第18話-失われたもの-

桜鬼はゆっくりと目を開けた。

相も変わらず曇天の雲が重く空に広がる。

─何も思い出せない─

混濁し、テレビの砂嵐のような脳を何とか揺り動かし、重い上半身を起こした。その時視界に見慣れないものが映り込み、首をさらに角度をつけて下を見る。

見ると紅の宝石の左右から上のあたり、左右の鎖骨の少ししたあたりに黄色と緑色にひかる宝玉が輝いている。覚えのない光景に驚き、思わず宝玉を撫でた。

赤い宝玉に比べて輝きこそ微かであるものの、確かに黄色と緑色に明滅している。

「起きたか」

隣に寝そべっていたゼツも目を覚まし、明らかに不機嫌そうな声を絞り出した。

「ゼツ!」

「るっせーな叫ぶなよ。耳に響くわ。」

「えっ、そんな距離近くないし大きくもなかったと思うんだけど…」

「お前はそれでいいよ。俺は俺で大変だったっつーの。神の力をひっぺがした反動で、神経焼き切れる寸前だったの。今もまだ頭ガンガンで痛てーの。悪ぃけども少し静かに頼むわ。」

「そうなの…ごめん…」

シュンとした直後にハッとしてゼツに詰め寄る。

「今、神の力って言ったか!?この宝石、やっぱりって思ったけど、ひょっとしてまた暴走…!」

「だーも、今言ったばっかりだろうが!せめて距離取れ、距離!」

「あ、ごめんつい。でも神の力って言ったよな。ひょっとしてまた、あの力が出たのか?…暴走…しなかったか?」

「たりめーだろ。ろくすっぽ訓練もせずに二度目だ。よく周り見ろ。」

そう言われて周囲の跡を見る。すっぱりと切断された石畳、雷で焼け焦げた木々。社の柱も折れ、以前と同じ様相は、激しい戦闘を物語っていた。

「これ…俺がやったのか…」

「もち。あのナンバーがまるでゴミクズみてーな感じだった。なんつーか、ちょっと恐ろしかったな、神の力ってのは。」

ゼツの言葉を聞いても、やはり自分がやった後とは到底思えない。しかし無理やりじょうきょうを飲み込む。

「あの時はゼツが力を貸してくれたおかげで神様との繋がりを開けた。今回は…」

「多分あの村の連中の思念だろうな、無念が募り募って、一度通じた道をこじ開けた、ってとこか。怨念になりかかってたし、お前が寝てる間にお前の中に来た神の力で浄化されたと思うがな。」

その言葉を聞いて、恐る恐る尋ねる。

「じ、じゃあ村人たち、は…」

「死んだ。」

当然の結果だった。分かりきっていたが、桜鬼にとって改めて目を向けるにはあまりにも酷だった。

分かりたくない、居なくなったと思いたくない。

「やっ…ぱり…」

「当たり前だ。あんなんになっちまったらもうどうしようもねェだろ。…聞きたいことは全部か?終わったならとっとと行くぞ」

「は…?」

せめて墓でも、と思った桜鬼とは裏腹に、もう出立する準備のゼツ。神経の痛みも和らいだのか、ややふらつきながらも立ち上がる。

「死んじまったヤツらに何言ったってもうどうしようもねェだろ。はよ立て。またここまで戻されるとはな。振り出しになったような…」

「待てよ」

桜鬼が言葉をさえぎって立ち上がる。

「そんな言い方無いだろ。動物が死んだみたいな…あの人たちが、お前や、俺にとってどれだけ大事な人達だったか…!」

「お前にとってはだろ、吐き違えんな!」

胸ぐらを掴んで二人は睨み合った。

「俺にとって興味の対象はお前だけだ、それ以外は別にどうでも良いんだよ。今回だってこんままにしとくとお前が消えかねないから出張っただけで、お前の取り巻きに特別な情は無い。そもそも向こうから俺は認識すら出来てなかったんだからな。お前が勝手に背負い込んで、巻き込まれた。俺にとってはただそれだけのことなんだよ!」

「お前!!」

彼にとって無二の人々へのあまりな発言に桜鬼が殴り掛かる。しかし簡単にかわされ、カウンターの拳が桜鬼の鼻っ柱にぶつかった。

戦闘に不慣れなはずのゼツの予想外の強さに思わず尻もちを着いた。かがみこんで再び桜鬼の胸ぐらを掴んで顔を引き寄せる。

「昔っからなんべんも言ったよな。余計な世話や情で動くとロクな事にならねぇって。今回が良い例だろうが。お前がそんな風にやれ誰の為だ、やれ何とかしたい、とか甘ったれたこと言ってるからこうなったんだろう。てめぇ自身で解決できるかどうかも不透明なクセして。その結果コレだ!それをわかった上で俺を殴れんのか!?あァ!?」

