第30話 上皇はツライよ


 トルーデさんのいる場所の見当はついているので、迷わずにその場所へ足を向けていく。


 たどり着いた先は天木料理長の鎮座する食堂である。


「遅くなりましたね。柊翔魔。只今、到着いたしました」


 一応、出向先の代表者であるため、膝を突いて拝礼をおこなう。


 トルーデさんからは礼儀は省略していいと言われているが、ここは機構の職員も多くいる場所なので、礼を失することはできない。


「相変わらず堅苦しいのぅ。まぁ、良い。今日は折り入ってお主に頼みがあって参ったのじゃ」


 紅い澄んだ眼を少しだけ潤ませていたトルーデさんは、ミチアス帝国の民族衣装らしい露出度の高い衣服を身にまとっており、小悪魔的幼女の容姿だった。


 だが、この外見に騙されてはいけない。こう見えても齢九〇〇歳を超える大ババ様なのだよ。


「むぅ、なんぞ。妾を愚弄した思念が感じ取れた気がしたが……」


 危ない。見透かされていそうだ。消え去れ、おババ様発言。


 急いで別なことを考えるために、未だ人物鑑定をしていなかったトルーデさんのステータスを確認してみた。


――――


 トルーデ・ベッテガ 年齢935歳 ダークエルフ 女性 国籍:エルクラスト(ミチアス帝国)


 勇者素質:A


 LV80(MAX)


 HP:8960


 MP:12482


 攻撃:4430


 防御:3456


 素早さ:5549


 魔力:4895


 魔防:4969


 スキル:隠蔽魔術++ 精霊魔術++ 攻撃魔術++ 闇属性++ 杖++ ローブ++ 先見の眼++ 魔力増量++ 思念感知++ カリスマ++


――――


 まさにエルクラスト最高クラスの人材だった。エルクラスト生まれで最高のAランクであり、レベル上限に達している人を見たのは初めてだった。


 それと、思ったとおり思念感知とかいう怪しげなスキルまで所持しているので、早速コピらせてもらうことにする。


「まさか! トルーデさんを愚弄する者などいるわけが……」


 なるべく、不自然にならないようにトルーデさんの手を触れにいったのだが、すんでのところで手を動かされて触れられずにいた。


「なんじゃ? 翔魔は妾のことが触れたいのか? 我が国では夫以外に肌を触れさせることは禁忌とされているのじゃがのぉ」


 待って、ミチアス帝国の人って露出狂かと思うくらい派手な服きて女性も歩いているけど、既婚女性の肌に触れたら、怖いお兄さん出てくる国だったの。


 ……ん? すでにオレはトルーデさんのおっぱいを触ってしまっていたような気が……。


 その瞬間に背中から冷たい汗がドッと噴き出していた。


 まさかとは思うが、肌に触れたら責任取って結婚しろとか言わないよね……。


 現状で二人も嫁いるような感じだし。なんだか、流され系みたいな展開はお断りしたいのだが……。


「安心せい。誰も翔魔の嫁になるとは言っておらぬであろうが……」


 はい、完全に思念を読まれました。ありがとうございます。


 少しだけ残念そうな顔をしていじけている姿に、ちょっとだけ心が動きそうになる。


 でも容姿は一〇歳児、東京で連れ回していたら確実に警察のお兄さんに職務質問を受けてしまうのは間違いないと思われた。


「そ、そうでしたか。てっきり俺は……」


「翔魔は妾の伴侶になるにはまだまだ経験が足りぬのじゃ。いい男にしか妾の伴侶は務まらぬからのぉ。そんなことより、呼び出した用件を話し合わねばならぬのじゃ」


「そうでした。で、オレの用件とはなんです?」


 目線で椅子に座れと言われた気がしたので、対面の席に腰を下ろす。


 テーブル上ではトルーデさんが注文したと思われるスイーツ類。特にケーキ類がたくさん置かれている。


 トルーデさんは超絶甘党派だった。食事といって食べるのはお菓子類やスイーツ類だけなのである。


 本人曰く、魔力を回復させるためとのことだが、どう見ても甘い物の摂取をしすぎな気もするのだが。


 コロコロに太ったトルーデさんもそれはそれで、ポチャ系ロリみたいでカワイイかもしれない。


「また、翔魔はいかがわしいことを考えておるようなのじゃが……まあ、よい。それよりも用件だが、妾を翔魔のチームで雇ってもらえぬだろうか? 実はな復興案を涼香と皇太子に丸投げしていたら、妾の生活費をごっそりと削られておったのじゃ。建国の祖たる妾に対してこの仕打ちはないであろうと思ったのじゃが、皇帝になる予定の皇太子ですら雀の涙の生活費だと聞かされたら断れなくてのぅ。妾も仕事を探さねばならぬのじゃ」


