第3話 胡散臭いが美味しい話である


 そこから、エスカイアさんによる会社概要と仕事内容の説明が始まった。


「我が『(株)総合勇者派遣サービス』は創業二〇年。社員数五〇名。この東京本社とは別に支店を五つ持っており、依頼に応じて派遣先に社員を送り、自治体様や企業様の困りごとを解決させてもらっています。取引先は官公庁様から自治体様、大手商会様など多様な得意先を持っている企業となっております。こういっては何ですが業界ではトップシェアを誇る企業なのですよ」


 取引先が国とか自治体とかだとやっぱり安定して仕事を貰えるんだろうな。それにしても人材派遣業のトップシェアは話を盛り過ぎでしょ。


 突っ込むべきか悩んだが、ここで相手を怒らせてもオレに得になることはないのでやめておいた。


「わが社は創業以来、常に黒字計上、右肩上がりの成長を続けており、業務の拡大を図ってきております。今期も黒字計上のため、期末に特別ボーナスの支給が決定しております。各種保険、手当、寮も完備して、派遣先でのお仕事時は出張手当も付きます。年休一〇四日、有給休暇年一五日、育休、忌引き等プライベートも充実できるようにしてあります。休日は派遣先様とのすり合わせになりますが、足らなかった分は依頼終了後に消化可能となっておりますし、超過勤務手当も付きます。それと各種資格取得の応援金制度も充実しており、キャリアアップ後押しは業界屈指と自負しています」


 エスカイアさんの説明は業務内容から、待遇の方へと変わり始めていた。本給こそ低いものの待遇は社員五〇名の企業にしてはまぁいい方だと思う。


「就業時間は八時から一七時までの休憩一時間含む九時間となっており、残業は基本禁止となっておりますが、派遣依頼先様の都合により残業する場合、残業代支給となっております。また、長時間残業が続いた場合は派遣依頼終了後にインターバル休暇もしくは、規定額の慰労金の支払いを受ける選択をできるようになっております」


 残業は派遣先次第ということか……まぁ、相手先に都合もあるもんなぁ……。


「お給料の方も求人票の本給は少し低めに書かれておりますが、わが社の大卒者の初任給は諸手当含む手取りで二十五万くらいになります。寮はこの近くにワンルームマンションを押さえてあり、希望者全員に無償提供となっています。後、我が社の特徴として固定給以外に派遣依頼先からの好評価や各種資格を取得することで『社員ランク』が上がり、固定給に上乗せされるランク給の一番上である『S』ランクの社員は手取り月収で百万円程度なっております。これは若い社員の方でも評価と資格があれば手にすることができるように給料設計されていますので、ご安心を」

 

 待て! 手取り月収百万だと……手取りベースで年収千二百万だとすると、超高給取りじゃねえか。この会社メチャメチャ儲けているのかよ。本社こんなにボロッチイのに……。


「それと賞与は夏と冬で合わせて五ヶ月分支給されます。これも創業以来、毎年支払われてきています。来期も好業績が期待されますので、キッチリと支払われます。以上が我が社の業務内容と待遇内容となっております」


 エスカイアさんが説明を終えると、強面のクロード社長がずいっと顔を寄せてきた。


「どうだろうか柊君。わが社の待遇は大企業にも勝るとも劣らないと思うのだが?」


 ひゃああああ!? ちびった、ちびっちゃったかも。怖えぇ…怖えよ。これって断ったら、明日の朝にはゴミ捨て場に冷たくなって捨てられちゃうやつかな……。ううぅ、泣きたい。


「ああ、あとエスカイアが忘れていたようだが、業務中に死亡した際の死亡弔意金は一律一億円が受け取り指定者に支払われるし、怪我した場合は入院治療費は全額会社負担となっているから、安心してくれたまえ」


 あ、安心できねぇえーー! 死亡とか、怪我とか、不穏すぎる言葉が並んでいるんですけど! やっぱこれってヤの付く人の企業なんだろうか……鉄砲玉として使われるなんて御免だし、犯罪者になりたくねぇ。


「あ、あの。一応、確認させてもらいますが犯罪には関わらないですよね?」


 相当に失礼な質問であったが、自身の将来のこともあり、精いっぱい勇気を振り絞り、クロード社長に質問をしてみた。


「犯罪者? そんなわけないじゃないか。わが社のモットーは『弱気を助け、強きをくじく』だ。人助けをすることはあっても犯罪行為には手を貸さない」

「そうですよ。我が社は犯罪には加担しませんよ」


 エスカイアさんもグッと身体を乗り出してきている。二人とも顔が近い。距離感仕事して。


「そ、そうですか。それと、あと一つ気になる点があるので、お聞きします。御社の社員が何名か行方不明になっているとお聞きしたのですが、それは本当でしょうか?」


 非常に聞きにくいというか、絶対に聞いたらマズい内容の質問であったが、オレの心はこの質問の返答次第でほぼ決まるので、思い切ってダメ元でぶつけてみた。


 質問後に身体を乗り出して距離感がおかしかった二人の視線がテーブルや天井へと向けられるようになった。明らかに動揺していると見て取れる。


 やっぱ、後ろ暗い案件じゃねえか! 犯罪ではないが、かなりヤバイ案件だろ。真冬のオホーツク海でカニ漁とか絶対やだぜ。


「柊君の質問には依頼先の守秘義務に抵触部分もあるので、答えることができないが、一つ間違いを修正させてもらえば、彼らは行方不明ではなく、外国に在住しているのだ。これは、日本国も了承している案件であるとだけ伝えよう」


 いかついクロード社長が口元の前で手を組みサングラスを光らせる。やばい、これは殺されちゃう前兆だよ。


「あ、す、すいません。凄く気になってたんで……外国で暮らされてるのですね。なら、安心です」


 鋭い眼光に曝されたオレはテーブルに視線を落として、この地獄の圧迫面接が終わることを祈りちぎっていた。


「クロード社長。今期は採用者数ゼロ名では国からまた突き上げをくらいます。とりあえず、柊君に内定出して、明日からバイト兼試用期間として働いてもらい四月入社でどうでしょう?」


「エスカイア、先走るなと言ったのは君であろう。柊君はまだ我が社に入るとは言っておらんのだぞ。彼に入社の意志があれば、すぐにでも採用通知が出せるように用意だけはしておいてくれ」


「それはもう面接前に準備してます。あとは社長の判子待ちですよ」


 エスカイアさんとクロード社長が、オレ不在で面接結果の発表を行っていた。どうやら、採用はオレの返事次第ということである。


 一五〇社以上にわたり討ち死にしてきたオレはついに念願の勝ち星を得る段階にきていた。

 

 けど、何かきな臭いというか、悪い予感がビンビンするというか、この会社を選んだら人生終わるような気がして返事をためらってしまう。


「エスカイア。柊君が我が社に入ったら君がサポート要員をしてくれるか? 事務員募集なら、すぐに応募があるしな。君みたいな優秀な子をいつまでも事務員にしとくわけにはいかん」


「はぁ、柊君のサポートですか。いいですよ。久しぶりに鍛えてあげますよ」


 え、エスカイアさんがオレのサポート要員。それって、業務をマンツーマンで教えてもらえるということかな……あー、マジか。この会社に身売りすれば、綺麗な先輩社員と一緒に仕事できるのかぁ。


 条件反射で思わずエスカイアさんの手を握っていた。


「お世話になります。御社に就職することを決めました。今後ともよろしくご指導お願いします」


「よし、採用。明日から就業前研修するから、明日は八時までに来てくれるかい」


 クロード社長はすぐさま判子を押した採用通知をオレのポケットに突っ込むと、肩をバンバンと強めに叩いてきていた。


「あ、あの。柊君。手を放してもらえるかしら?」


 手を握ったエスカイアさんがちょっと困惑した顔をしている。でも、手はとても柔らかく温かかった。


「ああ、すみません。すみません。つい、嬉しくて。エスカイアさん、クロード社長、明日からお世話になります」


 エスカイアさんの手を握っているのが、照れくさくなって、ブンブンと上下に振ってしまう。


「こちらこそ。よろしくね。柊翔魔君」


 こうして、オレは卒業を間近に控えた最後の採用試験を合格することができ、奇跡の大逆転満塁ホームランを決め、長く辛い就職戦線に終わりを告げ、春から社会人としてスタートを切ることが約束されることとなった。

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