第17話 オレが修羅場って意味不明


 次の目的地はオレの通っている大学だった。ここへはエスカイアさんの用事があり、オレは道案内のお供としてついていくだけである。


「で、就職課に用事だったよね? なら、こっちをショートカットした方が早い」


 大学の駐車場に車を停めたエスカイアさんの手を引いて校内を先導していく。その途中で、遊び仲間だった琉人と出会った。


 こいつは就職戦線にてお祈りメールの連打を喰らっていた学食で、オレをdisっていた卒業後はポリスメンになると言っていた男だった。


「よ、よう。翔魔。その人お前の彼女?」


「はわわ、わたくしは柊君の入る会社の先輩ですよ。彼女だなんて、そんな恐れ多い」


 琉人が鼻の下を伸ばしてエスカイアさんを見ていた。


 ふふふ、実に美人だろう。実は、入社したら彼女はオレの部下になると言ったら、腰を抜かすかな。


「実は四月から入社する柊君の直属の部下になることが決定してて、わたくしとしてはとても喜んでいるところなんですよ。柊君はとても優秀な研修結果を残されて、入社と同時に一足飛びに我が社の『主任』に抜擢されることが決まってる逸材なんです」


 なぜだか、琉人に対してエスカイアさんが、オレのことを自慢気に話していた。


「ま、まじかよ。普通じゃねえだろ、そんな人事。どんな会社に決めたんだよ。お前。あんだけ、試験落ちたのに」


「まぁ、派遣会社……かな?」


 オレの業種を聞いた琉人は、あからさまに侮蔑した顔と優越感に浸った気配を漂わせてきた。


 いわゆる、マウンティングという奴であろうか。きっと、そうだ。きっと派遣業と思って底辺の雇われ仕事だと思っているに違いない。


 オレだって行く前はそう思っていたし。


「な、なんだ。そうか。良かったな、就職決まって。派遣会社って大変な仕事だと思うけど頑張れよ。ブラック企業だったら、すぐに辞めた方がいいからな。やっぱ、公務員の方がいいぜ」


 琉人がオレにマウンティングしていると察したエスカイアさんが、彼の優越感を打ち砕く一撃を喰らわしていく。


「そういえば、うちの会社は年休百四日、有給消化あり、残業なしで、福利厚生充実、そういえば、Sランクから始まる柊君の給料は月給手取り百万円でしたね。まぁ、薄給でもうしわけないですが……さて、ご学友との歓談はこれぐらいにして就職課にご案内していただけますか?」


「なっ!?」


「そういうことらしいで……わりいな……また卒業式でな」


 ああぁ、ショックを受けてるな。そりゃあそうだよな。大卒の初任給が手取り百万だなんて普通の企業じゃほぼありえない。


 琉人のショックも分かるわー。もらう予定のオレがまず驚いているからな。


 驚いて固まっている琉人を放置して、涼香さんの待つ、就職課へエスカイアさんを案内していった。



 就職課に行くと、窓口で座っていた涼香さんがオレを見つけて手を振っていた。そして、エスカイアさんといつものお決まりの面談用のソファーに案内されていく。


「良かったわね。就職が決まって。私もどうなることかと思ったけど、滑り込みで入れて良かった。そちらの方が電話で言ってた会社の方かしら?」


 涼香さんには事前に会社からお礼に伺いたい人がいると伝えてあった。クロード社長はオレを送り込んでくれた涼香さんにいたく感謝しているようで、エスカイアさんを代理人として表敬訪問しているのだ。


 クロード社長も今期は採用取れなかったと嘆いていたからなぁ。ウチの大学からの来年の採用に力を入れる気かな……?


「どうも、『(株)総合勇者派遣サービス』のエスカイア・クロツウェルと申します」


「どうも、聖光大学就職課の青梅涼香と申します」


「いやあ、マジで涼香さんに勧めてもらった会社を受けて良かったですよ。おかげで、何だか知らないけど入社後に即日役付き社員ですから」


 就活に失敗して、その度に涼香さんに奢ってもらって、居酒屋でくだを巻いていた日も懐かしいなぁ。涼香さんには足を向けて寝られねえ。


「え!? そうなの? 柊君が大丈夫なの? バイトじゃないのよ」


 心配そうな顔を見せた涼香さんであったが、その様子に少し不機嫌になったエスカイアさんが噛み付くように答えた。


「青梅様の御心配には及びません。わたくしが柊君の補佐として業務全般から、朝晩のお食事の支度、掃除洗濯、送迎まで完璧にこなしていきますからご心配なく」


 なんだろう。エスカイアさんがちょっと優越感を醸し出しているのは、気のせいか……。


 それにしても、涼香さんの顔が怖すぎる。なんで、あんなに眉間に皺が寄っているのだろうか。オレの就職がそんなに気分を害することだったのか。


「私は柊君に聞いてますっ! エスカイアさんでしたっけ? 貴方が補佐するということですけど、柊君のことをどれだけ知ってます? 彼が失敗するとへこんで傷つきやすい子だって知ってますか? この就活で彼はいっぱい傷ついて、ズタボロになって、ようやく決まったのが御社なのですよ。そこで、いきなり役付きだなんてどれだけ彼を傷つけるつもりなの!?」


