劣等生だった俺の就職先は、異世界の最強勇者でした。

シンギョウ ガク

第1話 お祈りメールが鳴りやまない


――――


 先日はお忙しい中、面接にお越しいただき、誠にありがとうございました。慎重なる選考を重ねましたところ、残念ながら、今回はご期待に添えない結果となりました。


 多数の企業の中から弊社を選び、ご応募頂きましたことを深謝するとともに、柊様の今後一層のご活躍をお祈り致します。


――――


「またかぁ!!! 何でいつもお祈りメールしかこねえんだよっ!! 日本は今人手不足なんだろ!!」


 俺は大学の学食で安いカレーを喰いながら、スマホの液晶に映し出された文字を読んで頭を抱えていた。


 一五〇社を超える企業を受けてタダの一つも内定が貰えないとは……ニュースが言っている売り手市場というのはフェイクニュース決定だな……。


 ブブブとスマホが再び振動し、メールが着信したことを告げていた。メールはまたも別企業からの『お祈りメール』だった。


 オレはスマホを学食のテーブルの上に投げ捨てると、大学生活を謳歌する者達を恨めしく眺める。


 去年まではオレもあいつらと同じように好きなことに明け暮れていたな……ゲームしたり、ライトノベル読んだり、コミケ行ったり、バイトしたりと学生生活を満喫していた……。けど、他の奴等は遊びながらもしっかりと就職のことを考えてやがった。あの、裏切り者どもめ。


 視線の端に映る同期の遊び仲間たちの会話が耳に飛び込んできた。


「お前も内定決まった?」


「おう、好きな業種だけど、中規模とは言い難い会社だけどな。他にも幾つか貰えた。大手狙わなければ、採用枠余ってるんじゃね? ところでお前はどうよ?」


「俺は公務員試験受かって、警察官よ。こんなFランクの大学じゃ、まともな就職先なんてねえから、気合入れて予備校に通わせてもらって何とか滑り込むのに成功した。採用通知もらっているから、俺様は来年度からは交番勤務のポリスメンになるのさ」


「マジか。地方公務員か安泰だな。うらやましいぜ」


「ところで翔魔の奴。また『お祈りメール』が来たみたいだぜ。さっきもまた頭抱えてた。あいつも何でこんな超売り手の就職戦線で受からねえかな」


「あいつってもう受けたのは一五〇社を越えてるよな? この時期に内定ひとつも無いなんてありえねぇー。もう、来週は卒業式だろ就職浪人決定かよ」


 クソ、言いたい放題に言いやがって……オレだって内定が欲しいんだよっ!! もう三月末だし、大概の企業は採用終えているから焦ってるんじゃねえか。


 卒業を間近に控えた三月に入り、次々と企業が冬採用の試験を終えていくなかで、六月から始めた就活戦線に未だに勝ち星が挙げられず敗退を繰り返している状況だった。そのため、オレはかなり追い込まれて心身ともに疲れ果てていた。


 実家に暮らして大学に通っているものの、お袋からは就職浪人することは認められておらず、入学の際に借りた有利子奨学金の数百万の返済があるので、是が非でも就職を勝ち取りたいのだ。


 ちなみに親父は高卒のノンキャリア国家公務員であり、経済的には水準以上の給料をもらっているらしいが、大学に行きたいと言った時は反対されていた。


 それでも、お袋が親父を説得してこの聖光大学に入学していた背景もあり、就職浪人しようものなら、お袋からも親父からも厳しい御言葉を頂くだけではすまない可能性が高い。


 ああっ! 三年の時にしっかりと就職対策をするべきだった……大事な時期を遊び呆けるだなんてアホだろ、オレ。


 悪友たちからの同情の視線に居心地の悪さを感じたが、無視を決め込むことにして目の前のカレーを平らげようとスプーンを取る。その際、テーブルの上に投げ出したスマホが三度ブブブとメールの着信を告げる振動をしていた。


 オレは祈るような気持ちでスマホをタップすると、液晶に映された文面に眼をやる。


 お・い・の・り・メーーールきたーーー!! もう駄目だ。ここは最後の頼みの綱だったバイト先の運営会社……オレ、終わった……燃え尽きた……就職できねえよ……。オレはどこからも誰からも必要とされない人間なのかよ……。


 最後の砦として期待していた企業からの『お祈りメール』に、心が折れたオレは味を感じなくなった舌で学食の安いカレーを食べ終えた。


 失意のまま学食を後にすると、通い慣れた就職課の窓口に行く。すでに来年の採用試験に向けた準備を始めている三年生達でごった返していた。そんな中を就職課の大学職員である涼香さんがオレを見つけて手招きしていたので、窓口へ向かい歩いていった。


