第14話-地獄の狸と天国の狐-

こぶ鬼の小屋にて一晩を明かし、一行は河原の黒い霧を払うべく移動を開始した。

まずは情報の精査から始めることにした。移動しながら桜鬼とゼツはこぶ鬼に尋ねた。

「で、ここらで縄張り張ってる連中のこと教えてくれないか?」

「おう。まずここは天国と地獄の境目、っていうのは昨日教えたとおりだ。そしてそれぞれの配下の鬼の使いがいるだ。まずは地獄の方。」

といってこぶ鬼は壁の向こうを指さした。

「閻魔様のところからは狸鬼(たぬき)というのがおるだ。力の強い管理人だが、いかんせん頭が回らんから問題ごとは物理で解決してくから経費がえろうかかるらしいが詳しいことは知らなんだ。豪快な性格故、部下には慕われやすいと聞くが短気じゃからな。狸鬼はそんなもんじゃ、次は天国の使いじゃ。」

そして今度は河原の、進行方向とは逆の方向を指さした。その向こうには坂があり、坂の上からは光が差し込んでいた。

「天国の所からは鬼狐(きつね)というのが下りて来とる。天国に鬼…というのは不思議に思うじゃろうが、実際そうなんじゃからしょうがない。狸鬼とは違って頭の回るやつで、化かしあいはいつも鬼狐に軍配があがるだよ。丁寧な物腰に油断すると一杯食わされるから油断せんようにな。」

「狸と狐…本当に小噺の化かしあいみたいだな。」

「実際毎日小競り合いやっとるが、ほんにそんな感じじゃ。派手な喧嘩の時もあれば鳥みたいになって空を飛んだり、サメのようになって三途の川で食らいあったり…大体大喧嘩にまではいかんがの。あの霧と触手が出るまではそれは派手にやっとった。じゃが今は連中、敵対する相手が触手を放った、といって譲らんくての…今はそげなときじゃないと思うんじゃが…」

そう言ってこぶ鬼はため息をついた。

「ま、そのために俺たちが今日出張ってるわけだしな。利害の一致ということでなんとかしてやっから。」

「珍しく他人に優しいじゃんゼツ、何か悪いもんでも食った?」

「あ゛?」

「あ、や、なんでもないです。お願いだからそんな目で見ないで、ね?」


しばらく進むと、こぶ鬼が言っていた霧が薄く辺りに立ち込めた。

「もうこの辺りから霧の影響が出てますだ。まだ弱いけんども、油断したらいかんがよ。」

「あぁ、体から少しずつ力が抜けてく感覚だ。確かにこんなのが充満したんじゃ……」

そうこうして進むうちに、川の中に二匹の大きな狐と狸が見えた。

足元まで来るとその大きさは一目瞭然だった。かつて対峙した蛇、蛇炎といい勝負ができるほどの大きさの狸と狐が河原でお互いににらみ合っている。

能力はともあれ、力勝負であれば蛇炎にも劣らないだろう。

三人が少し離れた場所で見ていると、最初に口を開いたのは狸鬼の方だった。

「おうクソ狐、今日こそ白黒つけようや。お前があの触手引っ提げてお天道坊主んとこ帰るなら、今までのことも見逃してやる。」

「よう喋りますこと。自分の縄張りを自分で後始末つけず、挙句人の所まで汚しといて。それでいて自分のお尻を他人に人拭かせるなんてタチわるいわぁ。」

「黙れ女狐。今日こそはアレを何とかしてもらうからな。お前んとこの坊主に宛てる反省文書くなら今のうちだぞ。」

「なんぼぬかせ。そっちこそ主の赤ら顔に罰を食らわんように口上考えときいや。」

そういってまた二匹はにらみ合った。足元にはそれぞれの眷属と思しき生き物(普通の動物ではない)が何匹か従えられていたが、主のあまりの気迫にどちらも気圧され気味の様子だ。

「あのう……」

沈黙を破り、こぶ鬼を先頭に三人はそろそろと近寄った。じろりと顔の向きはそのままに、足元の三人を見つめる。

「む。お前はこぶ鬼か。持ち場はどうした、何用があって俺らの所に来たか。」

「へぇ、お久しぶりです。実はその件で頼りになりそうな方々を連れてきまして…」

「あん?この小童どもか?」

「俺の名は桜鬼!分け合ってあんたらの助けになろうと思ってここに来たんだ!どっちの縄張りかはわかんねぇが、なんとかこの先に通してもらうわけにゃ行かねぇかな?」

一歩踏み出した桜鬼をゼツとこぶ鬼があわあわと止めようとするが、始まってしまった話に歯止めは効かない。

「桜、鬼…鬼の小僧か。ふん、多少腕っ節は立つようだが…ふん……」

じっと三人を見ていたが、やがて鬼狐と一瞬目を合わせ、息を吐くとそれぞれの返答が聞こえた。

「ダメやな」

「あきまへん」

「え?」

「は?」

ぬっ、と狸鬼が姿勢を低くし三人を真正面から凄みをきかせて睨んだ。

「他所もんにここ通したとあっちゃあ、地獄の狸鬼の名が廃る。若ぇの。改めて言っとくがここァあの世の入口。ここは観光名所たァ訳が違う。そこんとこ分かってんのか?あ?」

