第44話 孤児院の個人経営って結構大変かもしれない
孤児五〇人をいきなり任せられた上に、領地まで任されたため、オレのチームはまた残業体制に移行してしまった。
でも涼香さんが水を得た魚の様に嬉々として、領地の経営にやる気を見せてしまっている。
話し合った結果、ブッへバルト子爵の住んでいた領主の館を孤児院として使用することとなった。
攫われていた唯一の成人女性であった猫族の人を孤児院の施設長として雇い、領民からも何名か職員を募ることにした。
彼女の名はクラウディアさんといい、元々王都の孤児院で、孤児達の面倒を見ていた女性らしいが、オルタが騙されて連れていかれる際に巻き込まれてしまった人だそうだ。
監禁中は、人攫い達から子供達の面倒を見るように言われ、食事や洗濯の下働きをさせられていたと聞いている。
彼女と話していると整った顔立ちで非常に美人なのだが、おっとりとした人柄から醸し出される雰囲気になんだか癒されてしまい、彼女に対しては反抗ができない気がしている。
実際、人攫い達も彼女には手を出さずに色々と要求を聞いていたらしく、監禁された子供達の栄養状態がそれほど悪くなかったのと、傷を負っていなかったのは彼女の功績だとオルタが言っていた。
「クラウディアさん、色々とお手数をかけてしまってすみません。お給金は多めに支払いますんでオルタを始めとした孤児たちの面倒を見てもらえますか。必要な物は涼香さんかエスカイアさんを通してくれれば用意します」
オレは元応接室だった所でソファに座り、クラウディアさんと孤児院の運営について話し合っていた。
茶色い髪に黒い猫耳を生やし、黒と茶色が混ざったぶち色の尻尾を生やしているクラウディアさんは真剣な表情で、涼香さんが立てた孤児院の予算書を覗き込んでいる。
スラリと伸びた手足と衣服の胸元を大きく盛り上げて存在を主張する胸につい目が行ってしまう。
エスカイアさんや涼香さんとは、また違ったタイプの穏やかな女性だな……。
真剣に予算書を見つめるクラウディアさんの姿に、オレの目は釘付けにされていた。
「柊様……本当にこんな予算で孤児院を運営なさるおつもりですか……」
予算書に目を通し終えたクラウディアさんが、慌てた様子で運営資金の質問をしてきた。
予算は最大限適正額を付けられるように、涼香さんには依頼をしていたし、会社からも派遣勇者が行う慈善事業への補助制度があるとエスカイアさんから聞いたので、申請を出して補助金ももらっていた。
けっこうがんばった金額だと思うけど、それでも全然足りなかったのであろうか。
孤児院の運営なんてやったことないけど、親の無い子供達を育てる責任はある。
領地収入や会社補助金、オレの給料からもの一部引き落としで、何とか年間予算一五〇〇万を付けたのだ。
これで、足りないと言われるとお仕事をもっと励まないといけなくなる。
「た、足らなかったですかね? 結構、涼香さんにも無理言って回してもらった予算ですけど……」
クラウディアさんはブンブンと端正な顔を振りながら慌てた。
「ち、違います。桁外れに多すぎるのですよ。これだけの予算付いたら、この国では一〇年は普通に運営できますよ。私が元いた孤児院はこの予算の二〇分の一しかなかったんですから。それに、この大きな貴族様のお屋敷を施設として提供して頂けるという話。建物代の返済がなければ、この予算で二〇年は運営できます」
「お、多すぎましたか……。足りないのかと思って焦りました。年間予算なんで、来年度も一応、同額を運営資金として提供できますが……」
予算書を持ったクラウディアさんが、顔を紙で覆って涙目になり始めた。
「お、多すぎます。こんな金額は使い切れないですよ。そ、そうだ! この額の予算を付けてもらえるなら、王都の孤児院にいる子達も引き取っていいでしょうか……。お恥ずかしい話ですが、あそこは職員も困窮してますし、子供達も食べるのに事欠く有様で……。柊様さえよければ、この予算で運用はいたしますので」
