第32話 派遣勇者って素敵職業だと思う


 恐怖を感じた給料明細をそっと閉じると、業務終了時間が来たので、みんなで社員寮に戻ることにした。


 エスカイアさんと、トルーデさんは例の眼鏡を付けて日本人風の顔立ちに変化しており、街並みを一緒に歩いても目立たなかった。


 これも、エスカイアさんがトルーデさんの服を用意してくれていたおかげで、昨今の女子小学生が好みそうなファッショナブルな服を着ているためだ。


 さすがに日本での生活が長いエスカイアさんだけあって、トルーデさんの露出過多な民族衣装の服が、オレにあらぬ嫌疑を呼び寄せると感じ、事前に準備してくれていたのである。


 さすがは日本国官公庁街を震撼せしめた『最凶の事務員』様であった。


 何が『最凶』なのかは怖くて本人には聞けないが、父親にそっとSNSで聞いてみたら、返答は『察しろ』の一言だけであった。


 何を『察しろ』なのか非常に気になるが、知っていけないことのような気もする。


「日本ではこのようにヒラヒラとした服を着るのか……妾はちと恥ずかしいぞ……」


 半裸に近い民族衣装も素敵だが、制服っぽいジャケットにワンピースのフリフリドレスと黒のニーソックスを装備したトルーデさんは、渋谷とか歩いていたら、確実にスカウトされ小学生読者モデルとして雑誌の表紙を飾ることは間違いない顔立ちとスタイルであった。


 けど、実際の年齢はおばあ……。


「むむ、翔魔。よからぬことを考えるでない。妾の歳は忘れるようにするのじゃ……」


 唇を尖らせて反論するトルーデさんが、とっても素敵生物です。


「トルーデ様、日本は『ロリコン』という変質者が多いので、身辺には注意してくださいね。この土地ではエルクラストと違い魔術も使えないですし、スキルも使えませんから」


 ん? そうだった。日本ではエルクラストでの力が使えなかったはずだ。なのになぜ、トルーデさんはオレの心が読めたのだろうか?


 とても気になったので思わず聞いてみた。


「トルーデさんは、なんでオレの心を読めたの?」


「そんなのは、スキルが無かろうが、翔魔の顔と目線で推測できるのじゃ。だらしなく鼻の下が伸びておれば、誰でも気付くし、どうせ年齢のことも考えているだろうと思っただけじゃ。いい男はさりげなく女性を見るものだと理解するのじゃな」


 ヤダ―。オレの顔を見て思考を読んだの。


 スキル無くてもさすがは歴戦の交渉マン、『覗き見トルーデ』の名はスキルだけという訳じゃないんだ。すげえ人だ。


 それに、女性を見る時はさりげなく観察するんだね。メモッとかないと。


「柊君の思考は結構丸わかりだもんね。して欲しいこととか」


「涼香、それにエスカイアも、ちと、翔魔を甘やかしすぎというか、構い過ぎだ。これから、いっぱしの男子として仕事に精励せねばならぬ翔魔に対し、自らの欲望や理想を押し付ける前に、翔魔の横に並びたてる女になろうという努力をせぬかっ! このまま、お主ら二人が翔魔を甘やかせば、ダメ男街道まっしぐらなのじゃ! 翔魔のことを本当に想っておるなら、翔魔の成長を助けてやるのが伴侶の務めであろう」


「トルーデ様……わたくしは翔魔様のことを想っています……」


 トルーデさんに叱られた二人がシュンとした顔で俯く。


 確かに色々と甘やかしてくれている二人であるけど、それは未熟なオレのことを案じてだと思うし、その夜のことはオレにも原因があるんで一概に二人が悪いわけじゃないんだけど。


 けど、トルーデさんの言うことも一理あって、オレとしてはこの派遣勇者の仕事を凄く頑張りたいと思っているし、早く、他のチームの主任達と肩を並べられる立派な人材になりたい。


 今回のミチアス帝国の件では、色々と勉強になった。


 虚ろな目で過ごしていた現地の人達が、帰り際に笑顔でオレ達を送り出してくれたことに、もの凄いやりがいを感じてもいた。


 その光景が、親父が言った『派遣勇者ほど人のためになる仕事はない』という言葉を肌で感じさせてくれていたのだ。


 色々と努力もしないで大学まできて、就活で躓いたオレが『必要だと思ってもらえる人』になれる、この『派遣勇者』という仕事で一番の男になりたいと今は思っている。


 もちろん、能力的だけでなく、エルクラストの人達から『柊翔魔が来てくれたなら大丈夫だ』と言ってもらえるような『派遣勇者』になるのが、今のオレの夢になっていた。


 そのためには色々と努力も勉強も経験もしないとなれないことは分かっているから、涼香さんやエスカイアさん達とともに成長していきたいのだ。


「涼香さん、エスカイアさん。オレは『(株)総合勇者派遣サービス』で一番、いやエルクラストで一番の『派遣勇者』になりたいんだ。みんなの笑顔と生活を守るとかいったら胡散臭く感じるかもしれないけど、そんなカッコいい『派遣勇者』になれるように色々とサポートしてくれるとありがたい」


 オレは二人に深々と頭を下げた。


「ひ、柊君! 頭上げてよ。私も柊君と関係が持てて、テンパってたとこもあったし、この一カ月で自分のやれることが見えた気がしたの。柊君の『派遣勇者』としての気持ちは私も同じように感じているの。これからは、私なりに柊君をサポートさせてもらうわ」


「翔魔様……わたくしも翔魔様に置いていかれないように、自分を高めて翔魔様の傍に仕える者として恥ずかしくない力を手にしてみせます」


 涼香さんとエスカイアさんが、頭を下げるオレの背に手を添えていた。


 色々とあって、なし崩し的に関係を持ってしまった二人だけど、本来の二人はとても今のオレが釣り合うような女性ではなかったはずだ。


 だから、オレはもっともっと成長してカッコいい『派遣勇者』になって二人の横に並びたてる男になる努力をしていかないとダメなんだ。


 トルーデさんが二人にしたお説教は、フヨフヨと漂うように生きてきたオレに明確な目標と夢を持つ覚悟を決めさせてくれた。


「まぁ、妾も未熟であるからな。ともどもに協力し合い、弱点を補いあって翔魔の率いる『セプテム』をより良い物にしていくのじゃ」


 人生経験が長く、一代で国を興したトルーデさんの言葉はオレの心の奥深くに染み込んでいった。


 オレ達は会社の前での反省会を終えると、懇親会へ行く準備をするべく一旦社員寮に戻ることにした。

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