第23話-闇からの贈り物-

「いつまでも立ってないで、ほらほら、座りな座りな。」

ロームが着席を促す。どうするか、とゼツとフォウルがお互いの目を見てアイコンタクトするが、桜鬼は構わずらロームの真正面に座った。

「二人は座らないの?──ま、いいでしょ。せっかくだから一緒に食事しましょ。マグちゃん。」

手元のベルを鳴らすと、マグラが不意に現れた。

「客人にお食事お持ちして。すぐにできるよね?」

「かしこまりました、お姉さん」

言葉と共にマグラが消えた。

ロームは桜鬼より先に、あらかじめ用意されていた食事に手をつけた。手元のステーキを、行儀よくフォークとナイフで切って口に運ぶ。

桜鬼はじっとその様を見つめていたが、やがてテーブルを勢いよくと叩くと、身を上げてロームを問いつめた。

「なぁ、俺たちは飯食うためにここまで来たわけじゃねぇ。仲間のため、俺自身の世界のため、決着をつけに来た。やるならとことんやるつもりでな!」

棍棒の切っ先を向け、片足をテーブルに勢いよく乗せて啖呵を切る。

しかしロームは動じることなく食事を続けた。

「行儀悪いよ、それ。それに私からしたら、私の世界に喧嘩を売ってきたのも、ぶつかって来たのも、私からしたらあくまでそっちのせい。 」

口の中の食事を飲み下して続ける。

「もう引けない所までお互い来ちゃったんだから、私もとことんやるよ。これでも八方尽くして潰そうとしたのよ。でも君たちもしぶといし、直接殺してやろうと思って、私もわざわざここに入れてあげたんだから。」

二口目を運ぶ。フォウルが間に割って入る。

「桜鬼殿はこの世界─空世の事は一切知らなかった。私や、ここにはいない藤殿のような世界があることを。確かにそちらの言う通り引けない所まで来たのかもしれないが、今一度和解という選択肢はないのだろうか?」

「そっちの悪魔さんはこういう世界のことには詳しいはずでしょ。教える機会はいくらでもあった、それにも関わらず今日という日が来たのはそっちのせい。無知はどの世界においても…たとえそれが現世でもこの空世でも、最も重い罪なのよ。」

最もな指摘にゼツが面倒くさそうな表情をする。

確かにゼツは外界の知識に精通している、ならば桜鬼たちのような空世のことを教えてもよかったはず──

だが桜鬼はあえてそのことは問いつめず、むしろ語気を強めてロームに再度言葉を放つ。

「別に今更ゴチャゴチャ言うつもりはねーよ。今が全てだ。お前は俺たちに怪物を向けたし、俺の世界はお前の世界に食われかかってる。ここまで来てくれたみんなのためにも、白黒ハッキリさせる責任もあるんだよ。だから……!」

「まーまー、早らないで。それなら尚更、お互い腹ごなしをして全力で殺り合いしましょうよ。まだあなたの世界が消えるまで時間はあるから。」

桜鬼たち側のテーブルの隣にまたもや突然現れたマグラが現れる。テーブルに乗せた片足の傍にロームと同じステーキが乗ったプレートを置く。

「ふざけんな。だからつって、ンなもん食ってる時間なんか……」

また怒鳴ろうとした桜鬼の視線は皿の上の肉に吸い寄せられた。スパイスが光り、しっかりと焼かれた分厚いステーキの断面からは肉汁が溢れている。噛み付いたら今にも口の中は熱い汁で満たされるだろう。味を想像して思わず手が伸びた。

一口、一口だけ──

「食うな。」

「ゼツ?」

伸びる桜鬼の手をゼツが止めた。いつになく険しい表情だ。隣でフォウルも苦い顔をしている。

「ゼツ殿、これはまさか……」

「人間の肉だ。」

思わず手を引いた。体ごと椅子を倒して後ずさる。

危うく桜鬼は、彼自身の意思で道を踏みはずす所だった。

「やはり本能が疼くのね。」

ロームが食事を終え、ナプキンで口を拭き取ると邪悪な笑みを浮かべた。

「やっぱりどんなに人間に寄せた善意の塊であっても、化け物は化け物。1度は人の肉をその身にしたなら抗うことは出来ないでしょ?」

神社の境内での戦い。憎しみに駆られ、取り込んだ村人たち。あの時、確かに桜鬼は結果的に人肉を取り込んだとはいえ、それは彼自身の意思では無い。

自分自身に言い聞かせるように叫ぶ。

「違うッ!俺は──」

「いいや!お前も初戦化け物だ、鬼の子だ!!私と同じ、化け物なのよ!!」

ロームは椅子から立ち上がり、大きく笑って告げた。

「ここからは化け物同士の殺し合い!!血反吐を吐きましょう。脳漿の噴水を高らかに、悲鳴をラッパにして開戦のファンファーレに!さぁ、決戦に相応しい舞台を!」

ロームが高らかに笑うと、足元が揺れ、ヒビが入って広間の壁が崩れていく。ロームの床がせり上がり、更に壁のようなものもその下から上がってくる。それだけでなく、崩れた広間の壁の石が組み上がって別のものへと変わる。

立っていられず、桜鬼たちは姿勢を低くして耐えた。


やがて揺れが収まると巨大なコロッセオの闘技場、その中心に桜鬼達はいた。周りを取り囲む壁の正面、そこからさらに上に位置するその玉座にロームは頬杖をついて座っている。

「随分趣向を凝らして用意したな、こりゃ。」

ゼツが周囲に現れた闘技場をぐるっと眺める。

円形の闘技場の端から端までおよそ50m。桜鬼達を取り囲む壁にはご丁寧に観客席まで用意されているが、ロームの配下の怪物はおろか人っ子一人いなかった。

ロームが玉座に腰掛けたまま声を響かせた。

「ここが私があなたたちのために用意した場所よ!さぁ、私の元に無事で来られるか!?」

「桜鬼、挟み撃ちにするぞ。お前は正面から、俺とフォウルは左右から行く。いいな?」

二人は頷いてロームに向き直ると、それぞれ駆け出した。

ゼツとフォウルは飛び上がって観客席へ、桜鬼はそのまま正面へと走る、が──

闘技場の中央に差し掛かったところで、突如桜鬼を取り囲むように地中から鉄柵が伸び、観客席の壁をなぞって鉄柵の檻はたちまち内部に桜鬼を隔離してしまっ。

「しまった、罠か!」

フォウルが足を止めて桜鬼の方へ視線を向けた。桜鬼は状況が飲み込めず一瞬戸惑ったが、すぐに近い観客席に寄って棍棒で檻の破壊を試みる。

「かっ……てぇぇ!!」

だが細い鉄柵はビクともせず、ビィンと音を響かせるだけで折れる様子すらない。続いて隙間の脱出も試みるが、絶妙に桜鬼が通れない細さに調整されており、諦めるしか無かった。観客席から身を乗り出してフォウルが叫ぶ。

「大丈夫か、桜鬼殿!」

「気ィ取られんな!俺らだけでもやるぞ!」

一足先に玉座へ到達したゼツが腕を振り上げた。瞬時に悪魔の姿へと変貌し影をまとった拳で殴りつける。

しかし玉座とゼツの間にはバリアが貼られ、攻撃を遮断した。

「無駄無駄。いくらあなたの力が全力であったとしても、この守りはそう簡単に壊れないわ。」

無駄だと分かって続けるゼツでは無い。構えたまま拳を引いて一歩下がる。

「そうそう、それが賢明。それに、ほら。」

ロームが檻を指さす。

「もうすぐチョー面白い出し物の時間だから。見なきゃ損よ。」

ロームの指さす方向、玉座とは反対方向の石の壁がせり上がる。

(何が来る……?)

ゼツは目を凝らして、せりあがった穴を見つめる。

再度接近したフォウルも異常を感じて立ち止まり、檻の中の桜鬼も闇へと視線を向けて警戒する。

そして──


鉄が歩を進める音が響いた。



「一体……」




重いものを引きずっているのか、地面と擦れたゴリゴリ、という音も混じってくる。





「来るなら来やがれ、返り討ちにしてやる……!」

桜鬼が棍棒を抜いて構えた。





やがて足から少しずつその人物が姿を現していく。




「まさか……嘘だろ……」



ゼツの方向からはその人物がよく見えた。フォウルも同様だったが、彼はもはや声すら忘れて絶句した。



やがて桜鬼もその姿を捉えた。

が、桜鬼もその姿に驚愕して声を無くす。



「お前──」




影の人物が飛び上がった。

手に持って引きずっていた、巨大な石の曲剣を振り上げて桜鬼に振り下ろすのを、棍棒を構えて防ぐ。







「ナレフ……!」





彼を襲撃したのは、桜鬼達のかつての友。





ナレフだった。




To be continue

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