第39話 物体Xがビックリ過ぎて軽く裏技


 依頼完了クエストクリアをして、俺は完全に油断していた。


 草むらから現れた謎の物体Xに押し倒されしまったのだ。


「こら!! 翔魔様から離れなさい!! 今すぐ離れないと脳天に矢が生えますよ」


「エスカイアさん、私が銃で撃ちます! 任せて」


 いやいや、二人とも戦闘の余波で出たアドレナリンで荒ぶってますけど、狙いが外れるとオレも巻き込まれるんで、できれば自重をお願いしたい。


「ひゃあいいいっ! 殺さないで! 殺さないでください!! 逃げ出したのは謝りますから、お願いです。殺さないで」


 謎の物体Xが本気で怖がっている様子なので、いい加減この状況を改善することにした。こんな格好は百害あって一利なしだ。


 オレはしがみついていた物体Xを引きはがすことにした。


 必死にとりすがろうとしていた物体Xだが、チート派遣勇者のオレの力の前になすすべなく引き剥がされる。


 摘まみ上げた格好になった物体Xは、獣人の子供であったようだ。


「獣人の中でも犬族の子供のようじゃの」


 茶色いフサフサの尻尾と垂れた犬耳をもった柴犬のような顔をした獣人の子供であった。


 粗末な服を着た犬族の子供は尻尾を丸め、プルプルと震えながらこちらを向いてひたすらに『殺さないで』と言い続けた。


「坊や……一体どうしたの……ここは魔境区域よ。子供が入っていい場所じゃないわ。わたくし達は『(株)総合勇者派遣サービス』の者よ。坊やが禁止区域にいる理由を教えてくれる?」


 オレから離れたことで、戦闘中に分泌されたアドレナリンで荒ぶっていた二人が落ち着き、優しい口調で獣人の子供にこの場所にいた理由を聞いた。


「ぼ、僕が知りたいよ。僕はお父さんとお母さんがいないから、街で靴磨きして生活してたけど、知らないおじさんがご飯をいっぱい食べさせてくれるって言うからついて行ったら、この森のへんな小屋に集められたんだ。僕はなんだか薄気味悪くて隙を見て逃げ出してきたの!!」


 犬族の子供はおぞましいことを思い出しているかの如く、顔を蒼白にしてここにいる理由を語っていた。


「小屋にいたおじさん達はみんな無口で怖くって……僕みたいな孤児の子がいっぱい集められていたの」


 目の前の犬族の子供が喋っている内容が正しければ、何だかきな臭い話になってくる。


 だが、こういった話にうちの会社は立ち入れないので、聞かない方が利口なのだが――。


 しかし、ここまで聞いて放置するのも人としてどうかと思った。


「坊や……君はそこから逃げ出してきたのかい?」


「うん。その小屋のおじさん達が『取引先の男とは連絡が取れた。今日の夜には、ここにいる全員を引き渡すつもりだ。男が言うには全員生贄にするそうだぞ』って言ってるのを聞いた時から、ここにいたら殺されると思って隙をみて逃げ出してきたの」


 犬族の子供は泣き出しそうな顔でオレの方を見上げた。


 そんな目でオレを見られると、とっても断りづらくなるじゃないか。


 メンバー達も子供の言葉を聞いた時から、顔が真面目に引き締まり、直ぐにでもカチコミに向かいかねないほど怒りのオーラが漏れ出している。


「そうか、分かった。ありがとう。ところで、坊やの名前は? オレは翔魔。柊翔魔って言うんだ」

 

 不安そうに眼が揺れ動いていた犬族の子供は名前を聞かれたことで、少しだけ顔を明るくさせた。


「僕はオルタ。犬族のオルタって言うんだ! 翔魔様、あそこに囚われている僕と同じ獣人の孤児の子を助けてあげてよ。お願いだよ。このままだと、みんな生贄にされちゃうんだっ!」

 

 オルタは必死に囚われている獣人の孤児達を救って欲しいと申し出るが、こればかりはドラガノ王国の内政問題に関わってくる。


 (株)総合勇者派遣サービスは、害獣駆除会社であって、警察組織ではないため、勝手な対応をするわけにはいかなかった。


「翔魔様……この場合はクロード社長に一度確認を取った方が……独断での判断は危険と思います。一旦、社長に投げて判断を仰いだ方がいいかと」


 エスカイアさんが、オレの心情を見抜いて提案をしてきた。


「エスカイアの言う通りじゃな。ここはクロード殿の判断を仰ぐのじゃ」


「私もそう思うわ。上長の判断を受けてから動くべき。クロード社長が反対するようなら、柊君が説得するべきね」


「僕もそう思いますよ。今回の話は緊急性を要するので、今すぐ判断を仰ぐべきです」


 聖哉までオルタの健気な姿に心を打たれ、クロード社長に直談判をするべきとまで言っている。


 おおぃ、あの妖しいクロード社長に聞くのはオレなんですけど。


 だが、オルタがもの凄く期待を込めた目でオレを崇め奉りそうにしている。


 そんな目で見られたら断れねえぞ。ちくしょう。


 この場にいる全員の期待の目を一身に浴びたオレはメニューからトークを選び、絶対に使わないと心に決めていたクロード社長直通の電話番号をタップした。


 コール音が響き少し経つと、エルクラストに滞在していたクロード社長の顔が映し出されていた。


「おぅ、これは翔魔君、君から私にかけてくるのは珍しいね。何か困ったことでもあった?」


 画面越しでも顔に傷をもつ男は威圧感を十分に放ち、サングラスを掛けたまま、にこやかに筋トレを頑張っている。


「実は、このオルタ君が言うには、この地区に人さらいが拠点を作って生贄達を集めているようなんです。そこで、チーム『セプテム』として悪人どもを成敗して捕縛しようと思うのですが……」


 オレの話を聞いたクロード社長の顔色がドス黒く変色していった。

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