穏やかだった霧雨の粒が大きくなり、やがて大粒の雨が降り注いだ。

何か言い返したい。せめてまた殴りかかって自分の思いをぶつけたい──

強く思うが指すら動かない。激情する本能を、理性が、突きつけられたゼツの言葉が押しとどめる。

ゼツが突き放すように桜鬼の胸から手を引いた。

「巻き込まれる分にはもう腹くくったけどな、お前自身がウジウジしてんのが見てらんなくて腹立つわ。チンケな覚悟とクソみたいな優しさでそんなみじめになるくらいなら、とっととあの女にでも食われた方がマシだ。俺はそこまで付き合うつもりはねぇから。」

そして踵を返して石段の方へ向き直った。

「俺はもう付き合えねぇ。じゃあな。」

一言一言ハッキリと、赤の他人に聞かせるように素っ気なく言うと、石段を降りて社の外へと消えていった。

残された桜鬼は倒れた姿勢まま動くことも出来ず、ただただ惨劇の結末とゼツの言葉を反芻しながら、ひたすら雨に打たれていた。


















もももも、と地面を掘り進む。

上へ、上へとひたすらに掘り進む。

額にうっすらと汗を滲ませて、関所の中間管理者、こぶ鬼は地上をめざしてトンネルを掘り進んでいた。

鬼狐に馬頭首を届けよ、と命じられたこぶ鬼は、桜鬼達と別れたあと狸鬼に経緯を告げ、馬頭首の頭蓋骨を受け取って桜鬼たちの元へ急いでいた。

どこにいますがね、という狸鬼と狐鬼への問いかけに対してあの二匹は─

「どうせ空世にでも帰ったんだろう、検討もつかん。そこまで俺は知らん。」

「そんなのこぶ鬼はんでどうにかせぇ。ウチは仕返しの準備で忙しいんや。邪魔や邪魔。」

と追い払われてしまった。

こと鬼狐に関してはあのナンバーとか言う者への怒りを募らせており、まともに会話出来る雰囲気ではなかった。

そんなこんなで途方に暮れていたが、はるか昔に桜鬼達のような空世へと通じるトンネルがあったのを思い出し、長いこと使われてない為崩落していたのを必死に掘り進み現在に至る。かれこれ丸一日はトンネルを掘り進んだ気がした。

「へぇ、へぇ、へぇ…ダメだ、ここらで一休みするがね。」

こぶ鬼が収まるくらいの空間を確保し、どっこいしょと腰掛ける。額にハチマキで固定したロウソクが薄く洞窟を照らす。

「しっかし桜鬼さんたち、どこさ行ったげなぁ。ついついカシラのお二人が恐ろしくて飛び出したけんども、やはり見当がつかねぇ。どっかに飛んでっちまったもんなぁ…そもそも空世とはいえ上の方に行くってことが未知だがんなあ。さてどげんしたものか…」

持ってきた馬頭首に語り聞かせるようにボヤいて見たが当然返答はない。行き詰まりの現状を改めて嘆き、土の中でぽりぽりと頭をかいた。

誰かの声が聞こえた。最初は空耳か何かかと思って耳を済ましていると、今度は途切れ途切れながらも会話を聞き取ることが出来た。

「…ちゃーん!…お姉…!ゼンマイが…」

間違いない、地上は近い。こぶ鬼は再び土を掘る手を進めた。手が先に地上に出た。

(ようし、一丁驚かしてやるだよ)

両手をすりすりと合わせて、屈伸する。そして…

「桜鬼さぁーん!馬頭首を持って…来た…だ…よ…」

こぶ鬼は勢いよく地面から飛び出した。

が、そこに居たのは桜鬼ではなく幼子だった。

上半身だけ飛び出したこぶ鬼の目線の高さは、目の前の幼子の目線と同じだった。

「…どもぉ…」

幼子がくりくりとした目玉をぱちぱちと瞬いた。くるりと顔を背後に向けて、一言。

「藤ねぇちゃーん!緑のおじちゃんも食べれるー?」


命の芽生えた山に、どこからともなく渡ってきたホトトギスの声が響いた。


To be continue...?

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