第24話 日本の偉いさんもゴマすりしないと


 朝の支度を終え、涼香さんとエスカイアさんを従えてボロい雑居ビルの会社に出社すると、血相を変えて飛び出してきたクロード社長に肩を掴まれていた。


 このイカツイおっさんが慌てると、更に迫力が増して、何やら下からこぼれ出しそうになるが、グッと我慢していく。


「ひ、柊君。いい所に来てくれた。私を助けてくれないか。お願いだ」


 オレの肩にしがみついたクロード社長を、エスカイアさんが面倒臭そうに引きはがしていった。


「クロード社長。どうされました? ああ、その顔はまた日本側から予算の縮減を求められたのですね。社長が慌てる理由はそれくらいしかありませんからね。翔魔様のお父上も上からのお達しには逆らえませんし、それに昨今は日本も経済不況ですから仕方ありませんよ」


 オレから引きはがされたクロード社長が、地面に向って拳を叩きつけてオイオイと泣いていた。その姿に少しだけ哀れさを感じてしまっている。


「柊君……頼むよ。君の力で日本側からも多額の援助を引っ張り出してくれないか……予算が縮減されると……我が社の……我が社の……」


 クロード社長は子供のようにオイオイと泣きながら、床を叩き続けている。


 もしかしたら、日本側の予算がこの会社の運営資金の大部分を賄っていて、縮減されたらマジで倒産まっしぐらとかいうオチはやめてくださいよ。


 ほら、オレも入社したばかりだし、嫁(?)が二人もいるんで色々と生活設計が狂ってしまうんですが。


「ク、クロード社長。私の微力な力でよければお貸ししますが……」


 床に膝を突いて床を叩いていたクロード社長の手をオレが取った瞬間、ゾワゾワするような邪悪な形に歪んだ唇を見てしまった。


 これは、絶対にクロード社長の罠に違いなかった。


「その言葉を待っていたよ。柊君ならそう言ってくれると思った。これで、我が社の『交際費』を削らずに済む。イヤー、最近は本業が儲かり過ぎていてね。日本側から税金をいっぱい持っていかれたうえに、『交際費』の経費認定も厳しくてね。オチオチ、六本木のクラブで豪遊もできないのだよ。いやー助かった。そーだ。今度二人で飲みに行こう。いいクラブを知っているから。可愛い子も紹介するぞ。レイナちゃんって言って―――」


 クロード社長は涼香さんとエスカイアさんによって撲殺されていた。


 自業自得である。社員を出汁にして交際費を引き出そうとは腹黒いにも程があった。


 いやでも、六本木の高級クラブとかいっぺんでいいから飲んでみたいかも。今度、コッソリと内緒で社長のお供をしようかな。


 オレの不埒な考えを察知した二人の獣が、射抜くような視線をこちらに向けてきた。


「柊君は、このバカ社長と一緒に、六本木の高級クラブに行きたいなぁとか考えてないよね?」


 怒りのオーラが怖いです。はい。落ち着きましょう。


「翔魔様はまだ奉仕が足りないかしら。フフフ」


 いえ、もう十分と言えるほど頂いております。はい。


 獣二人の視線に曝されたまま、社長の意識回復を待つ間の時間は苦行に等しい時間経過であった。



「HAHAHA、二人とも冗談が通じなくて困る。とりあえず、予算を縮減されないように日本側の要人からの依頼も受けて欲しいのだよ。交際費云々は私流のオヤジギャグだったのだがなぁ。受けなかったようだ。残念。それで、話を戻すけど、今回の依頼者は公安調査庁の偉いさんなんで上手く話を繋いでおかないとちょっとマズいんだよね」


 気絶から復活したクロード社長は、割れてヒビの入ったサングラスを代えようとせずに、そのままで椅子に座り喋っていた。


「公安調査庁ですか。確か、私達の身辺警護をしてくれてますよね?」


「ああ、そっちは公安警察。今回の依頼主は公安調査庁調査第三部第一課長である東雲霞しののめ・かすみ君からの依頼だ。彼女の担当する課は主にエルクラスト側における反日本勢力の掌握と情報収集になっているのだが。その彼女が私に調べて欲しい場所があると言ってきてね。予算をチラつかせるからどうも断れなくてね。ちょうど、今は天木君のチーム以外だと、柊君のチームしか空いてないからやって貰おうかと思ってさ。機構側からも承諾は受けているし」


 真面目に話せば別に断る案件でもないのに、下手に茶化そうとするから、美女お二人の怒りに触れるのだと言いたかったが、危ないので心に留めておくことにした。


「しょうがないですね。機構側も承諾しているなら、受けますよ。で、依頼者はどこに?」


「ああ、ありがとう。彼女は赤坂の外資系ホテルに滞在しているから、そこで会う約束をしているのだよ。ハイヤーを呼ぶから君達も同行してくれ」


 そう言ったクロード社長がスマホを取り出して色々と連絡をし始めていた。


 エスカイアさんもなれた手つきで会社の電話でハイヤーを呼んでいる。しばらくして、会社の前にハイヤーが来ると四人揃って乗り込み、依頼主の待つ赤坂の外資系ホテルに向かった。


 

 着いた先は外資系ホテルでも一、二を争う高級ホテルであった。そして、玄関でハイヤーを降りるとクロード社長が顔見知りと思われるボーイに挨拶を送ってスタスタとホテルに入っていく。


 社長ともなるとこういった高級ホテルを良く使うのだろう。


 庶民のオレもたまにはこういった高級ホテルで食事をしてみたいなぁと思いつつ、社長達の後をついていった。


 不審者っぽく辺りを見回していたのはオレと涼香さんだけで、クロード社長とエスカイアさんは慣れ親しんだ様子で目的の部屋に向かうエレベーターの方へ歩いていた。


 そして、部屋に到着するとクロード社長がドアをノックする。


「『(株)総合勇者派遣サービス』のクロードです。ご依頼の件で商談に参りました」


 依頼者の泊っている部屋は、最上階に近いスウィートルームであり、ドアが開いて中を見ると高級そうな調度品や大きなダイニングテーブルやベッドなども置かれていた。


「よく来たわね。クロード社長のことだから、私の依頼は断るかと思ったけど。まさか受けるとわね」


「いやいや。公安調査庁調査三部第一課長様であられる東雲様のご依頼を断ったら、我が社にどれほどの大打撃を被るかと思いまして」


 応接用のソファーに腰を掛けていたのは、いかにもキャリアウーマン風の出で立ちをしている三〇代後半の眼鏡を掛けた女性だった。

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