


 そうして、オレ達は日常の業務に戻っていくと思っていた――


「よく来てくれたね。待っていたよ」


 オレ達はヒイラギ領に構えたオフィスに向かう前に、大聖堂にあるクロード社長の専用オフィスに呼び出された。


 日本側にあるオンボロのオフィスはカモフラージュで、クロード社長も趣味の筋トレと飲み屋巡りをしている以外は、大聖堂になるこちらの立派なオフィスで色々と仕事をしているそうだ。


 最近、雑談で質問したのだが、クロード社長自身が日本とエルクラストが繋がって一番嬉しかったことを聞いたら、『美味い葉巻が吸える』といった答えが返ってきた。


 エルクラストにも煙草はあると聞いているが、地球産よりは味が落ちるらしく、愛煙家のクロード社長にとっては無くなると死活問題になるほどの重要物資となっているそうだ。


 高級そうな執務机の上に置かれたシガレットケースには一本、一万円する高級葉巻が入っており、勧められた時に少しだけ興味が湧いたが、喫煙習慣もなく、背後から見ていた涼香さんとエスカイアさんの熱視線を感じて丁重にお断りをしておいた。


 オレの眼前では、そんな高級な葉巻火を点けてクロード社長が紫煙をくゆらせていた。


 容姿とサングラスと顔の傷痕を鑑みると、どこからどうみても〇フィアのボスにしか見えない。


「クロード社長。緊急の呼び出しとはどのようなご用件ですか? 目下の所は機構側のご依頼は承っておりませんが?」


 チームのスケジュール管理はエスカイアさんが完璧に把握してくれているはずなので、クロード社長の呼び出しには思い当たる節がなかった。


「ああ、機構側ではなくてな。また、日本政府からの無茶振りがきてな……。それも、昨今、新しく総理大臣になった羽部総理が引継ぎ案件である、こちらエルクラストの事を知ったようでね。一部の情報を解禁してはどうだろうかと、関係各所に圧力をかけてきているようなのだよ」


 日本政府からの命令に対し、クロード社長はめんどくさそうな表情を浮かべている。


「元々、経済優先を謳って総理になった男だから、異世界であるエルクラストの技術や資源などの話を聞いたことで、情報を解禁し希少金属の輸入量増加やエルクラスト製の素材を使った新素材開発を増やして日本の繁栄に使おうと画策しているらしいんだけどさ」


 たしかにめんどくさそうな話だ。エルクラストのことを知る人が増えれば、増えるほど、色んなリスクが高まるんだよなぁ。


「うちとしてはエルクラスト害獣処理機構との取り決めで多くの日本人を行き来させないと契約している以上はできるだけ、お断りしたかったんだけどね。日本側のご機嫌を損ねるのもアレかなと思って、柊君のお父さんと知恵を絞って色々と裏で画策させてもらってね」


 なんだか、とても愉快な悪戯をしたような純真な笑顔をしているが、サングラスをしているいい歳のおじさんが考え出した悪戯は絶対に悪戯レベルではすまない気がした。


 とても恐ろしかったが、呼び出されたということは絶対にオレに降りかかってくる案件なので、確認のためにクロード社長に質問する。


「それで、うちの親父とどんな悪巧みをしたんですか?」


「話は簡単だよ。羽部総理にはエルクラストの事を一気に発表するには国民に対してあまりにショックが大きすぎるので、エルクラストのことをボンヤリとイメージさせるような小説を書いてもらい、それを政府主導でメディアミックスして国民へ周知させていき、実話だよって段階を踏んだ方がいいんじゃないかと外務省や内閣府、公安調査庁、防衛省のお偉いさんから羽部総理の耳に吹き込んでもらったのさ」


 異世界の話を小説に!? そんな話を総理がまともに取り合うわけないじゃん! さすがクロード社長と親父の悪だくみだ!


「普通の人なら、一笑に付して『真面目に考えろ』って言質を取れて、鋭意検討中ですという官僚言葉で逃げ切れる訳なんだけど。そうしたらね。やたらと乗り気になっちゃってさ。小説の書き手まで選んでエルクラストを取材させてくれって話になったわけなのさ。さすがに柊君のお父さんも私も羽部総理がまともに取り合うとは思ってなかったから、めちゃめちゃ焦っている訳なのだよ」


 はっ!? はぁあ! そんな話が通るの!? この国大丈夫か!?


 吸い込んだ葉巻の煙を吐き出して明後日の方向を見ている姿には、まったくの焦りの色は見えていない。


 これは、はしゃぎすぎちゃってえらいことになったけど、オレに丸投げしとけばいいよねとか絶対に思っている。


「お断り――」


「柊君っ!! 頼むよ!! この案件を無事にやり遂げたら、日本にある我が社のプライベートビーチと専用宿泊施設での慰安旅行とかできるように機構側や日本側にも掛け合ってあげるからさ。ホントにまずいんだって、このエルクラストの事が本にされたら絶対に大事になっちゃうわけで、そうしたら私の首も危ないし、柊君のお父さんの首もあぶないんだからね」


 断ろうとして部屋を出ていこうとすると、クロード社長はふんぞり返っていた椅子から飛び出して、オレの足にしがみついてきた。


 しかも、顔に似合わずにオイオイと盛大に泣くので、ズボンがクロード社長の涙で濡れて、遠目に見るとオレがお漏らしをしているようなあとがついた。


「わ、わかりましたから。いい歳をしたおじさんが泣かないで下さいよ。うちの親父も絡んでいるみたいだし、親父が路頭に迷うとお袋がブチ切れて家庭不和になるんで、実家の安寧のためにもお手伝いできそうなことはやりますよ」


「あ、ありがとうっ! 柊君、恩に着るよ。持つべき者は優秀な部下だね。護衛専属チーム『ドゥオ』の西島君が断ってきた案件でね。いや~どうなることかと思ったよ」


 うちの親父を巻き込んでおけば、確実に最後はオレまで巻き込めると見越していたような気もしないではないが。


 まぁ、クロード社長には色々と良くしてもらっているし、やらかし案件で大事になった際も頼れる社長としてサポートして貰えているので、たまにはお手伝いくらいするのもやぶさかではない。


 それに親父も首が掛かっているし、更には夏のバカンスまで掛かっているのだった。


 護衛任務は初めてだけど、要は総理の選んだ作家のエルクラスト観光旅行に付き添えばいいだけだよね。


「依頼を受けてくれるとなったら善は急げだ。実は今から打ち合わせがあってね。君達も同行してもらいたい」


 スッと立ったクロード社長が先程の〇び太君モードからビジネスモードの顔に切り替わっていた。


 ずるい大人の典型かもしれないが、クロード社長は口にした事は必ず守ってくれる上司なので、そこだけは安心しておけた。


「クロード社長はオレが受ける前提で話を進めていたでしょ」


「そんなことはないよ。わが社はチーム主任に依頼の選択権を与えているからね。許諾はチーム主任の判断に任せているよ」


 クロード社長は明後日の方向に顔を背けて、机の上にあったシガーケースから葉巻を取り出し、吸おうとしていたが焦っているのか上手く火が点かなかった。

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