第18話 卒業式での告白

 涼香さんとエスカイアさんの諍いから数日が経ち、大学の卒業式がやってきた。


 オレの通っている私立聖光大学は都内にこじんまりとした敷地を持ち、学部も『文学部』、『社会経済学部』、『法学部』の三学部しかないため、それほど多くの学生はおらず卒業生は百名程度くらいしかいないのだ。


 普通ならとうに大学が潰れてもおかしくないのだが、大学側が身の丈にあった経営をしているのと、都内の好立地に建つFランク大学ということで、地方の金持ちのお馬鹿な子供達が東京住まいに憧れて入学してくるため、寄付金が結構集まり経営は安定しているそうだ。

 

 その通っている大学は構内の講堂で学位授与式が行われ、学位の授与を受けると、今は卒業祝賀会が講堂内で行われていた。ちなみにオレは聖光大学の社会経済学部を卒業したことになっている。


 Fランク大学でもっとも入りやすい学部であったため、高校時代も全く勉強せずに学費だけ払えば入学を許された学部であった。ぶっちゃけると、卒論も適当にコピペしたものを出しても卒業させてくれるありがたい学部である。


「翔魔も立派に社会人となれるのね……私も苦労して育てた甲斐があったわ」


「かーさん。泣くのはやめなさい。翔魔が困っているから」


 わざわざオレの卒業式参加のために親父が仕事を休んで、お袋とともに大学まで来てくれていた。


 今までは仕事ばかりしてと、反発を覚えていた親父にも、会社の件でエルクラストとの関わりを持っていると知り、再び尊敬するようになっていた。


 親父たちにもいっぱい苦労させたから初任給で何か買って贈ろう。親父にはいい酒で、お袋はネックレスかな。


 そんなことを考えていると、背後から声をかけられた。


「HAHAHA、柊君、ご卒業おめでとう!」


 銀髪を撫でつけサングラスをかけた、イカツイおっさんが立っていた。背後には黒いタイトスートを着込んだエスカイアさんも同行している。


「柊君、おめでとう。クロード社長がどうしてもお祝いに駆け付けたいと言われてね。ご案内したの」


「これは、クロード社長。このような場でお会いできるとは」


 親父がクロード社長と握手していた。外務省異世界情報統括官という肩書きを持つ親父は、日本側の窓口係でもあり、クロード社長としては日本側からも資金を引っ張りたくてうちの親父に会いに来たのだろう。


 けど、うちの親父はノンキャリアで上がり間近な公務員だし、そんな権限ないよね。


 一方お袋はエスカイアさんと話していた。


 どうも、オレの好物をお袋から聞き出しているようだ。


 会社に行かない日は三食ともエスカイアさんにお世話になってしまっているため、好物を出して貰えると非常にテンションが上がってくる。


「柊君は何がお好きなんですかね。一通りのメニューは習いましたけど。彼の好きな物を作ってあげたくて……是非、お母さまに聞こうと思ってました」


「あら、お母さまだなんて……。翔魔の好物ねぇ。意外と和食好きよ。筑前煮とかひじきの煮物とかジジ臭いのが好きみたいね。父親の影響かしら……」


 お袋よ。オレの好みは確かにジジ臭いけど、味の染みたレンコンとか鶏肉とかマジで好きすぎて、幾らでも喰えるし、ひじきに関しては神様が作りたもうた奇跡の食材だと思ってるのだが……。


