第23話 朝のひとときが刺激的すぎる

 晩餐会でムライ首席の飲みにケーションに付き合わされ、ベロンベロンに酔っ払い涼香さんとエスカイアさんに支えられて、二三時に社員寮に帰ってきていた。


 ムライ首相からは泊っていけばいいと言われていたが、泊ると接待名目の残業代が発生してしまうとエスカイアさんが告げると、ムライ首席はにこやかに送り出してくれた。


 我がチームの初日の仕事は聖エルフ連邦共和国での接待で一日が暮れてしまった。


 飲んで騒いで残業代が付くとか、どこの世界の話なんだろうね。マジでこの会社入って良かったぜ。


「さて、翔魔様のお召し物を変えないと……」


 すっかり、オレの世話係役に収まったエスカイアさんが、呼び方を『柊君』から『翔魔様』に変え、制服を一枚ずつ脱がして綺麗に畳んでいく。


 その様子を見ていた涼香さんも負けじとオレのワイシャツを脱がせ始めた。


「こっちでの奥さん役はわらしなのぉ。だから、シャツとパンツはわらしが脱がしますっ!」


 すでに涼香さんもエルフの国名産の果実酒をカパカパと空けていて、ベロンベロンに酔っ払っていた。


 これだけ酔った涼香さんは肉食獣以上に危険な生命体であることを昨日悟っていたのだ。

 

 あ、明日も仕事なので、二日連続はご勘弁を……あひぃいい。

 

 目が据わった涼香さんが妖しく舌なめずりをして、オレの身体を睨みつけている。


 サバサバ系のお姉様な涼香さんだが、そっちの方は意外というかかなり激しいので、明日の仕事のことも考えてもらえるとありがたい。


 夜に頑張り過ぎて寝坊しましたなんてことを、クロードを社長が知ったら、絶対にそれを弱みとして色々な取引材料にされてしまう。


「そ、そうでしたわね。悔しいですが約束は約束。シャツとパンツは涼香さんにお譲りしますわ。でも、わたくしもその……一緒に……」


 忘れていたが、草食系エルフを自認しているエスカイアさんも一皮めくれば、超肉食系エルフであったのだ。


 可愛いし、綺麗だし、お嬢様だし、一途なんだけど、夜の素顔はここでは言えないような奔放さだった。


 恥ずかしくて逆にオレが赤面するようなことでも、平気で行う彼女は涼香さんと双璧をなす、肉食おねいさんだったのだ。


 天木料理長の嫁といい、エルクラストでのエルフは薄幸可憐な草食系エルフは希少種であった。


 でも、まぁ、肉食系エルフは嫌いではないです。はい。というか、えー、好きです。以上。


「ふ、二人とも明日もご挨拶回りがあるから、ほどほどに……そう、ほどほどが一番だとも」


「心得ておりますわ。フフフ」


「いやねぇ、そんな激しくしないわよ。フフフ」


 二人の言葉の不穏さと、妖しげな笑いに一抹の不安を感じていたが、やはりその日の夜は有体に言うと寝かせてもらえなかったような気がする。



 ああ、太陽が眩しい。朝日がこれほど目に染みるだなんて初めて知ったぜ。


 美女野獣に貪られるとは、オレの人生はどこで世界線が変わっていたのだろうか。まさか、夢オチとかないよね。


 とりあえず、ベッドから身体を起こすと、キッチンスペースから料理を作る音が聞こえている。


 料理をしているのは日本人風に変化する眼鏡を掛けたエスカイアさんだった。夜明け近くまで起きていたのを感じさせないよう、キッチリとしたスーツにエプロンを着けて朝ご飯の準備をしていた。


 この匂いは味噌汁と焼鮭、ひじきの煮物もあるな。


 それにしても、エスカイアさんは彼女段階をすっ飛ばしていきなり嫁にしてしまったような気もするが、親父達にはどう言って説明しようか。


 それに涼香さんともキチンとしないとな。


 そんなことを考えていると、ユニットバスからバスタオルを巻いただけの涼香さんが出てきていた。


「あっ、柊君。起きてるなら、シャワー浴びなよ。その……身体中に口紅の痕が付いているからさ……」


 涼香さんに言われて、視線を身体に向ける。


 はい、おっしゃるとおりに身体中にキスマークが付いております。こんなんで出社した日には機構の女性職員から白い目で見られてしまうではありませんか。


「えっと、シャワー使います。というか、涼香さんも人の部屋で堂々とバスタオル姿をさらさないでくださいよ」


「えー、裸見られてるし、減るもんじゃないから私は別に気にしないわよ」


 おっしゃる通り、確かに裸は見させてもらいましたが、ここはオレの部屋であって、バスタオル姿の女性が部屋をウロウロとされるとですね。


 あー、もういいや。浴室でシャワーを浴びて頭を冷やそう。


「翔魔様、着替えは私が出しておきますから、そのままお入りください」

 

 浴室に行くため着替え探し始めようとすると、朝食の調理を終えたエスカイアさんがこっちに来て着替えを出してくれていた。


 その姿は昨今では絶滅したと言われる甲斐甲斐しい新妻のような仕草をしていた。


「あ、ごめん。じゃあ頼みます」


「出てきたら、私がご飯食べさせてあげるからね」


 浴室に向かうオレに生着替え中の涼香さんがウインクを送ってきていた。朝から、KENZEN男子には辛い刺激に満ちた朝のひとときである。



 シャワー終えて戻ると、小さな机にみんなの朝ご飯が並べられていた。


 用意されていた食事は白飯に味噌汁、ひじきの煮物に焼き鮭、お漬物が付いた和食な朝めしであった。


 エスカイアさんは天木料理長直伝のレシピを忠実に再現してくれているので、ビックリするほど飯が美味いのである。


 その飯を食べた涼香さんも脱帽し、料理関係に関してはすべてエスカイアさんに一任すると公言している。


「さぁ、柊君。あーんして。あーん」


 涼香さんが箸でご飯をオレの口へと運んでくれていた。


 食べさせてくれるのはすでに慣れたが、やたらと身体が密着するので、腕に胸の柔らかさが感じてしまう。


 この会社に入ると決めてから、なんだか異常にモテ期が来ている気がして、このまま人生が終わるのではという危機感も薄っすらと感じていた。


 今までそこまで波風の立った人生を歩んで生きていないのに、急に運気が良くなってきたら、マジでビビるって。


「どうされました? わたくしの食事がお口に合いませんでしょうか?」


 夜は肉食獣なエスカイアさんも朝になれば、貞淑と言っていいほどの落ち着いた雰囲気を見せてくれているのだ。


「いや、そうじゃなくてね。ご飯くらいはオレも自分で食べようかなーと思いまして」


 そう言った途端に涼香さんの手から箸の上に落ちてカランと音を響かせていた。


「何? 私みたいなおばさんに食べさせられるのは嫌なの? 私とは身体だけの関係なのね……それでも……いいけど、ちょっとは柊君の役に……」


 いきなり顔を覆って泣き始めた涼香さんに慌ててしまう。嘘泣きだと分かっていても、女性に泣かれると心臓に悪いのだ。


「言い過ぎました。涼香さんに食べさせて欲しいです。お願いします」


「ホント? ホントにいいの? 私が食べさせていいのね?」


「わたくしは涼香さんの補助に入りますわ」


 こうして、オレの朝食は美女二人からの食事介助を受けて美味しく頂くことができたが、このままこの生活が続くと、確実にダメ男になりそうな気がしてならなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る