第16話 入社式まで会社に近づかない方が無難

 『多頭火竜ヒドラ』を退治したことで、オレの待遇は入社前にも関わらず、『Sランク』社員とされ、会社に七名しかいない『主任』という肩書が付いてしまっていた。


 そして、あの日から先輩社員であるはずのエスカイアさんが、オレ付きの専属サポート職員として社員寮での御飯の支度から洗濯までしてもらっていた。


 謙遜しつつも、エスカイアさんに『どうしてもやりたいの』と押し切られてしまい、お任せしてしまった。


 そして、今日は彼女が車を運転して実家に来ていた。


 なぜだか知らないが、エスカイアさんは黒髪、黒目にバッチリメイクして野暮ったい眼鏡を付け、落ち着いた色のブラウスと紺のロングフレアスカートで清楚なお嬢様っぽい恰好をしている。


「……翔魔? そちらの方は誰?」


「お初にお目にかかります。わたくし、翔魔さんの会社の社員でエスカイア・クロツウェルと申します。お母様と玲那様には、今後ともお世話になると思いますがよろしくお願い申し上げます。こちらは我が社の社長からの菓子折りです。つまらない物ですがお納めください」


 リビングで三つ指を付いて完璧な挨拶を決めたエスカイアさんに、お袋も玲那も説明を求める視線をオレに向けてきていた。


 っていうか。親父との約束もあるし、本当のことなんて言えねぇ……。どう誤魔化すか……。


「こちらのエスカイア先輩は会社の教育担当で……入社前研修で凄くお世話になってる人なんだ。今日も休みなんだけど、荷物運ぶのに足が無くて困ってるオレに車出してくれるくらいいい人なの。お袋も、玲那もちゃんと挨拶して」


「そ、そうなの。てっきり、あたしは翔魔が社会人になると同時に彼女を紹介しに来たのかと緊張しちゃったわよ。あんたみたいなおっとりとした子が、こんな美人でバリバリと仕事をこなせそうな人を落とせる訳ないものね。あんたが女性に縁がないのは、母親であるあたしが一番分かってるから」


「そうだよね。兄さんがこんな綺麗な年上のお姉さんを落とせるわけないよね。あー、焦って損した」


 どうやら、うちの女性陣はオレがモテるのはあり得ないという結論に達しているらしい。


 確かに、女性を家に連れてこなかったし、彼女と呼べる人はいなかったけど、これでも女友達は何人かいたし、モテないわけじゃないと思う。多分、そう思う。


「ああ、えあ、で、できれば、柊君のお世話係に立候補したかったりもして……したりして……」


 エスカイアさんが赤面して指同士をツンツンさせて身を捩らせているのが見えた。カワイイぞ。


 今日なんか朝に一汁三菜の日本食をバッチリ準備して優しく起こされた時は、一瞬、天国に逝ってしまったのかと勘違いした。


 マジで、あれはビビったぜ。しかも、料理長直伝の朝食は絶品だったし……。エスカイアさんは嫁としても即戦力だな……。彼氏とかっているのかな……。


「エスカイアさん。うちの翔魔はおっとりしてて、ぼんやりしてるから、ヘマしそうなら厳しく注意してあげてね。貴方のようにしっかりとした人が傍で仕事を見てくれるなら、この子も普通の社会人として働けそうだわ」


 お袋が指先をツンツンしているエスカイアさんの肩に手を当てて、オレのことを託していた。


 いつまでオレを子供扱いしてるのか……。


「そうよ。エスカイアさん。兄さんは意外とぼんやりしてるからね。仕事でヘマしないようにサポートお願いしますね」


「いえいえ、わたくしなど、柊君の仕事には足元にも及びませんから……彼が仕事をしやすいようにお手伝いさせてもらいます」


 話が何だか仕事の方へ流れていきそうな気配がしたので、お袋と玲那の追求を阻止するべく、話を切り上げて、自室にエスカイアさんを連れて引っ越しの準備を始めることにした。


「さぁ、二人とも今から引っ越しの準備をするから、散って、散って! エスカイアさん、オレの部屋二階だから」


 オレはエスカイアさんの手を取ると、逃げ出すように自分の部屋へ階段を昇っていった。



 自室にはアニメのポスターや漫画本、ゲーム機などが置いてあったが、日頃から綺麗に整頓しており、エッチ関係の同人誌は画像データにしてノートPCにしまってあるので安全だ。


 よって、部屋はKENZEN仕様となっている。


「へぇ、綺麗にしてますね。男性の部屋ってもっと散らかっているかと思ったのに」


「お袋がうるさいんで綺麗に片付けるようにしてたのが、癖になっただけですよ」


 部屋に入ったエスカイアさんが、おもむろにベッドの下をひっくり返し始めた。


「あれー。エッチな本ないですね。わたくしが聞いた話では男子はベッドの下にそういった本を隠す習性があると聞いていたのですが、柊君はしまってないのですね……」


「あるわけないでしょう。オレはそんなものを必要としてないですよ。マジで」


 ふ、そのような場所に隠すなど平成生まれのオレがするわけが無いだろう。すべてはデジタルデータに変換済みなのだよ。


 エスカイアさんは遠慮という言葉を知らぬようで、色々とオレの部屋を物色している。


「あ、あの。エスカイアさん、オレの部屋を物色しすぎな気が……するんだが……」


「え!? あっ、ごめんなさい。柊君がどんな女の子に興味があるのかなっと思ってね。はわわ、べ、別にわたくしじゃなくてわたくしのトモダチが気にしてるのですよ」


 手をブンブンと振って焦るエスカイアさんを見てると、ちょっとだけニマニマしてしまう。


 ひょっとして……エスカイアさんってオレに気があったりして……な、わけがねえか……。何か、自分でも調子乗っているのが分かるからここは真面目にやらないとな。


「オレの部屋のエロ本捜索はそれくらいにして、引っ越しの手伝いお願いします」


「は、はい。ごめんなさい」

 

 その後は二人でパソコンやら漫画やらゲーム機などの新生活に必要な物を車に次々と積み込んでいった。


 そして、お袋と妹にはまた休みに帰ってくると伝えると、足早に次の目的地に向かうことにした。

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