第17話-無垢なる力-

それは異様な光景だった。

ナンバーによって無惨にも地の獄に吸い込まれ、肉塊にさせられた村人たちだったものは突如桜鬼の体に入っていった。血液も1滴のこらず、後には石畳と茫然自失とした桜鬼だけが残された。

あまりの光景にゼツもナンバーも戦闘を中断して視線を向ける。

「なん…」

ゼツの言葉をさえぎるように、頭上から突如二筋の光が螺旋を描いて落ちてくる。

桜鬼を直撃し、二人は飛ばされまいと姿勢を低くした。社の柱が風を受け止めきれず数本折れ、かけた石畳の何枚かが、砂埃と共に弧を描いて舞う。

「この感覚…」

そう、わずか数日前にもゼツは同じ感覚を味わい、知っている。


──『神卸し』だった。


制御出来ず、ゼツが手を下し強制的に閉じたはずの神へのパス──「道」が何故今再び開いたのか。ゼツは激しく混乱する頭で思考をめぐらした。

一方の桜鬼は、橙色の髪に所々緑色の毛が混じり、激しい風を伴って立っていた。首後ろには布がふわりと中に浮き、その両端は肩から脇をぬけて垂れ下がってたなびいている。

変わらず背を向けてはいるが、確かに何かが変わっている。

明らかに以前の桜鬼ではない。


「風神…」

ゼツがポツリと呟く。布の舞う姿はまさしくゼツの知るそれだった。

─これは始末しなければならない─

嵐が静まるや否や、ナンバーが飛び出した。

この瞬間、彼にとって桜鬼はもノーマークで放置していい相手では無くなった。飛び上がって得意の足技を繰り出す。

しかし脚は届かなかった。側頭部を狙って繰り出した脚はそのまま桜鬼の頬すら掠めることなく空を切る。

(目測を誤った…?馬鹿な!)

反対の足で再度蹴る。しかし結果は変わらず

「見えないほど速い?コイツにそんな事…!」

終いには使用しなかった手刀まで使って攻撃を試みる。単発で、連撃で。しかしそのどれも桜鬼には届かず、逆に繰り出せば繰り出すほどその距離は遠のいた。

「風…?」

ふとナンバーが頬を撫でる風に気をやった。

「動かないんじゃない、その必要が無い…相手を無理やり押し戻してるのか…」

傍から見ていたゼツも不可解な現象にようやく合点がいった。彼から見れば後退していたのはナンバーの方だった。彼が攻撃を繰り出す度にその体が風に押され後退し、桜鬼から遠ざかっていたのだった。

「鉄壁の防御…!でもそれだけじゃ僕は倒せないだろ!!」

軽快だった脚に力を込めて飛び出す。強く吹いた風をものともせずに、懐に入り込む。

桜鬼は背を向けたまま。

「今度はッ!!」

押し戻されるよりも早く、頭を狙わずに胴体へ蹴り込む。


だが──


またもやその攻撃は届かず、今度はいつの間にか出現した、浮遊する太鼓に阻まれてしまった。桜鬼の髪色の緑に変化した部分は、今度は金色に変わっている。防御に展開されたひとつに加え、桜鬼の背後には五つの陰陽印の太鼓が浮遊している。

「何処から…」

呆然としたのもつかの間、太鼓から放たれる雷の逆襲にあい、吹き飛ぶ。

立ち木に激しく激突した彼を太鼓群が追撃する。

陰陽の印から放たれる電撃に空気が激しく明滅する。悲鳴をあげたが弾ける電気の音にかき消されてしまう。

無我夢中で行動制限能力を持ったサイコロを放つも届かず、空中で雷に撃たれ消し炭になった。

無我夢中で二個、三個と数を増やして投げる。とうとう十個のサイコロのひとつすら届かず撃墜されてしまった。

皮膚が炭化し、所々石畳に擦れ肉がむき出しになる。その部位ですら雷の激しい熱に焼かれ焦げた。

「やめろ…」

焼ける人肉の、焦げた異臭が鼻腔をつく。

「止めろッ!!」

桜鬼らしからぬ惨状にゼツも思わず叫んだ。声が届いたのか雷撃がぴたりと中断された。

空気が張り詰める。雷の音が響いた反動で静けさが耳に痛い。


暫くして、痙攣していたナンバーが変わり果てた姿でようやく立ち上がった。焼けた胃が痙攣し、地面に吐瀉物を撒き散らした。息も絶え絶えに、四つん這いのまま顔を上げて桜鬼を睨む。焼けた瞼は瞬きの機能を失い、目は乾燥に耐えかねて涙が流れた。