 そういえば、涼香さんが打ち出した新税制や社会保障案に紛れて、帝室費大幅削減案も盛り込まれていたな。


 アレは確かに皇帝業をボランティアで働けみたいな案で、皇太子である庶民育ちのアレクセイさんもドン引き内容なのだ。


 衣食住だけは国から貸与してもらえるし、外国使節の接待等は国が支出してくれるが、皇帝自身が自分の意思で使える月額のお金は国民の平均賃金と同程度という恐ろしい案だったのだ。


 これにはアレクセイさんも随分抵抗したようだが、『国が裕福になれば、自然とアレクセイさんの収入も増えますよ』と言いくるめられて、採択された案である。


 こんな案は貴族達がいれば絶対に認めさせない案なのだが、過激派貴族一掃でほぼ貴族層がいなくなっていたため、アレクセイさんが折れると、簡単に通過していったいわくつきの法案だった。


「あー、あれですか。涼香さんが提案したとはいえ、よく飲みましたね。あの条件を。そういえば、皇帝位をアレクセイさんに譲るとトルーデさんはどうなるんですか?」


「妾は今までどおり『上皇』と名乗るだけなのじゃ。けれど、生活費は雀の涙以下なのじゃぞ。とりあえず、ここの払いは翔魔につけておくのじゃ」


 ええ! マジで! いやまぁ、接待費で落としていいってエスカイアさんから聞いてるけどさ。


 でも、まぁ可哀想な境遇に陥ってしまっているなぁ。悪いのは前皇帝と取り巻き一派だと思うんだけど、涼香さんは理想主義者だし、アレクセイさんも市井での苦労人だから通っちゃっただろうけど。


 一番のババを引いたのはトルーデさんか。


 生活に困窮するのが目に見えているトルーデさんが、オレのチームに雇って欲しいと直談判してきた。


「それはオレが持ちますけど。うちのチームに入りたいというのは正気ですか? 仮にも『上皇』様ですよ。そんな方が、オレの部下ということですよ?」


「じゃがのぅ。妾は仕事がないのじゃ。街で仕事を探そうにも皆断られるし、かといって何かを作れる訳でもなし。妾にやれるのは思念読み取ることと、敵の攻撃を一歩前で見切れるだけなのじゃ」


 先ほどから、オレの思念を読み取っているのは分かっていたが、本人の口から言われると是非ともコピりたいスキルである。


 それに、エルクラストではそれなりに顔が広いようで、機構のブラス老翁もトルーデさんに敬意を払っていたので、トラブル回避のアシスト役としてチームをサポートしてくれるなら、悪くない人選かもしれない。


 それに、何と言ってもトルーデさんは人の使い方が上手くて、肉食おねいさん達を上手く手懐けて猛烈仕事人間に変化させるという荒業を見せてくれていた。


 そういった手腕まで考えれば、トルーデさんは是非ともチームに迎え入れたい人材である。


「おお、良さげな回答が貰えそうだな。給料はいかほどもらえるのじゃ?」


「人の思念を読まないでください。仕方ないですね。見習いバイトからですよ。Fランク。うちのチームは実績が少なくて予算も厳しいんですから。御飯について無料支給ですから、食べられないことはないでしょう。後は実績に応じて会社がランクを上げてくれるはずですよ」


 一気にパァッと顔を明るく輝かせたトルーデさんは、少女のような純真さと成熟した大人の色気をミックスした不思議な魅力を感じさせる笑顔をした。


「それでいいのじゃ。妾はこの食堂のスイーツが食べられるなら満足なのじゃ……天木料理長! 妾は翔魔のチームに入るから今後もよろしく頼むのじゃ!」


 入職が決まったことで、トルーデさんは並べられていたケーキ類を一気に食べ始めていく。


「柊のとこのチームは騒がしい奴等ばっかだな……。トルーデ陛下も、あんまり騒ぐと出入り禁止にしますからね。それと、スイーツばかり食べないこと」


 厨房であきれ顔をしていた天木料理長が肩を竦めてトルーデさんを注意した。

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