第2話 どう見ても堅気の企業じゃない

 翌日、涼香さんから貰った会社の所在地に向かい、スマホの地図アプリを頼りに歩いていく。


 都内の駅から少し外れた狭く、入り組んだ路地の奥に築年数不明の雑居ビルがあり、地図アプリが、その崩れかけた雑居ビルを目的地だと告げていた。


 入り口と思われる階段には『3F(株)総合勇者派遣サービス』と表札が張り出されているが、所々ヒビ割れていたり、文字がかすれていたりしているため、頭の隅にやべえ所に来たなとよぎっていた。


 アポは事前にとってあり、何時に来訪してもいいと言われているが、礼儀として朝の業務が落ち着くであろう午前一〇時に来訪すると電話で一報を入れていた。


 緊張の余り、三〇分も早く着いちまったぜ……どうすっかな……。あんまり早く行くのも相手の心証が悪くなるか。


 それにしても電話に出てくれた人は、綺麗な声をした若い女性だったよな……派遣業だから、秘書さんとかも派遣してる企業なのかもしれん。女の子多い職場だといいな。


「あのぅ……すみません……どいてもらえます?」


 声をかけられたので、振り向くとそこには、自分と同じくらいか少し上の年齢で、黒髪結い上げ、太い黒縁の野暮ったい眼鏡をかけた、事務服の女性が申し訳なさそうに立っていた。


「あ!? す、すみません。邪魔でしたね」


 邪魔をしていたことに気付いて女性に会釈すると、その女性が何かに気付いたようにポンと手を打っていた。その仕草は、彼女の可憐な容姿とはかけ離れ、コミカルさを感じさせていた。


 もしかして会社の人だろうか。雑居ビルの看板は試験先の会社名しか出てないし、事務服を着てるしな。それにしても野暮ったい眼鏡さえしてなければとても綺麗な子だよな。


「もしかして、今日、採用試験の予定の柊翔魔さんですか?」

 

 じっと見てしまった女性から名前を呼ばれたため、テンパってしまう。


「あああ、あはひゃい!」


 噛んだ。マジでオワタ。完全に試験前にやらかしました。試合終了です。ありがとうございました。


 最後と決めた試験先の会社の人への対応をしくじったことで、真っ白な灰になりかけて倒れそうだった。


「フフ、何だか面白い人ですね。ちょっと早いですけど社長もいますし、採用試験始めちゃいましょうか」


 女性はニッコリとオレに微笑みかけると、手を引いて崩れかけの雑居ビルの階段を昇っていった。



「で、君がわが社に入社したいという学生さんかね。まぁ、寒い所、せっかく来たんだから茶でも飲んでってくれ。ウチは面接といっても形式にこだわったりしてないのでな」


 黒縁眼鏡をかけた事務服の綺麗なお姉さんに手を引かれるままに、試験先の会社のオフィスに連れてこられ、あれよ、あれよという間に始まった採用試験には筆記試験がなく、いきなり社長による面接試験であった。


 テカテカと光るポマードをべっとりと撫でつけた銀髪、大きなレンズのサングラス、額から左目と右頬から唇にかけて見える何らかの傷痕、腹に響く重低音の声、筋肉こそ正義と言い出しかねない体躯、それらすべてを兼ね備えた社長は絶対に堅気の人ではないと思われる。


 面接はオフィスが手狭だという理由により、応接スペースで行われているが、例の綺麗な事務員さんが淹れてくれた紅茶を断る訳にもいかず、震える手でカチャカチャとカップを鳴らしながら頂くことにした。


 やべえ……マジでやべえよ。絶対にヤの付く稼業の人だよ。万が一違ってもマが付く稼業なのは間違いないぞ。生命の危機を覚えたことで手の震えが止まらねえ。


「社長、ただでさえ強面なんですから、スマイル、スマイル」


 事務服のお姉さんはお盆を胸に抱きしめて、この眼の前の殺し屋か、特殊部隊の最精鋭と言われても不思議ではない男性を励ましている。


 社長と呼ばれた人物は、その言葉の通りに口角を上げて笑い顔を作るが、どう見ても『お前の血は何色か確かめてみるか?』と聞かれているような恐怖しか感じられなかった。


 やっぱり、辞退しておくべきだった……。怖えぇ……。これが俗に言う本当の圧迫面接か……。


「ああ、すまんな。昨今、職安や大学などに求人を出しても見向きもされなくてな。今年も採用ゼロかと諦めていたところだったのだよ。君が受けてくれて助かった」


 社長がこんな人なら、よほど追い詰められない限り、この会社を選ぼうと思わないだろうさ。


「そ、そうですか? そう言って貰えると光栄です」


「じゃあ、まずわが社の会社概要と業務内容から説明していこう。我が社の創業は……」


「社長! 社長が話すと長くなるので、わたくしが代行させてもらいます」


 事務服のお姉さんが社長の言葉を遮っていた。


「だが、エスカイアよ。それでは私の仕事が無くなるではないか」


 ん? エスカイア? 事務服のお姉さんは日本人じゃなかったのか? 


「クロード社長が話すと絶対に採用辞退されてしまいますので、わたくしが代行いたします」


「ぬぅ……」


 社長はクロードさんって言うのか……。もしかしてこの会社は外資系の派遣会社だったのだろうか。謎すぎる。

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