第43話 悪即斬する気なんてなかったのに
しばらくすると、街道から豪奢な馬車が二台の荷馬車と、二〇名ほどの騎馬を引き連れてこちらに向かってきた。
人攫いのリーダーの顔を見ると、どうやらアレが元締めの乗る馬車らしい。
馬車はオレ達の前で止まると、騎馬に乗った獣人の兵士達が馬車の扉の前に整列する。
扉が開くと中からはでっぷりと太り、禿げあがった中年がゆっくりと降りてきた。
トルーデさんが人攫いのリーダーに取引するよう無言で脅す。
「今回も多くの生贄を集められたようだな。良いぞ。これで組織での私の覚えもめでたくなるというものだ。後金を渡すから代表者は我が城まで取りに来い。生贄どもは荷馬車に押し込んでおけ」
兵士達が生贄の子供達を一緒に来た荷馬車に乗せようと近づいてきた。
取引を成立させるために、捕らえていた人攫いのリーダーを太った男の方へ蹴り飛ばす。
オレは被っていた外套を脱ぎ捨てると、大声で叫んだ。
「そこまでだっ! 『(株)総合勇者派遣サービス』所属、チーム『セプテム』主任、柊翔魔! ブッへバルト子爵の悪事を許す訳にはいかないっ! 大人しくしろっ!」
「げぇっ!! 派遣勇者だとっ!!」
蹴り飛ばされた人攫いのリーダーの隣にいた太った男が、ブッへバルト子爵のようで、顔色が明らかに変わった。
元々血色は悪そうだったが、蒼白を超えて白くなっているのだ。心なしか足元もガクガクと震えているようだ。
「犯罪行為が派遣勇者によって告発されたらどうなるか。ブッへバルト子爵様は知っておられますよね?」
エスカイアさん達が姿を隠していた外套を脱ぎ去り、得物を兵士達に向ける。
「ええぇい!! 皆の者!! 斬れ! 斬れぇえ!! 派遣勇者を殺して、事実の隠ぺいを図るのだっ!!」
「「「おおぉ」」」
どうみても悪代官の末路しか見えないセリフを吐いたブッへバルト子爵は、兵士達にオレ達の抹殺の指示を出す。
これで、敵対行為は鮮明になったので、遠慮せずに
もちろん、死にはしないが下手に抵抗すると骨が折れるくらいの痛みを伴う重力数値に設定しておいた。
「あがぁああぁあぁ、しぬぅ……しぬううう……あがぁああぁ。ワシを殺す気かぁ!」
発動した
メキメキと骨がきしむ音と苦悶の声がそこかしこから聞こえてくる。
「これは、これで痛そうじゃの……お主らの悪行は翔魔の怒りを買ったみたいじゃぞ。大人しく罪を認めれば、国に突き出すだけで勘弁してくれるそうじゃ」
地べたを這いまわる兵士やブッへバルト子爵に投降を呼びかけた。
「翔魔さん、半端ないわー。僕もアレくらいの魔術を早く使えるようにならないとな……マジで力の差が歴然としている……」
そういえば、人攫いを壊滅させる話になっていたが、大元は聖哉の初実地研修だったのを思い出した。
初実地研修で、悪人退治とかって派遣勇者としてはいいのか、悪いのかの判断をしかねるが『弱きを助け、強きをくじく』という会社のモットーは見せられたのかもしれない。
「痛い、痛い、ワシはドラガノ王国のブッへバルト子爵だぞっ! 領地を持つ貴族にこのような狼藉をぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉ!!」
ブッへバルト子爵は罪を認めようとはせずに権力をチラつかせてきたので、さらに重力を増してあげた。
ちなみに社員証のディスプレイに搭載されているエルクラスト各国の情報を集めた検索サイトみたいなツールで、ドラガノ王国における人身売買や奴隷売買を認めているか探した。
結果、ドラガノ王国法に自国領民の不当な売買契約を結んだ者を斬罪に処すと書かれていたので、奴隷制を認めていないし、人身売買は犯罪行為だと国家で定められていることが判明した。
「ドラガノ王国法では、人身売買は犯罪行為なんでね。ブッへバルト子爵がどんなに偉い人だろうが、オレは犯罪行為を許さないよ。大人しく、国の裁きを受けるんだね」
「クソがぁあああ!! ワシは、ワシはあの方のために……生贄を……ゴハッ、ゲフゥ、ゴフッ!!」
ブッへバルト子爵が犯罪組織について喋ろうとした瞬間、急に口から大量の吐血をすると、そのまま息を引き取ってしまった。
「なっ!? 急にどうした」
「そやつが人攫いの上部組織について語ろうとしていたから、妾が思念を読もうとしたら、ブロックされたのじゃ。これは、口封じかもしれぬ」
