第53話 孫の顔が見たいって、それは死亡フラグ案件


 一家団欒での夕食を終えると、自室に戻ったオレの部屋に親父がやってきた。


「お袋の件、ありがとう。すげえ助かったよ」


「ああ、アレはクロード社長がえらく、翔魔のことを気にしてくれていてね。母さんをグループ会社の持つビルに招いて、色々と翔魔の仕事内容を説明してくれたのさ。もちろん、嘘八百だがな。とりあえず、翔魔は世界中を飛び回って色々な業務をこなす部署にいることになっているから覚えておくように。世界戦略企画部とかいう怪しい名前の部署らしいぞ。私も思わず笑いを堪えるのに必死だったからな。けど、母さんは会社の雰囲気とクロード社長の替え玉だったグループ企業の社長さんを気に入ったようでね。あれ以来、(株)総合勇者派遣サービスに翔魔が勤めて良かったと擁護するようになったぞ」


 やっぱり、クロード社長は本人ではなく替え玉が対応していたのか。


 明らかに本人と対面したら、うちのお袋の場合はヒステリーを起こして、絶対に辞めさせようとしてくるに違いなかった。


 そういった点で見れば、さすがに人の心を熟知している癖者なクロード社長らしい判断で助かった。


「クロード社長には色々と可愛がってもらってるんで、今度礼を言っておくことにするわ」


「それは、止めた方がいいな。クロード社長に礼を言うと、色々とまた扱き使われるぞ。エルクラストの件を隠蔽するのは、政府だけの仕事じゃないからな。(株)総合勇者派遣サービスにも機密保持費が政府から払われているから、クロード社長の今回の件も業務の一部さ」


 親父が政府関係者として(株)総合勇者派遣サービスと政府の密約を知る立場であるため、色々と裏の事情に詳しいこともオレがクロード社長に気に入られている理由の一つかもしれなかった。


「翔魔の起こしたミチアス帝国の件は、私の所もかなりの皺寄せを喰ってな。残業続きで帰れなかったぞ。公安調査庁の偉いさんも顔が真っ青だったそうだし、うちも上役が対応に大わらわで、内閣府まで話が上ったとも聞いてる」


 親父の話によって、オレがミチアス帝国での話は、日本政府上層部を含む、多くの人の肝を冷やさせた事件だったことが判明した。


「マジでか……」


「ああ、別に責めている訳じゃないぞ。結果的に政府から開発援助金としてミチアス帝国に支払っていた金が皇帝の私費として浪費されていたことも、苦々しく思っていた政府関係者も多かったしな。けど、希少金属の取引に影響を及ぼすとして黙認してきたんだが、今回の件でお前が率いたチームの復興策でミチアス帝国側の関係者が一新されたことで、一部開発権益を譲ることになったが、結果として希少金属の製錬設備も着工し、加工した状態で持ち出せる施設の着工も決まり、政府としても逆に懐が潤ったというのが裏の話さ」


 涼香さんが全精力を注いで作り上げた復興案によるミチアス帝国の再建案は、新皇帝アレクセイの英断により導入され、ミチアス帝国の経済を好転させるだけでなく、日本側へも良い影響を与えることになったと聞かされた。


 製錬所に関しては涼香さんが開発権を取得しようとした商社の営業に、色々と無理を言って作らせた施設であったので、それが日本側の利益にもなったことに素直に喜んでいた。


「そっか。うちの涼香さんが結構、無茶を通していたからどうなるかなと思ったけど。日本側にもメリットになったなら良かった」


「ああ、あの厳しい条件で開発権益を商社に売りつけたのは、涼香君だったのか。彼女もすごいね。ミチアス帝国の権益を担っていた貴族層がほとんどいなくなったとはいえ、あんな復興案を皇帝に認めさせて、なおかつ財源とするために開発権を一般商社に売り出そうとか考え出すだなんてさ。商魂たくましいと言うか、辣腕家というべきか」


「とても助かったけどね。オレは全くと言っていいほど役には立たなかったけどさ」


 ミチアス帝国の復興でオレが担った仕事は、核兵器が打ち込まれても耐えきれそうな防護魔術を施した皇帝アレクセイさんのお家であるログハウスを建てたのと、泣きそうな商社の営業マンにお茶を出しただけであった。


「そうか。けど、害獣はお前が退治したんだろ?」


 親父は外務省の異世界統括官という役職上、エルクラストの情報は結構耳に入って来るらしい。


「ああ、そうだけどさ。それ以外は役に立ってないし」


「そういじけるな。お前の力はエルクラストの人達を害獣から守るためにあるんだからな。そのことを忘れないでおけばいい。適材適所という言葉もあるんだ。お前はお前の持つ力で仕事をしていけばいい。チームとして自分の足りない所は誰かに補ってもらえば、結果としていい仕事ができるってわけだ」


 親父の言う通り、涼香さんや聖哉、トルーデさんやエスカイアさんそれぞれの力を発揮すれば、トンデモナイ結果を出せることをこの二ヶ月で学んでいたので、親父の言葉に力強くうなずいた。


「それはそうと、翔魔。クロード社長から聞いたんだが、嫁取りをするそうだな? 相手は誰だ? 涼香君か? それともエスカイアさんか?」


 チームワークで仕事をすることに頷いていたオレに、親父が急に結婚の話を振ってきた。不意を突かれておもわずドモってしまう。


「な、なに言ってんだよ。親父!! け、結婚なんてまだ考えてないよ」


「そうか……クロード社長からは近々、翔魔が嫁を迎えると聞いているんだがな……。あっちに住むなら一夫多妻でも法律違反にはならんが、母さんを説得するのはかなり難しいぞ。私は別に翔魔の嫁が何人になろうが気にはしないが。あっちで派遣勇者がどういった扱いなのかも知っているしな。けど、日本に住むなら正妻と愛人になるからな。それだけはしっかり決めておかないと色々と揉めるぞ」


 親父が好々爺のような眼でオレを眺めている。


 結婚はするつもりだが、まだどちらに住むとも決めていないし、誰と結婚するかなんて決めてもいなかった。


「母さんには早く孫の顔を見せてやれるといいぞ。私も孫の顔は早くみたいと思っているからな」


「あ、ああ。分かったよ。ちゃんと報告はするから、その件はまだ待っておいてくれ。オレもまだ仕事に不慣れだし、きちんと食べさせていける地位になったら、ちゃんとするつもりだからさ」


 急に親父から結婚の話を振られて、動揺してしまったが、すでにエスカイアさんと涼香さんとは、そういった関係を結んでしまっている。


 年内にも結婚という文字が頭をチラつくが、お袋をどうやって説得しようかと考えると、今はまだそっと置いておきたい案件であった。


「嫁を何人迎える気かは聞かないでおくが、女性に対して不誠実なことをすれば、私が許さないからな。男ならキッチリと受け止めてやれよ」


 親父は、オレがエルクラストに在住して一夫多妻をするつもりだと思っているようだが、まだ、それも決めていない段階なので、あまり先走って欲しくはない。


 でも後回しにするととても痛い目を見そうな事でもあったので、身辺が落ち着いて来たら一度しっかりと話し合わねばならないと思った。


 こうして、オレは実家での生活を満喫し、残りの休暇は都内でみんなと遊んだり、トルーデさんのメイド喫茶通いを阻止したりして楽しみ、仕事の疲れをリフレッシュすることができた。

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