第10話 我が家の大黒柱が実は……

「ただいまー。はぁ、疲れた」


 都内から電車を乗り継いで、一時間と駅からチャリで三〇分かけて埼玉の実家に帰宅する。家では珍しく全員が揃っていた。


「おかえり、どうだった会社?」


 今日は練習が無かったのか、食卓でぶらぶらとしている妹の玲那が会社のことを聞いてくる。


 一つ違いの妹であるが、メチャメチャ運動神経が良いので、中学から陸上一本で特待生として優秀な成績を収めてきていた。今、大学三年だけど、すでに何社もの実業団からスカウトのオファーが来ているらしい。容姿も優れているため、アイドル選手として専門雑誌の表紙を何度も飾っているのだ。


 オレが就職戦線で瀕死の思いをしていたのに、目の前のリア充妹はすでに内定を何社も貰っているのも同然の存在だった。


 このリアルチート妹め、お前のお陰でオレがどれだけお袋から嫌味を言われたことか……。


「ああ、メチャメチャいい会社だった。そこで社長さんに気に入られてさー」


「へー良かったね。じゃあ、兄さんの就職浪人は回避できるね。おかーさん! 兄さんは就職できるみたいよ!」


「はぁ、良かった。おとーさん。翔魔も四月から社会人になれそうよ。本当に就職浪人するかと思って焦ったわ。のんびりしてるなぁと思って放任してたけど、ここまでギリギリになるとは思ってなかったわよ」


「かーさんもそう言ってやるな。翔魔も就活で苦しんだんだ。祝ってやるべきだろう。翔魔、ビールでいいか?」


 家族みんな散々ないいようだが、オレとしてもギリギリまで内定一つない状況を続けて心配をかけていたので、あらためて社会人なれることを報告できたことは嬉しかった。


「親父、お袋、心配かけたけど無事、オレ、四月から社会人だよ」


 その後、家族四人で食卓を囲んで夕食となったが、会社の業務内容や今日やった試験のことだとかを伝えると、微妙な雰囲気が食卓に拡がる。


「に、兄さん……ちょっと、頭大丈夫? 勇者とかエルフとかマジ意味わかんないんだけど? 就活のしすぎで頭のおかしくなった?」


「そ、そうね。母さんもそんな会社のこと聞いた事もないわ……。翔魔……病院行く? わたしが就活でガミガミ言い過ぎたのがいけなかったのかしら……」


 妹とお袋は怪訝そうな顔をして、オレの顔を見ている。一方、親父はビックリしているものの、何かを知っているような気配で目を逸らしていた。


「まぁ、いいじゃないか。いろんな会社があるってことさ。翔魔も会社員になるんだから、しっかりしないといかんぞ」


「おとーさん! そんな変な会社に翔魔を勤めさせるわけにはいかないわ」


「まぁまぁ、かーさん。落ち着いて。せっかく、翔魔が決めてきた会社を私達の意見で辞めさせるわけにはいかん。祝って送り出してやるのが、親の務めだ」


 普段はお袋の言うことに口を出さない親父が珍しく、お袋を諭してくれていた。


 珍しいな……いつもはお袋の言うことに頷いているだけなのになぁ……。


 親父は会社のこと知ってるのかな……。ああ見えても外務省に勤める国家公務員だもんな。ノンキャリアだけど……。


「おとーさん……翔魔、変な会社だったらすぐに辞めなさい。母さんの親戚で機械設備会社してる人いるから紹介してもらうようにしておくわ」


「それがいいよ。絶対、その会社怪しいよ」


 妹も普段はオレのことは気にしないのに、今回はなんだか妙にオレのことを気にしている気がする。まぁ、気がするだけだが。


「はいはい。お二人の忠告は心に止めておきます。でも、いい人が多いから大丈夫さ。ああ、それと明日から、会社の寮に入ることになったから」


「「はぁああ!?」」


 お袋と玲那が素っ頓狂な声で驚いていた。


 そんなに驚くことか? さすがに毎日通勤で三時間は辛いぜ。


 しかも、満員電車でだなんてオレは嫌だぞ。それに、あのクロード社長に断りを入れるだなんて死んでも無理。


「悪いけど、通勤遠いし、社長には手続き頼んじゃったから。都内のワンルームマンションで一通りの家具は揃っているって言ってた。とりあえず、着替えだけ今日詰めて、休日にまた取りに戻るよ」