そして、地べたに這いつくばっていた兵士達も次々と多量の吐血をして絶命していく。
オレはすぐに
惨劇は下っ端の人攫い達にも波及していき、現場にいた者でこの組織に関わっていたとされる者は残らず息を引き取ってしまった。
「情報の隠蔽じゃの……。それにしても、外部から思念をブロックしたり、命を操ることができたりする魔術など聞いたことが無いぞ……」
トルーデさんも息絶えた兵士や人攫いを見て、首を傾げている。
「これは、意外と大がかりな組織なのかもしれませんね……クロード社長には連絡を入れておきます」
エスカイアさんも目の前で起こったことに戸惑いを覚えたようで、すぐさま直通でクロード社長と連絡を取り合っていた。
「翔魔さん……こいつら、ドラガノ王国に突き出しますか? 死んでしまったようですけど……うっぷ……」
聖哉もオレと同じように死体を見慣れていないため、胸から突き上げる吐き気を抑えるのに精いっぱいの様子で話しかけてきた。
日本に暮らしているため、こういった死体を直に見ることはほとんどない。
そのため、血だまりができるほどの大量吐血をして人が次々と死んでいく場面はトラウマになりそうなほど怖かった。
落ち着け……主任のオレがビビってたらダメだ……血がいっぱい流れているが……ドラマの死体だと思えばいいんだよ……ウップ。
オレは物陰に走ると突き上げてきた物を吐き出した。
「柊君、大丈夫? あんなに人が死ぬなんて見たことないからショック受けるよね」
おう吐したオレの背中をさすってくれたのは涼香さんだった。彼女も日本人でオレと同じようにショックを受けているかと思ったが涼香さんは案外平気そうな顔をしていた。
「涼香さんは大丈夫なの?」
「私は大丈夫よ。私は親の仕事の都合で、子供の時に紛争地帯に住んでたからね。死体は見慣れているの」
涼香さんが衝撃の告白をしていた。普通の大学職員かと思っていたけど、割とぶっ飛んだ生活をしていたとカミングアウトしていたのだ。
「え? マジで?」
「そうね。両親はカメラマンでね。各地の紛争地帯を渡り歩く戦場カメラマンだったの。小さい時は私を連れて戦場を渡り歩いていたのよ。頭おかしい両親でしょ? でも、おかげで戦争の起きる理由が、大概は為政者の無能さが引き起こしていると理解できるようになったわね」
涼香さんの為政者に対する猛烈なダメ出しは、幼少期に受けた戦争のショックのトラウマみたいなものであると判明した。
「……涼香さん……」
「いやあねぇ、別にそんなに悲しい目で見ないでよ。案外、世界を飛び回るのは面白かったし、色々と友達もできたからね。それに、こういった異世界に来てもあんまり驚かない耐性も付いていたし」
涼香さんはバンバンとオレの背中を叩くと、大学職員時代と同じようにサバサバとした表情をした。
その後、エスカイアさんから連絡を受けたドラガノ王国の関係者がやってきて、色々と事件の後処理に携わることとなった。
謎の政治的決定により、死亡したブッへバルト子爵領が、ドラガノ王国からオレ達のチームが委託されることになった。
ドラガノ国王も住民もブッへバルト子爵の横暴さに辟易していたそうで、その彼を討伐したオレは、派遣勇者でありながらドラガノ王国の名誉子爵とかいうよく分からない称号まで授与されてしまったのだ。
クロード社長によると、日本人の派遣勇者が領地を持つことは会社としても認めていることなので、ありがたく受けろと言われた。
もちろんエスカイアさんにも確認したが、主任クラスはどこかしらの国から爵位や領地を色々と貰っており、経営の才能がある派遣勇者は、領地を開発して自分の給料を増やしている猛者もいるそうだ。
マジでこの会社はヤバい……社員が副業で稼いでも文句言わないのか……。
キッチリと仕事をこなせば、あとは自由にしていいというスタンスとかって会社としていいのだろうか。
謎過ぎる会社だけども、でも二〇年続いているからアリなんだろう。
それと、救出した孤児達だが、ブッへバルト子爵の城にも三〇名ほど囚われており、総勢五〇名近い数の孤児達になった。
ドラガノ王国が多すぎるとのことで引き取りを拒否し、今回の名誉子爵位授与と領地下賜によりチャラにして欲しいというのが、今回の謎の政治的決定の裏に合ったとか、チラリと聞いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます