第21話-桜翔ぶ空に-

桜鬼は再び神の力を宿した。

「お前……」

「や、ってみりゃ、どう、にかなる、もんだ、な」

意識はそのまま、溢れる力を必死に御して桜鬼はゼツの方に振り返る。

前と同じく、背には六つの太鼓が浮遊し、橙に交じり金色の髪色が見えるが、その瞳は確かに桜鬼としての意志を宿していた。

武士が上に構えていた太刀を下に構えて切り上げるように向かってくる。桜鬼の力に警戒したのか歩みは先よりも早い。

「桜鬼!前!」

桜鬼は振り返らないまま、太鼓が振り下ろされた太刀を防御する。力が込められガチガチと震える太刀に対して太鼓は微塵も動かない鉄壁を誇っていた。

稲光が迸って武士が飛び退いた。

続いて犬が大口を開けて飛びかかるが、これも太鼓が作り出した雷のくつわがそれを閉じた。

桜鬼が振り返り、拳で鼻っ柱に拳を突き出すと、衝撃と電撃が流れ、犬が驚いて悲鳴をあげて地に落ちた。

意識はあるものの体の制御は完璧では無い。有り余る力で拳を振った反動で前のめりに倒れそうになる。

「無茶すんなって…!お前まだ……!」

「いや、やれる!まだ…出来る……はず……!」

今度は緑の宝玉が光り、髪色の一部が変化する。

藤とフォウルから狙いを変えて向かってくる猿と鳥に向かってう腕を振ると、まるで嵐のような風が吹いて二匹をまきあげて吹き飛ばす。

だが同じく強大な力に引っ張られ、腕を振るった方向に体が持っていかれる。必死に踏ん張ったが持たずに後方に転んだ。片膝を立てて立ち上がろうとするが、抑えるのに必死でブルブルと震えるばかりだ。

「いい加減にしろ!俺らの為っつっても、それはお前を犠牲にしていいって事じゃねぇぞ!」

「んな事分かってるんだよ!」

力に振り回されている桜鬼を見てまだ有利とみたか、武士が切りつける。風で吹き飛ばそうとしたが、今度は抑えすぎた。風は弱々しく吹き、当然武士を抑えるには足らず、そのまま太刀が向かってくる。棍棒を持って防御した。

「まだ…ここまでは……」

迫る太刀と溢れる力の制御で冷や汗をかきながら桜が呟く。

「ここは…ここまではもう来た…!覚悟は…その上は、ここから先だ!」

太刀を受けたまま、膝に再び力を込めてしっかりと立ち上がり太刀を払う。


三つの宝玉が光を放ち、風を蓄えた布の後ろに雷の太鼓がおぼろげに浮かび上がる。

風と雷撃に加え炎が溢れ、警戒した武士が攻撃を中断して下がる。

赤い宝玉から炎が次々と噴出し、やがてそれは膝下まである長い陣羽織を形作った。おぼろげだった太鼓もハッキリとその形をあらわし、風の力を表した緑色の髪色に加えて雷を表す金色も現れた。橙、緑、金の髪、炎の陣羽織、風の布と雷太鼓。

彼の旅路を体現した姿がそこに立っていた。

「まさか……」

「ついに御したか!」

「私の力も……」

三人が感嘆の声を上げる。狙いから外れ、体制を建て直したフォウルと藤も桜鬼に並ぶ。

「ゼツ…もう一回だけ、俺と一緒に来てくれないか。俺の隣には、どーしてもお前が要る。」

ゼツはじっと桜鬼を見つめていたが、やがて、

「ラス1だからな。」

そう言って桜鬼の隣へ一歩進む。

「一つあれば十分!」

四人は一列に並び武士に立ちはだかった。



不利を悟って武士が吼えた。

それを合図にお供の犬、猿、鳥が集合して黒い渦をまく。

やがて渦が払われ、中から武士を中心として合体した怪物が姿を現す。

犬の四本足に武士の胴体と頭部、猿の腕に鳥の翼を生やした巨大な怪物。

しかし桜鬼たちは堂々とその前に立つ。

桜鬼が揃った仲間たちに視線を向けて気合を入れる。

「いよいよ大一番だな」

「おうよ、反撃…開始だ!」



怪物が先に動きだした。巨体からは想像もできないスピードで迫って来る。四人はそれぞれ別方向に飛ぶ。

先陣を切って藤が飛び出した。怪物が猿の筋力で速度を増した太刀を振るが、藤は炎の刀で怪物の太刀をいなし、翼をはためかす。螺旋を巻いて怪物の身体を刀で切りながら高く空へ飛び、炎の弓に持ち替えて構え、力を込めた。矢の大きさは二倍、三倍と大きくなっていく。

「特大、盛り沢山で持っていけ!!」

言葉と共に弓を放つ。空中で矢が無数に分裂し、降り注ぐ。避けきれずかなりの数が命中したが、それでも怪物は腕で体や頭への致命傷を回避し、後方斜め上へ鳥の翼を羽ばたかせて跳ぶ。藤を真っ二つにしようと太刀を構えている。

「桜鬼殿の風にできて私の風に出来ないことはない!」

フォウルが風を束ね、空中の怪物へ勢いよく振り上げると、風は刃となって放たれた。翼の片方と兜の角を切断し、片翼となってバランスが取れなくなった怪物の太刀筋は藤の髪を僅かに掠めただけだった。

「これもオマケしてあげる」

隙を見た藤が怪物の体に両足つけると、胸の宝玉が最大限の輝きを放つ。

「地に堕ちろ!」

激しい爆発が起こった。藤は爆発の影響がなかったかのように空中で後ろへ宙返りし、翼を巧みに使って華麗に着地する。

一方の怪物は煙を吹きながら激しい音を立てて落下した。翼は焼け落ち、兜は吹き飛んでいる。髪の長い禍々しい顔が剥き出しとなった。

眼前には桜鬼が立ち塞がる。

再び吼えた。藤の爆発のダメージを感じさせないタフネスで、桜鬼へ向かっていこうと怪物の足が駆け出す──が、すぐにその足が影に縛られ動けなくなる。

「厄介な鎧が無きゃ、こいつも通るからなァ!」

ゼツの影が怪物の足を縛り上げる。それでもまだ自由な腕を振り下ろして太刀を振るうが、フォウルが跳んで剣筋と交差させる。側面からの打撃に、いよいよ太刀が真ん中から折れた。

「鎧の下からなら……!」

ゼツが犬の足から影を胴体に伸ばす。鎧の下、肉体を通していよいよ体全体を固定する。ゼツが桜鬼に顔を向ける。

「さっさと決めろ!」

「言われねぇでも!」

風の力をまとって桜鬼が浮かぶ。炎の単衣をなびかせてそのまま高く、藤よりも高く飛ぶ。

棍棒を高く掲げる。大きさはこれまでの彼なら持ち上げることすら出来ない大きさになるが、それでも腕は悠々と上げたまま。太鼓が円を作り桜鬼と怪物の間に浮く。

「い、く、ぞぉぉぉぉぉぉおお!!!」

棍棒を勢いよく投げる。太鼓の円を通過すると、棍棒は青白い雷を纏った。

「まだまだァァァ!!」

桜鬼も同じく落下、右足を伸ばして柄の先端に蹴り込む。炎の力が足をつたわり、棍棒が白熱化し赤から白へと色が変わる。

「「「やれぇぇええええええッ!!」」」

棍棒が怪物に触れた。炎の熱が、渦巻く雷が、鋭い風が。鉄の塊に集って怪物を潰し──激しい爆発となった。土埃をあげ、激しい突風に三人が踏ん張って耐える。



どれほどの時間が経っただろうか、気がつくと爆煙は収まり、もうもうと立ち込める煙が視界をさえぎっている。そして煙も晴れた──怪物が跡形もなく消え、大きくくぼんだ湿地に元通りの橙色の髪の毛をなびかせて桜鬼が立っていた。

「やった……」

桜鬼が右拳を突き上げた。足は震えているが、それ以上に困難を乗り越えた喜びが上回っていた。

だが疲れも想像以上であったようで、やがて膝から崩れ落ちるように体が崩れた。脇からフォウルと藤が支えて座らせる。

「全く無茶をする。神の力一つだけでも大層なものだと言うのに、まさか炎の力も加えるとは…」

「山で会った時から無茶するとは思ってたけど、ここまでとはね。よく体が持ってるよ、アタシ以上の体力ね。」

「ハ、ハ。そう褒めないで……くれ……」

「結果終われば全てよし、だ。さぉ、最後の一仕事。仲直りの時間だ。」

フォウルの言葉に顔を上げるとゼツが寄ってきていた。

「ホレ。貸しもできたし、もいっぺん付き合ってやるから」

そういうと桜鬼に手を差し伸べた。

「もう折れンじゃねーぞ。」

答える代わりに桜鬼はその手をしっかりと握りしめた。もう手放さない、そう言うように、しっかりと──






「うん、アレを倒しちゃうとは予想外だ。むしろ神の力を安定させちゃうとは……逆効果だったかな。」

喜びで沸き立つ桜鬼たちを眼下に見下ろしながらバイラが呟いた。木の先端からはるか遠くの桜鬼たちを眺め、改めて彼らの強さを思い知らされた。

「もうちょっと直に見ていたいけど、ここにいると見つかってまた怒られてしまうか。無茶言われる前に、ちょっとまた雲隠れさせてもらおっかな。」

バイラの背後の空間が歪み、その中に飛び込むとまるで水面のように波打って、やがてバイラも歪みも、全て消えてしまった。



「いーや、私の目的は時間稼ぎだからいーんだもーん。あんなのになってたって、私は負けることは絶対にないから。」

バイラの独り言を水晶で盗み聞きしていたロームが玉座を離れる。

「神の力を卸すって分かってた時点で、いずれ安定させるためにアレコレすることは目に見えてた。きっかけを作っちゃったのは大失態だけど、それならワンチャンに賭けて倒せるような相手をしむけるか、こっちの時間がかせげればいーんだもん。うん、そう、分かってましたとも、ええ。」

まるで自身に言い聞かせるように呟きながら歩く。

そして宮殿の広間中央に経つと、両手を広げた。

「君たちもそろそろでしょう。降りておいで。」

すると上から球体の大きな肉が落下した。脈打ち、水気を孕んでテカテカと光っている。

やがて肉の中から手が突き破って出てくる。もう片方の腕も現れ、中から見慣れた人影が姿を現す。

「おはよう。ちょっと時間かかったね、おかえり。」

マグラが立ち上がった。かつてゼツに倒され、ロームに回収されたマグラは彼女の手によって再生され、今その姿を完全なものとして蘇った。唯一胸に青い宝玉を携えていること以外は、以前の彼(彼女?)と変わりがなかった。

「おはよう、お姉さん。お陰で完全に戻れたよ。」

くるくると回ってご機嫌そうなマグラが声を上げた。

「マグちゃん1人なの?ドグちゃんも再生するようにしてあげたはずでしょ?食べちゃった?」

「ううん、ドグラもここにいるよ。」

目の前からマグラが消えた。

振り返ると後ろにドグラが立っていた。

「肉体はひとつになってしまったけれど」

「僕達はふたり」

「これまでと変わらず」

「貴方に仕えます」

ロームの周りを一周してマグラの姿に戻ってロームの前に跪く。

「なるほど、そういうふうになったのね。これはこれで面白いか。」

二人の様子に満足気に笑うとくるりとローブを翻して玉座へと戻っていく。

「本来なら送り出してリベンジさせてあげたい所だけど、ちょっと状況が変わってね。あいつらここに来るから、歓迎の準備だけしておいて。」

「分かりました、お姉さん」

再び一礼するとマグラは逆方向、宮殿の出口へと歩いていく。


新たな力、戻り来る者。

決戦の予感の中、静かにその時は迫って来るのだった。



To be continue…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る