「そんな話、急に決めてくるの。まだ、卒業式もあるでしょ!?」


「ああ、それもあっちから出るよ」


 お袋は卒業式のことを持ち出したが、都内の社員寮の方が大学まで近いのだ。それに、社会人になったら家をでて自活しろと言っていたのはお袋のような気が……。


 その後もお袋と玲那はなんやかんや言って、オレの入寮を止めようとしていたが、普段は黙っている親父の鶴の一声で入寮することの許可が下りた。


 そして、帰り際にエスカイアさんから貰った入寮申請書の保護者欄に名前を貰うことに成功した。


 

 夕食を終えて部屋でスーツケースに着替えととりあえず持っていくものを詰めていると、親父が入ってきた。いつも帰りは遅いのに今日に限っては俺より前に家に帰っていた。


「翔魔。ちょっといいか?」


「ああ、いいよ。どうしたのさ。親父?」


 ドアを閉めて親父がベッドに腰をかける。


「まさかお前が『(株)総合勇者派遣サービス』に入社するとは思わなかったぞ……さっき話していたことだが、お前はエルクラストに行ったんだな」


 最近になって灰色の髪が増えた親父は疲れたような顔で歎息をしていた。


 親父は会社のこと知ってるみたいだったけど……。


「ああ、さっき言ったとおりだよ。社員として『派遣勇者』やることになった」


「そうか……まさか、息子が『勇者』をやるとはな……」


「親父は会社のこと知ってるのか?」


 気になったので、核心を突く質問をぶつけた。途端に親父の眼が今までに見たことないほど、鋭いものに変わっていた。


「知っている。二〇年前、突如つながった異世界との交流と、その後に結んだ日エ友好条約及び害獣駆除協定の策定チームに下っ端で参加してたからな。あっちに行ったことはないが、お前の所の社長のクロードさんは、私の職場の関連企業だ。あの会社は日本とエルクラスト害獣駆除機構の合同出資で運営されている企業だぞ。まぁ、これは機密事項が関わるから、社員になったお前にしか話さないぞ。母さん達のことは私が何とかしてやるから、精いっぱい仕事に励め。あの仕事ほど人のためになるものはないからな。父親としては嬉しい限りだ」


 ビックリしたことに外務省に勤めている親父が社長と知り合いであり、あっちの世界のことを知っていた。


 親父が異世界と関わってただなんて全く知らなかったなぁ。


「機密事項って会社の業務内容のこと?」


「ああ、それも含めてエルクラスト大陸のことは機密事項に指定されている。あの会社に就職すると公安に情報が行くからな。不用意な発言は控えろ。表向きは日本の一般企業だから仕事の話はごまかすように。私の権限でも多少なら誤魔化せるが、致命的なことは守り切れないからな。それだけは心に留めておけ」


 あまりに真剣な表情の親父に思わずゴクリと生唾を飲む。


「クロード社長もその辺を考慮して、翔魔に社員寮を勧めたのだろうさ。あそこなら、公安の防諜要員も常駐してるし、他国のスパイから身を護れるし、家より安全だ」


 どうやら、話が大きくなってきているが、どうも日本国はあのエルクラスト大陸との交流を機密にしているようだった。


 確かに、異世界と繋がっただなんて発表すれば、総理大臣の頭がおかしくなったと思われたり、物見遊山の人達がわんさかと集まる可能性もあるしな。


「どうして日本はあの大陸のことを黙っているのさ?」


「翔魔……あの大陸では希少金属、未発見の微生物等、日本の国益に直結する物が大量に眠っている大陸なのだ。それを他国にバラす訳にもいかんだろう。二十年間、内閣総理大臣、外務省事務次官と公安庁長官とでの引き継ぎ事項となっている」


 社員証の技術とか色々と凄そうな気もするが……。オレは日本国最大の機密事項に関わってしまったのかもしれない。


「分かった……。母さん達や友達には仕事のことは誤魔化しておくよ。親父、助言ありがとな」


「おう、身体に気を付けてな。休みの日は母さん達に顔を見せてやれよ」


「ああ、そうする」


 険しい表情をしていた親父がフッと表情を緩めた。



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