第15話 入社と同時に役職ってどういうことよ?

 マジかぁ! たった一日で実地試験終了な上に研修まで終わりかよ! いやいや、それは困るよ。エスカイアさんの指導がないとオレ一人じゃ業務こなせねぇ!


「わかりました。予算化審議は出しておきます。当座分は我が国に建て替えさせますので、チーム発足を進めてくださいませ。クロード社長。よき、チームができることを祈っておりますぞ」


「というわけだ。柊君。いや四月一日付けで柊翔魔主任という辞令を交付しないといけないね。HAHAHA。前代未聞だよ。入社と同時に『主任』だなんて。そういうことで、エスカイアには引き続きチーム『セプテム』の専属サポート職員として、柊主任がチームを立ち上げる下準備を四月までに終えて欲しい。柊君は卒業式とか入社式があるから忙しいんでね。君がサポートしてあげなさい。事務員は新しい人雇うからしっかりと勤め上げるように」


「クロード社長!! ほんどにぃ、ほんどにぃ、わたくしが柊君のサポート要員続けていいのですかぁ」


 ビチャビチャになった制服がエスカイアさんの涙で更にびちゃびちゃになった。


 オレ個人としてはとてもじゃないが一人で業務をこなすことなんてできないし、『主任』などという肩書きが付くとプレッシャーで嘔吐しそうになる。


 けど、エスカイアさんが助けてくれるなら、なんだか頑張れそうな気がする。ナイスな人選をありがとうクロード社長。顔こわいけどいい人確定。


「オレからも頼みますよ。まだ、不慣れなことが多いんで、エスカイアさんに助けて欲しいですよ」


「だ、そうだ。よし、決定。とりあえず、これで就業前研修を終えるけど、オフィスはこっちに用意しておくから、暇なら入社前でも仕事していていいよ。では、私はブラス老翁と詰めの商談を行ってくるから、後は終業まで自由にしていてくれ」


 そう言ったクロード社長は機構の職員たちとともにこの場を後にしていった。残ったのはオレとエスカイアさんだった。


「とりあえず、着替えましょうか? エスカイアさん。もう立てます?」


「えっぐ、えっぐ、立てます。着替えてくるから待っててね。置いていったら嫌よ」


 かわいいなぁ……意外と乙女な感じが……ふむ、エスカイアさん……萌える……。


 事務員服のエスカイアさんも捨てがたい……。黒髪モードもそれはそれで萌えポイントだが……ってどんだけ、好きなんだよ、オレ。


 女子更衣室に走り去ったエスカイアさんを見送ると、オレもエスカイアさんの涙でビシャビシャになった制服を脱ぐ。そして、着てきたスーツに着替えた。



 その後は、着替えたエスカイアさんと合流し、ランチタイムが過ぎた食堂に行って、昼食を食べながら今後のことを二人で話し合うことになった。


「坊主、今日は色々やらかしたらしいな。機構の職員の姉ちゃん達が泡食ってたぜ」


 ランチタイムが終わり、食堂にいる人もまばらになったため、調理の手を止め暇になった天木料理長がオレ達のテーブルに来て談笑していた。


「あ、いえ。オレとしては普通に研修だと思ってたんですけど……違ってたみたいっす」


 今日の日替わりメニューである豚骨ラーメンと餃子、酢豚、杏仁豆腐の料理長お任せセットを食べていた。


 高級ホテルの料理長だった天木料理長は和洋中イタリアンなんでもござれの人だと聞いていたけど、この豚骨ラーメンも行列店で喰った物よりもメチャメチャ美味い。


 ふぅ、これじゃ他の店で喰えねえな……。でも、今日から晩飯を自炊しないといけないからどうしようか?


「志朗さん……わたくし、たった一日で用済みになってしまいました。柊君がめちゃめちゃ強いです。『多頭火竜ヒドラ』をソロで倒して『そんなに強かったですか?』とか言うんですよ。どう思います? 絶対にありえない……はむっ、はむっ」


 元気を取り戻したエスカイアさんは特製カツ丼と、エルクラスト牛のサイコロステーキをドカ食いしていた。


 エルフが菜食主義者だというのは、真っ赤なフェイクニュースだったな。めっちゃ、ガッツリ肉食系じゃん。でも、エスカイアさんは食べてる姿も優雅だね。うーん。絵になるわぁ。


「坊主が『多頭火竜ヒドラ』をソロ討伐か。はははっ、そりゃあ、機構の連中も慌てるはずだな。Sランクをソロで討伐できるのは、俺を含めても各チームの主任クラスだしな」


「あれ? 天木料理長もチームに所属してるんですか? てっきり、料理長として雇われていると思ってましたけど」


「一応チーム『クァットゥオル』の主任と兼任だがな。俺のチームは緊急支援チームだから、他のチームが応援要請しないと応召されないチームだし。日本人は俺だけだからな。普段は厨房にいる」


 厨房内で後片付けをしていた調理服すがたの数名がこちらに手を振っていた。


 ああ、厨房組が全員天木料理長のチームの人達か……。


「そういうことだったんですね」


 短髪で鋭い目付きの天木料理長は、凄腕の『派遣勇者』であり、チームを指揮する『主任』でもあったようだ。どおりで、料理長にしてはやたらと強い人だと思ったぜ。


「にしても、入社前の奴が『主任』に抜擢されるとは前代未聞だな。静流が聞いたら、こいつは一波乱あるぜ。なにせ、現最強の派遣勇者だしな。強いことを鼻にかけてマウンティングしてくる奴だし……。とりあえず、入社まではこっちこない方が血の雨をみないですむぞ」


「で、ですよね。絶対に今回の件が静流さんの耳に入ったら、揉めますよね。志朗さんの言う通り、事務手続きはわたくしが進めて入社までは日本でゆっくり過ごされた方がいいですね」


 どうも天木料理長の言う静流という人は、トラブルメーカーのようで、入社までは顔を合わせない方がいいらしい。


 クロード社長や天木料理長を見ていると、この会社のヤバイ人は本当にヤバイ人だと思うので、忠告に従った方が無難か。


「明日はお休みですし、わたくしが車出しますから引っ越しのお手伝いしましょう。というか、そうしましょう。柊君のご両親にもご挨拶しておかないといけないし。そうよ。そうしないと」


 サイコロステーキを片付けたエスカイアさんが、何だか知らないけど、非常にやる気になっていた。


 二人が危ないと言うなら従った方がいい。まだ、研修期間だがトラブルを起こして首にはなりたくないぞ。とりあえず、入社式までは引っ越し準備しながら社員寮で大人しくしておこうと思った。

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