 ファーストフードやジャンクな食い物も嫌いじゃないけど、基本は和食好きなのはお袋の飯のせいだと思うのだが……。


 エスカイアさんが真剣な表情で、お袋の料理レシピのメモを取っている所に、紺のリクルートスーツを着て髪を綺麗にまとめ上げた涼香さんがツカツカと歩み寄ってきていた。


 これは、また前と同じパターンだろうか……ヤバい空気しか感じねぇ。


「柊君のお母さまでしょうか?」


「え? ええ。どちら様?」


「私は聖光大学就職課にいた・・・青梅涼香と申します。在学中は柊君の就活をサポートさせてもらっていました」


「あら、それは愚息がお世話になりまして……おかげさまで来月から社会人になれるそうでホッとしております」


 お袋と涼香さんが挨拶をしていると、エスカイアさんが苛立ったような顔を見せて涼香さんを睨みつけていた。絶対にこれはこの前と同じになると確信を持てた。


「私も柊君を送り出せて、踏ん切りがつきました。彼のことだけがこの大学での仕事で心残りだったので……今日はご挨拶だけと思いまして」


「これは、ご丁寧にどうも」


 あれ? エスカイアさんと絶対にいがみ合うと思ったのに、サラリと挨拶するだけだなんて……エスカイアさんも呆気に取られているし……。


 お袋に挨拶をした涼香さんが親父と談笑しているクロード社長の方に向かうと、彼の前で土下座をし始めた。その姿を見た卒業生やその親御からヒソヒソと話し始めていた。


「失礼かと思いましたが『(株)総合勇者派遣サービス』のクロード社長とお見受けしました! 本日はお願いしたき儀がありまして推参いたしました」


 涼香さん、めっちゃ時代かかった物言いになっているよ。確か、酔うとあの口調が出るんだよな。酔っ払ってるのか。イヤイヤ、職員が酔っ払ってちゃマズいでしょ。


「これはまた。古式ゆかしいご挨拶の仕方だね。確かに私がクロードだが、女性に土下座をさせて悦に入る趣味は無いので立ちたまえ」


「は、はい。失礼しました。実は私を御社に入社させて頂きたく、失礼を承知で直談判を申し上げに参りました。まだ、前職の引継ぎがありますので、途中入社となりますが、アルバイトでも結構ですので、何卒ご検討をお願い申し上げます」


 涼香さんがクロード社長へ履歴書を入れたと思われる封筒を渡していた。クロード社長も親父もエスカイアさんまでも呆気に取られて茫然と事態の成り行きを見守っていた。

 

 いやいやいや、意味わかんねぇ。涼香さん、どうかしちゃってるよ。そんなに簡単に大学職員なんて辞められないでしょ。バイトでもいいからうちの会社入りたいって意味不明だよ。


「HAHAHA、これはまた変わったお嬢さんだ。こんな場所で入社の直談判だなんて礼儀を欠いているのではないかね?」


「礼儀を欠いた行為であることは重々承知しておりますが、どうしても御社に入社したく、こうしております。どうか、ご一考頂けませんでしょうか」


 クロード社長が困り果てて、親父に対し肩を竦めていた。


 涼香さんはうちの会社が特殊な企業であることを多分認識していないと思う。


 派遣勇者として登録されてしまえば、国からの監視下に置かれることなることも考えれば、この転職にはあまり賛同はできなかった。


「クロード社長。今期は新卒がうちのせがれだけですし、小耳にはさんだところによると、ウチのせがれを主任にして新チームを設立なさるそうではないですか? どうです。この際、この女性も採用してみれば? 我が国としては新チームが多くの害獣を狩ることで、機構に恩を売れるならバックアップはやぶさかでもありませんが」


 親父が途端に目付きが鋭くなり、クロード社長との商談モードに入っていった。


 日本側としては、日本人勇者による活躍で機構に多くの借りを作り、資源や技術交流などの権益を増やしたいのだろう。


 親父も意外と抜け目ないなぁ。それくらいじゃなきゃ、異世界担当にはなれないってことかな……。


「日本側は彼女の入社をバックアップしてくれるということですかな? 前職が引継ぎ中と申していますが?」


「ええ、早急に入社させたいのであれば、色々と人脈を使って御社に送り込みますよ。どうです?」


「……いいでしょう。わかりました。彼女の入社を認めましょう。入社式まで日にちがないので、とりあえず早急に柊室長の方で手を回してもらっていいですか?」


 マジかぁ。クロード社長があんな無茶なお願いを聞いちゃったよ。


 あの強面サングラスメンは何を考えてるんだ。


 普通、こんな形で引き抜いたらこの大学と揉めるから『いいでしょう』なんて言わないよね。


 ほら、エスカイアさんもメモ帳を取り落とすくらいに呆れてるじゃないっすかー。


「本当に雇っていただけるのですか?」


「ええ、その代わり柊君の下でバイト採用からだと思ってください。実績を残せば社員として採用します。前職との引継ぎは入社までに片付くと思いますので、入社式後に色々とご説明させてもらいます」


 クロード社長がサングラスを光らせニカッと笑うと、涼香さんに握手を求めていた。ダメ元でお願いした涼香さんは思いがけずに訪れた返事に茫然としていた。


「社長!! わたくしは反対です!! こんな失礼な女を我が社に入れるだなんて!!」


 おっと、こっちの世界に帰ってきたエスカイアさんが猛烈に反対しているなぁ。普通はそういう反応だよね。でも、あの強面サングラスメンは普通じゃない人らしい。


「この件に関しては社長の決済だからエスカイアの意見は聞かないぞ。強く反対するなら、柊君のチームから外れてもらってもいいのだがな」


 本場イタリアンマフィアもびっくりしてちびるような凄みのある顔でニヤつくクロード社長に、エスカイアさんはビクリと身体を震わせていた。


 ですよねー。クロード社長が言い出したらそうなりますよねー。


 こうして、なし崩し的に涼香さんがオレと一緒の会社に入ることになってしまった。


 もちろん、オレとしては嬉しいかと聞かれれば、社会人として尊敬できる人だから頼りになるし、身近で応援してくれていた人でもあるので嬉しかった。

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