「あ゛り゛え゛…な゛い゛」

熱でただれたのだろう、喉からはしゃがれた声が出る。

「僕゛が゛…こ゛ん゛な゛…こ゛と゛…」

足裏の焦げた皮膚が擦れてこぼれる。

「有゛り゛得゛る゛わ゛け゛が゛な゛い゛だ゛ろぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!!!」

再び桜鬼に向かっていく。太鼓の追撃はない、今度こそ──



桜鬼が手を横に振った。

ナンバーの体は上下に別れた。

「な゛」

二言目は続かずそのまま今度は縦に、四つ裂きになる。

そして、風の刃が数度吹きすさび、粉微塵になってナンバーは霧散した。





一瞬の出来事だった。桜鬼はゆっくりとゼツの方へ体を向けた。瞳孔は開ききり、冷徹な無表情を称えた顔がそこにはあった。

「…ヤッベ。」

言葉が終わると同時に空中に飛ぶ。ゼツが跳ねたと同時に足元の石畳が半円を描いて割れた。

「コレもはやかまいたちと呼べねぇだろ!!」

派手に埃をまきあげて風の刃をかわす。ズボンの裾と靴の先が交わしきれず傷つくがそんなことに構っていられない。

やがて社の雑木林付近まで追い込まれる。

ゼツは腹を決めた。

「テメェでどうにか出来ねェものなんか…」

木に両足を付けてぐっ、と膝を曲げ力を込める。

「とっとと返品して来やがれドサンピンッ!」

両足で木を蹴って真っ直ぐに向かっていく。見えない風を感覚で、皮膚数ミリで交わしながら近づく。


捉えた。右手に悪魔としての力を込め桜鬼の頭を鷲掴みにする。直後に悪魔と相反する神の力が迸り、ゼツの神経がジリジリと焼かれていく。

「悪魔ってのは…損しかしねぇ…な…」

しかし無理やり意識を集中させる。痛みに嘆くのは後でいい。

「戻って来やがれ馬鹿野郎!!」

風で皮膚が切られる痛みにも耐え彼の中を覗く。

黒く、無数に蠢く魂と力の奔流。

探しても、深く潜っても姿が見えない。

「出てこい!!」

黒い波の中から伸ばされた手が見えた。

─ここだ─

そう言ってるようだった。そしてゼツは手を掴んで引っ張りあげ、桜鬼の上半身が──


引き上げきった所が限界だった。二人の視界がブラックアウトする。

桜鬼から覇気がぬけ、仰向けに倒れた。はだけた胸元には、藤からの赤い宝玉の右上と左上に、新たに翡翠色と黄色の宝玉が煌めいていた。

「馬鹿…タレ…」

焼け切れる寸前の神経が悲鳴をあげ、立っていられなくなった。フラフラと後方によろめく。

「とことん…手間の…かか、る…」

ゼツも気絶するように倒れ込んだ。



やがて二人をいたわるような霧雨が、辺りに降り注いだ。







同刻。

宮殿に突如光の筋が迸った。

「誰?」

玉座からロームは立ち上がり問いかける。

返答は無い。

そのまま数秒──


突如光がぐわっと開き中から人影が飛び出す。

ロームに向かって突進するも、ロームもすんでのところでかわす。

「お前…あの時の騎士ヤロー!」

「随分な言い草だな。」

現れたのはフォウルだった。

右手には桜鬼達と共闘した時の剣が握られていたが、新たに左手には折れた剣が握られていた。

「私ねぇ、結構君に会いたかったんだ。」

「…知らぬうちに随分有名になったものだな。私も。」

「そうだよぉ、私のオキニをグシャグシャにしてくれたお礼をさ、どーーーーーしてもしたかったから。…今ここで死んでもらうね!!」

その言葉が終わるや否や、フォウルからロームに駆け寄った。飛んでくる触手を、剣に纏った風で払いながら向かっていく。

「芸がない!!」

「読んでいる」

地中から飛び出た触手を中空に飛んでかわす。

「逃がさ…」

攻撃されると思って構えたロームは戸惑った。

フォウルはロームのさらに後ろ、後方の闇に向かって剣を振るった。しかも左手の折れた剣で。

当然、当たるはずもなく、そのまま距離を置いて着地した。

「悪いが目当てはこちらでな」

そう言って振り返るフォウルの手の上には骸骨が握られていた。

──馬頭首だ。

掠めた剣筋がうっすらと傷になっている。

「しまっ…!」

「貴様が桜鬼殿に決め手を仕掛けないのは、やはりコレを隠していたからか。貴様がコレを所有していれば、桜鬼殿は永遠にここにたどり着けない。貴様としては、ゆっくり桜鬼殿の世界が消化されればそれで良いのだからな。」

「なるほどねぇ。そこまでわかった上でここに来たの。その洞察力、見上げたものね。それに次元を切り裂いてそれを取り出すなんて…とんでもない芸当。もっとちゃんと隠しておくんだった。」

「私の力だけではない」

そう言ってフォウルは左手の剣を眼前に掲げた。

「あの人の、この剣の力あってこそ、ここに来ることが出来、コレを奪うことが出来た。」

その剣はかつてナレフがロームとの戦闘時にへし折られたものだった。

「責務は果たした、失礼する」

「逃がすわけないでしょ!!」

冷たく言い放ったフォウルを捕らえんと触手を伸ばす。フォウルは引くでもなく、むしろ真っ向に向かって飛び、折れた剣を振るった。そのまま現れた光の筋の中に飛び込んで──消えた。


残された宮殿の中でギリギリと歯ぎしりをした。

二度も部外者の侵入を許し、おまけに出し抜かれた。前回のナレフといい、ゼツとのタイマンの時といい、立て続けにプライドをへし折られ怒りに燃える。

その時手を叩く音が聞こえた。

「見事見事、邪神も黙るローム様を出し抜くとは。結構やるじゃない、あの騎士君。」

「ここんとこずぅーっとこの調子よ。どうも上手いこと行かない、ほんっとに面白くない。」

「見積もりが甘い貴女の責任だろう。先に言っとくと俺はそこまで面倒はみきれない。そもそも売られた喧嘩…かどうかも怪しいものを買った自己責任さ。自分のケツは自分で拭きたまえ。」

ロームがくるりと振り向くと、そこにはシャツまで黒一色のタキシードを来た紳士風の男が立っていた。

「やめて、今は嫌味を聞く気分じゃないし。バイラ、なんか面白いものないの?お前から貰ったあのナンバーって子もバラバラにされちゃったじゃん。隠しておいた虎の子も持ってかれちゃったし、あの桜鬼とか言うのが来るのも時間の問題よ?しかもアイツのおかげで厄介なものがここに来たじゃん。せめて無能を寄越した責任くらいどーにかしなさいよ。」

「その点はご心配なく。」

立腹のロームを制してバイラは片手を開いた。手の上には本が浮かんでいた。その本をふわりと浮かべてロームにやった。

「なにこれ?」

「餅は餅屋。鬼には…鬼退治の専門家。」

「桃太郎…」


渡された絵本を見て、ロームは不敵な笑みを浮かべるのだった。



To be continue...

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