 普段は怒らない涼香さんが、ソファーから腰を浮かしてエスカイアさんに詰め寄っていた。


 珍しい……涼香さんは怒らない人だと思ってたのになぁ……居酒屋ではニコニコして延々とオレの愚痴を聞いてくれたのに……。


「まぁ、涼香さん。落ち着いてくださいよ」


 バァンと大きな音が響くとエスカイアさんも身を乗り出して涼香さんを睨み始めた。


「いきなりなんですの? 青梅様は柊君が抱き枕が無いと落ち着いて寝れないとか、お味噌汁は赤だし派だって知ってるんですか? わたくしはお世話させてもらっているので知ってますよ」


「なっ!? それって一緒に住んでるってこと? どうなっているの。柊君!!」


 涼香さんの視線がオレに向く。射殺されそうなほど鋭い視線だ。クロード社長より怖いかも知れない。ここは事実を正確に伝えた方が身の安全を図れる気がする。


「え!? あっ、違います。社員寮が同じなんで、晩飯とか朝飯とか作ってもらってるだけで……」


「ふえ!? ホントに!? ちぃ……この女。油断ならないわね。せっかく、卒業して柊君と正式に付き合えると思ったのに……とんだ、伏兵だわ……」


「青梅様は大学の職員でしたわね。学生との色恋はまずいと思いますが! いまのご発言は聞かなかったことにしておきますがっ!」


「くっ! わたしの柊君を奪うつもり!」


 えっと、事態が飲み込めなくて茫然と二人のやり取りを眺めているけど、二人ともオレを取り合っていがみ合っているのか。いやいや、そんなわけないし、最近、運が良くなってるからこういう時こそ気を付けないといけないんだよね。


 きっと、ハーレムだぜ。へへっ! とか言ってると、トラックに撥ねられてマジモンの異世界転生しちゃったり、二人から包丁で刺される可能性も否定できない。


 というわけで、気付かない振りしてスルーをするのが、一番利口で波風が立たずにスマートに事態が収束するはずだな。あ、落ち着くためにお茶を飲もう。


「エスカイアさんとおっしゃいましたね。実は私、柊君と付き合ってるんで、朝ご飯とか作るの止めてもらえます?」


「ブーーーーー!! ケホ、ケホ、咽ちゃったよ」


 突然、意味不明なことを言い出してどうしたんだろうか。


 オレって涼香さんと付き合ってたの……イヤイヤ、ないわー。御飯とか奢ってもらったし、慰めてもらったけど、頼れるお姉さんみたいなポジションだったし。


 彼女だって言われたら、赤面してまともに話せないよ。


 だって、涼香さんってメチャメチャいい匂いするし、綺麗でカッコいい人だから男子学生からも人気が高いんだぜ。そんな人がオレの彼女だなんて考えられねえや。


「あ、あの。涼香さん、オレ達付き合ってなんかいませんよね?」


「柊君は黙ってて! この出しゃばり女は私がガツンと言ってあげるから! 安心して」


「黙って聞いていたら、わたくしの大事な人である柊君を困らせる困った女の人ですね。明らかに柊君が困ってるのが分からないのかしら? それに柊君はもう大学を卒業されるのですよ。青梅様との関係もそこまでということです」

 

 あ、ヤバイ……なにこの修羅場っぽい流れ。オレ、異世界に足踏み入れたからって、急にモテ期が来たとか止めてくださいよ。


 エスカイアさんも涼香さんも素敵な女性ですけど、そうやっていがみ合われると非常に居心地が悪いのだが……。


「あの、二人とも落ち着いて。一応、みんなの眼があるからね」


 宥めようと声かけるが、にらみ合った二人はお互いに眼を逸らさずにいた。


 マジかぁ。ああ、就職課の偉い人が涼香さん見ているし、これ絶対ヤバいよね。学生と付き合ってる(付き合ってないけど)と職場で宣言した涼香さんがタダで済むとも思えない空気だよ。


「いやー。皆さんすみませんね。ちょっとした認識のズレで揉めてしまっているだけで、気にせずに」


 オレはにこやかな笑顔で周りの学生や就職課の職員に会釈していく。なんとか、この場を無難に切り抜けねば……。


「エスカイアさんも涼香さんもみんなが見てますから」


「「うるさい、黙ってて!!」」


 このあとも涼香さんもエスカイアさんもお互いに一歩も引かずに、オレを取り合った(本当に?)感じの修羅場が再現され続けて、目撃していた学生や職員たちによって、大学内に一気にオレの噂が拡がっていった。


 その噂とは『涼香女史と会社員と二股かけていた男』というありがたくもない噂が広まり、ゼミの教授からは怒られ、遊び仲間だった奴等からはやっかみで『リア充爆発しろ』とか言われることになった。


 もちろん、涼香さんも大学側から厳重に注意がくだり、エスカイアさんも大学側から抗議の電話が入ったことで、クロード社長に呼び出されて怒られていた。そして、なぜだか俺も一緒に怒られていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る