第31話 給与明細の中身が恐怖過ぎた

 転移装置で式典に参加していたトルーデさんと大聖堂に戻ると、サングラスのイカツイマ〇ィアが揉み手をして待ち受けていた。


 わが社の社長であるクロード氏だ。


 今回のミチアス帝国の件で色々と日本の官公庁街が震撼したと関係者(主に父親からのリークであるが)からの情報提供があり、この目の前の人物がタダの会社社長ではないことが確認されている。


 クロード社長……一体何者なんすか……怪しい人過ぎますよ。


「これは、トルーデ様。よく、我が社への入社を決意されましたな。このクロード、喜びの余り涙腺が崩壊しそうですぞ」


 いかにもヤ〇ザ親分かマ〇ィアの首領にしか見えないクロード社長が揉み手をしているのは、異様な光景でしかなかった。


「貴殿がクロード社長か、妾は長く隠棲しておって現在のエルクラストのことに疎くてのぉ。この一カ月は各国の首脳に挨拶周りをしておったが、代替わりしていたところも多いのぅ。長命な種族のところは相変わらずだったが」


 皇帝代理として政務を代行したトルーデさんは外遊もこなし、新生ミチアス帝国の支援を各国に呼び掛けることもしており、その際に旧知の人からは嫌な顔をされ、代替わりしていた人からは畏怖を持って迎えられたりした。


 彼女の持つ思念感知によって交渉時に裏を見透かされて冷や汗をかいた者も多く、その噂が代替わりした者達にもしっかりと伝えられていた。


 彼女が森で隠棲していたのも、その能力の発する雑音から逃れるためだとも聞いている。


 なのに、生活のために嫌々ながらオレのチームで働くことになったのだ。


「覗き見トルーデの名は交渉の業務に携わる者にとって恐怖の代名詞ですからなぁ……。柊君はそっち方面が疎いんでよろしくサポートを頼みます」


「任せるのじゃ。お給料の分は働くつもりじゃぞ」


 膨らんでいない胸をポンと叩いて張り切るトルーデさんであった。


 その思念感知スキルをコピらせてもらおうと、何度か接触を試みるのだが、先見の眼によってことごとく躱されしまいコピーできずにいた。


 さすがに寝ているトルーデさんに触れるのは男として恥ずかしい行為なので、起きている時に接触を試みるのだが、肌を触れさせてはくれていなかった。


 おっぱい触っちゃった時にコピーしとくべきだったなぁ。あの時は合成魔獣キメラ倒すので精いっぱいだったしな……。


「お給料で思い出したが、コレ今月分の給料明細ね。エスカイアと涼香君の分もあるから渡しておいてくれ。そして、これはトルーデ様への支度金です。日本の方も見たいと仰られたので、社員寮の部屋を準備してあります。それとコレは当座に必要と思われるお金です。あと、今回特別に日本政府に認めさせましたんで、日本滞在時はコレをおかけ下さい」


 クロード社長がトルーデさんに支度金の入った封筒とともに取り出したのは、エスカイアさんが日本でかけている眼鏡と同じデザインの黒縁眼鏡だった。


 渡された黒縁眼鏡をトルーデさんがかけると、エルフの象徴である尖り耳は丸くなり、黒髪黒目で肌の色も白く変化し、日本人の小学生みたいな恰好に変化した。


「これは愉快な道具じゃのう。妾が翔魔と同じ肌と髪色に変化したぞ」


「日本に滞在中はこの眼鏡をかけて過ごして下さいね。正式にはエルクラストの人間が日本には滞在していないことになっていますから。外出時は寮の管理人に申し出てもらい、公安警察の護衛が数名つきますが、自由に観光してもらっていいそうです。できれば柊君かエスカイアか涼香君と行動をともにしてもらえるとありがたい」


「了解したのじゃ。妾も日本政府に迷惑をかけるわけにはいかないのでな」


「ご配慮痛み入ります。それはそうと、今日の夜に赤坂のいきつけの料亭にて柊君達との懇親会を予定しておりますので、トルーデ様もご参加ください。会費は会社持ちなんでお気兼ねなく」


 初耳だ。懇親会の話なんて一言も聞いていない。


 久しぶりに出向から帰ってきた部下を労ってくれるだなんて……。


 クロード社長もいい所があるじゃないか……。


「じゃあ、今日の18時に寮にハイヤーが行くからみんなで来てくれたまえ。おっと、給料明細を渡しそびれるとこだった。はい、三人分ね」


 クロード社長はオレに三人分の手渡すとスキップしながら、大聖堂の奥に消えていった。


 大聖堂に設置された日本時間を示す時計が16時30分を示していたので、本社に戻って残りの時間を潰すことにした。


「トルーデさん。日本に戻りますんでゲートに行きましょう」


「うむ、ゲートの使い方を教えてくれると助かるのじゃ」


 すでに社員登録は終えているため、自己にて日本へ行けるようになっているトルーデさんであったが、最初ということでオレと一緒に帰還することにした。



 日本に帰還するとトルーデさんは平然としていた。


 あわよくば倒れた所を抱きかかえてスキルをコピりたかったが、残念ながら平気だったようだ。


 ガードが堅い。なんか、犯罪臭い言い方だなコレ。


「柊君、お帰りなさい。日本政府との引継ぎと、開発利権を取得した商社との契約は終えたわ。これで、ミチアス帝国は数年後にはエルクラスト最貧国を脱するはずよ。私もこんな大仕事に加われて嬉しかったわ」


 仕事の鬼であった涼香さんから笑顔がこぼれた。


 日本政府から認められた商社の営業担当達をことごとく切って捨てたことで、政府関係者から『鬼の涼香』との異名を頂いたそうだ。


 実際に彼女の仕事ぶりは凄まじく広範囲に渡っていた。


「あ、そうだ。これ、クロード社長から預かった涼香さんの給料明細ね」


 預かっていた給料明細を涼香さんに渡す。


「あ、ありがとう」


「ふむ、妾としては同じFランクの涼香の給料が気になるのじゃ。ちとみせてくれぬかのぉ」


 トルーデさんが給料明細の中身が気になるようで、涼香さんの背後に回り込んでいた。


「しょうがないですね。トルーデ様のお願いであれば仕方ない。私も気になっていたんで、一緒に見ましょうか?」


「そうしてくれなのじゃ。妾も支度金をもらったが、日本でも生活するので、この会社の給料がどれくらいか知っておきたいのじゃ」


 涼香が手渡された給料明細の端をビリビリと切り離して、中身を開いていく。


 すると、明細を手にしていた涼香さんの手がブレる位に大きく震えていた。


 な、なんだろう。ビックリするくらい、低い給料だったのかな……バイト待遇だし涼香さんに辞められると困っちゃうなぁ……。


 涼香さんと一緒に見ていたトルーデさんも明細書の中身を見て、涼香さんの腰にしがみついて震え始めていた。


 トルーデさんまで震えて……よっぽどショックを受ける給料だったんだな……。


 そーいえば、この一カ月休みなしで一日十二時間労働だったもんなー。


 社畜ちゃんって言われても仕方ないほどの密度だったし。


 それで、給料低いとかモチベーション下がるよね。


 オレは二人が明細書に記された給与額を見て震えているのを、給料が低いのだと思い慰めの言葉をかけることにした。


「す、涼香さん。あんまりにも低かったらオレの給料から補填するからね。今辞められるととっても困るんだよ。トルーデさんも入りたてだから、給料が安いかもしれないけど実績を上げればランクも上がると思うから頑張ろうよ」


 オレの励ましを聞いた二人が首をブンブンと振っていた。え? 違うの?


「ひ、柊君……この明細書おかしいわよ。いろんな加算が付いて私の手取りが一〇〇万以上あるの……おかしいでしょ……確かに労働時間は三六〇時間超えているけど、バイトの時給が三〇〇〇円以上っておかしくない? 本当にこれ私の明細よね?」


「こ、こんなに貰えるのか……妾の国では円の価値が一〇倍だから……一ヶ月でかなりの額なのじゃ……」


 一瞬、オレの耳がおかしくなったのかと思った。


 仕事の鬼になっていたとはいえ、バイト採用の涼香さんの手取りが一〇〇万を超えていると言われて膝の力が抜けそうになった。


 クロード社長……何という会社を経営しているんですか……。


 バイトの人が月収100万だなんて……。


 そうなると、Sランクの社員であるオレの給料を見るのが怖くなってきた。Fランクの涼香さんですら一〇〇万を支給されているので、それ以上の給与が記されているものと思われる。


 思わず、自分の明細書を手に取り中身を確認していく。


 一、十、百、千、万、十万、百万……。


 記されていた手取り給与の数字は五〇〇万以上だった……。


 なんと、オレの初任給は大卒平均初任給二五倍に当たる手取り五〇〇万という破格数字であった。


 給与の内訳のなかでも多くを占めていたのが、特別慰労金でこれは出向先での休暇を取れなかった分の金銭補填だと思われた。それにしても破格すぎる給与に明細を持つ手の震えが止まらない。


 そんな時に外出していたエスカイアさんが戻ってきた。


「あー、クロード社長から給与明細もらったみたいですね。今回は皆さん残業や休日出勤が多かったですし、出向していたんで給与多いですよ。それにインターバル休暇も与えられるので、今日の懇親会後は二週間お休みです。うちのチームは機構専属なんで緊急応召に対応できるように都内に居ないとダメですけどね。その分も含めた金銭補填です。大事に使ってくださいよ。来年はいっぱい税金を持っていかれますから」


 エスカイアさんも自分の明細を破いて中身を確認するとニンマリしていた。


「マジか……『(株)総合勇者派遣サービス』ヤベエヨ……」


 オレを含めた三人が明細を見て茫然とすることとなった。

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