クラウディアさんが、元いた王都の孤児院の子供や職員も引き取りたいと申し出てきた。
国王の許可が得られ、予算内で収まるなら、別に子供の数が増えても差し支えはない。
それで、子供達が腹いっぱい飯を喰えて、夢を語れるようになるなら、是非やって欲しかった。
「予算内で運営できるなら、国王の許可はエスカイアさんに取ってもらい、その王都の孤児院ごとこちらに移ってもらうことにしようか。スタッフもクラウディアさんが決めていいよ。とりあえず、施設長は君なんだからね」
大任を拝したクラウディアさんだが、彼女の人柄や雰囲気、言動は敵を作らず、むしろ応援者を多数獲得してくれるはずなので、頑張って孤児院を運営して欲しい。
「ありがとうございますっ! 孤児達も柊様を見て派遣勇者に憧れているようなので、お時間ある時でいいですから、男の子達の指導をして貰えると嬉しいです」
ニッコリと笑ったクラウディアさんの顔はとても眩しくて、思わず『はい』と頷いてしまった。その笑顔はとても女性の魅力に溢れた魅惑的な笑顔であった。
「翔魔、鼻の下が伸びておるのじゃ」
「ひゃああい」
スッと背後から現れたトルーデさんが、オレの思考を読み取っていたのか、頬を膨らませて怒っているようだった。
すでに生活している孤児たちにエルクラスト共通文字を教え、更には『帝王学』とも言えるリーダーシップ論や、経営術、部下を統制する方法といった理論や、様々な幅広い知識、経験、作法などの人格や人間形成に到るまで高度な教育を行っている。
教えている内容は、子供に分かりやすくかみ砕いているが、エスカイアさん曰く、完全に貴族子弟に教えるような内容を講義しているそうだ。
孤児達の中にも知恵が回る子は一定数いるようで、トルーデさんの講義を受けて感銘を受け、向学心が芽生えた子もいるそうだ。
特にオレに憧れているらしいオルタは色々と知識の吸収が早いらしい。
将来はこの孤児院からエルクラストの指導者が輩出されるかも知れないとコッソリと思ってしまった。
「トルーデ陛下の講義は皆が楽しみにしておられますので、今後も講師を続けて頂けるとありがたいですね。あの子達も見違えるほどの向学心を見せていますし……成人後のことを考えれば、多くの知識を持つことはプラスになりますから、よろしくお願いします」
クラウディアさんがトルーデさんに頭を下げる。
頭を下げられたトルーデさんは鼻を拡げて得意気であった。最近発見したトルーデさんの癖だが、褒められると小鼻が少しだけ拡がるのだ。
「そ、そうか。妾の講義を皆真剣に聞いておるからの。妾も教えがいがある。後継者でしくじった妾はアレクセイという人間的に出来た血縁のおかげで国を維持できたが、ドラガノ王国に限らず、為政者の資質は国の趨勢に直結するので、この孤児院で育った者がエルクラストの上級指導者層になれるように、しっかりと妾の学んできた帝王学を叩き込んでやるつもりじゃ。甥の時は弟に遠慮して厳しくやれなんだからなぁ。あのような無能王になってしまったのは痛恨の極み」
「トルーデさん、あ、あくまで自立を助ける知識を伝授してもらえば、大丈夫ですよ。その、向学心に燃える子はオレも支援したいと思いますが……」
トルーデさんの帝王教育と涼香さんの為政者論を真面目に学んだ子が出たら、とんでもない指導者が出てくるかもしれない。
まぁ、でも早くても十数年はかかる話だから、気長にやっていくしかないね。
あとはトルーデさんが暴走してカワイイ女子にメイド教育をし始めないかだけを注視するのが、オレの仕事かな。
孤児院の運営は猫耳と尻尾が素敵なクラウディアさんにお任せできそうだしね。
こうして、後の世にエルクラスト最高学府と呼ばれるようになるヒイラギ学舎は孤児院として出発することが決定した。
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