「はぁ、その顔だとダメだったみたいね」


 窓口の横に作られた応接スペースに向いあって二人で座ると、涼香さんが盛大なため息を漏らして呆れていた。


 就職課の職員である涼香さんは二〇代後半の綺麗なお姉さんで、一番親身になって就職相談に乗ってくれた大人でもあった。割とハキハキとものをいうタイプで姉御肌とでも言えばいいのか、不甲斐ないオレをいつも励まして就職活動に送り出してくれていた。


 男っぽいサバサバとした性格に、綺麗に結い上げられた髪の毛と、ぱっちりした眼をしている美人なので男子学生からの人気が高いが、当の本人は『ガキは相手にしない』と告ってきた学生をさらし者にする強者でもある。


 けれども、就職活動に落ち続けるオレには、優しく接してくれて、試験がダメだった日の夜は涼香さんの奢りで飲みに行くのが通例になっていた。


 そして、職場とはうって変わって色々と甲斐甲斐しくご飯を食べさせてくれたり、愚痴を聞いてくれたりして、甘えさせてくれるお姉さんをしてくれる人なのだ。


「ダメでしたー。終わった。オレは終わったよ。涼香さんの支援も虚しく全敗でフィニッシュです。卒業したら、バイト続けるしかねえかな……」


「まぁ、今年度の学生で就職が決まってないのは柊君だけね。ふぅ、私も数年間、就職課で仕事してるけど、君ほど落ちる子は珍しいわよ。一応、卒業資格まで取ってるし、バイトもしてるし、最終試験まで行くのにね。何で不採用なのかしら、面接でやらかしてる?」


 やらかしてません! キッチリとマニュアル本に書いてある通りに応答してますよ! もう擦り切れるくらいに熟読してますとも!


「ちゃんとやってますよ。はぁ、マジで親父とお袋に怒られる……就職できずに卒業かぁ……人生詰んだなコレ」


 今週末には大学の卒業式が控えており、卒業単位を揃えて卒論を出し終えてしまっていたオレには就職浪人で卒業という選択肢しか残されていなかったのだ。


「君ねぇ……。はぁ、柊君……。仕方ない……どんな業種でも文句言わない? あまりにも胡散臭い求人内容だから誰にも勧めなかった企業があるんだけど。時期も時期だし」


「は、はい。こうなっては背に腹はかえらえません。『正社員』という肩書きを頂ける会社であれば業種は問いません」


 ぼりぼりと頬をかく涼香さんが今のオレには地上に舞い降りた女神のように、輝きのオーラを放っているように思える。このタイミングで採用試験を実施してくれているありがたい企業の存在を知ると、絶望の暗闇に一筋の光が差し込んだように思える。


 マジかぁ……ここから、奇跡の大逆転就職を勝ち取るパターンの降臨かよっ! 残り物には福があると言うしな。全力でその企業様に気にいってもらい、勝ち星を挙げるのだっ!


「そ、そう? 一応、求人内容は確認して見てね。あ、あんまり、期待しちゃダメよ」


 求人票を取りにいった涼香さんが戻ってくると、手にした求人票を見せてくれた。


 『(株)総合勇者派遣サービス』、業種:派遣業、本給十九万五千円、夏季、冬季賞与あり(五カ月分支給)、制服貸与、社保完備、専用寮完備、寮費無料、年休一〇四日、各種手当あり、応募資格:日本人


 求人票に書かれた内容は会社名と応募資格以外は、まぁ給料は安いが納得できる内容になっている。


 業種は派遣業と書かれているが肝心の派遣先が求人票に書かれていない。万が一、6K(きつい、危険、きたない、給料が安い、休暇が少ない、カッコ悪い)職場に派遣された場合は変更してもらえるのだろうか……。


「どう? 怪しいでしょ? やっぱ止めておいた方が無難でしょ。ごめん、返して」


 無言で求人票の内容を食い入るように見ていたが、涼香さんがオレの手にあった求人票を取り上げようとした。


「待って! 涼香さん! 後生です! ここの採用試験受けさせてください。お願いします。オレにはもうここしかないんです」


 追い込まれていたオレは応接テーブルに頭を擦り付けて、涼香さんにアポを取ってもらうように頼み込んでいた。


 オレはこの最後の戦いにきっと勝って就職浪人を免れ卒業してみせる。


「ほ、本気なの? 求人きていたから巨大掲示板で下調べしたけど。ここって何人も行方不明者が出てるって噂がある会社よ? それでも受けるの?」


 行方不明者ってマジかぁ……仮に就職しても、やべえ職場に派遣されたり、するんだろうか……。だが、オレに残された道はバイトを続けるか、この会社に受かるかの二者択一しかなかった。


「本気っすよ。このままではオレは終われないんですよ」


「わ、わかったわよ。待ってて、今連絡取ってみるから」


 しばらくすると、求人票を手に奥に消えた涼香さんから該当企業とのアポが取れたとの返事をもらった。こうして、オレは『(株)総合勇者派遣サービス』の採用試験を受けることになった。




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