三人をそれぞれ一人ずつ、目を合わせながら話し続ける。

「本来なら生者は即!元来た場所にケツひっぱたいてでも返さにゃならん。が、どうも久々の客人でこぶ鬼も舞い上がったのかここに連れてきた。本来は我々が感知できるが今はそれどころじゃない。もっぺん言うがここはおいそれと来ていい所じゃねぇ。とっとと帰んな。」

「仮にもウチらは閻魔はんとこと阿弥陀如来様の使いでここにおるんや。それを前にして通してくれだなんて、大胆不敵もええ所や。容易に通れると思わんで欲しいわ。」

さすがのゼツもこぶ鬼も、天国と地獄の頂点直々の使いに睨まれ竦む。

狸鬼の言う通り、ここはあくまでも死者の入口。本来であれば生あるものが容易に足を踏み入れて良い場所では無いのだ。そこに命あるものが理(ことわり)を無視して、ずかずかと魂の場所に足を踏み入れる。半ば無理やり落ちてきたとはいえ、狸鬼の言うことも最もだ。

だが一方の桜鬼は──

「だとしても、俺は何としてもここを通らなくちゃなんねぇんだ。頼む!俺の世界に住む人たちの為に、無理を承知でなんとか通しちゃくれねぇか?この通り!」

と言って腰をほぼ直角に曲げて二匹の鬼に懇願した。暫くその様子を狸鬼は眺めていたが、やがて鼻をふん、と鳴らしてそっぽを向いた。

「上の事など知ったこっちゃないわ。現世も空世(そらよ)も、何があったか知らねぇが、ここにゃここの事情がある。とっとと帰んな。」

「そんな…」

諦めがわずかに桜鬼の顔に浮かぶ。このまま引き下がるしかないのだろうか。

膠着したその状況を打破したのは、意外にも鬼狐だった。元の姿勢に直った狸鬼に代わるように屈んで桜鬼に鼻を近づけた。

「…あんさん、名はなんちゅうの?もっぺん言うてみ。」

「俺は桜鬼。下の名はなくて、桜鬼だけだ。」

「ふうん、さくらぎ…。見たところ空世から来たんやねぇ。」

「空世…」

「そ。アンタが来た世界の総称や。そいで隣のあんさん…はええわ。悪魔さんやろ?匂いでわかる。アタシ悪魔は好かないねん、この子に付いとるから悪いもんでは無いと思うけど。堪忍な。」

そして顔を上げると二人を見たまま言葉を繋いだ。

「アタシはこれでも天国の使い。魂を見ただけでその者の魂の有り様が分かる。利己的な欲求だけやない、あんさんの思い。隅から隅まで見さしてもろたわ。…人を大事にしてきて良かったなぁ。 その清さに免じて、一度だけここを通る機会を授けます。」

その時狸鬼がクワッと目を開いて怒声を浴びせた。

「馬鹿狐めが、何を急に血迷ったか!!死者の地に生者を入れるなど、正気の沙汰ではない!ましてや、病や寿命等とはほぼ無縁の空世の者となれば尚更だ!!阿弥陀如来の坊主に、我らが主も黙っている分けないだろうが!!それを承知の上での狂言か!!」

これまでにない凄みで狸鬼が怒鳴り、思わずこぶ鬼を含めた三人は直立し硬直してしまった。

だが鬼狐はというと、ツンと澄ました顔で狸鬼を見返した。

「ならどないするん?言うときますけど、知らんとこでアンタがこの霧と触手を何とかしようとしたことぐらい分かってるんです。でもどうにもならんかったんやろ?力を吸われて萎びた干し柿見たいになってもうて、はうはうの体で縄張りに帰った癖に。アタシも悔しいけどどうにもならん。アタシらみたいに力が強ければ強いほど、あの触手と霧は力をましていくばかりや。それならいっそ、空世の者の力を借りてでもどうにかした方がええやろ?」

そしてフイと顔を逸らすと、

「大男、総身に知恵が回りかね、とは聞いたことありますけど、ここまでとは思わなんだわぁ。」

とつけ足した。

狸鬼の顔がみるみるうちに真っ赤になり、全身の毛が逆立つ。一触即発か……?

と思われたその時、狸鬼はドッカとその場に腰を下ろし、

「勝手にせい」

とくるりと後ろを向いたかと思えば、グビグビと手に持ったひょうたんから酒を飲み始めた。

「言っとくがワシの土地に一歩でも踏み入れば子分共に襲わせるからな。」

「ご心配なく。この客人は私の土地から一歩も出しまへんから。」

そう言うと鬼狐は横を向き、歩き出した。

「ほら、早う着いてきいや。案内したるさかい。」

狸鬼に聞こえないよう、そっと耳打ちするように会話する。

「…なんとか、なった?」

「みたいだなぁ。よかったなぁ、桜鬼さん。」

そして三人は、不貞腐れる狸鬼の後ろを恐る恐る通り、鬼狐に続いた。




「実を言うとなぁ、正直助かったと思ったんやわ。」

道中、鬼狐が桜鬼立ちに向かって語りかけた。先程の威圧感はあまり感じず、人当たりの良い感じがする。

「助かった?何が?」

「アタシは流石にあの狸があんなことするとは思っとらんくてな。特に証拠はないけどあの触手も霧も、あの狸がやったってことにしとったんや。向こうさんも同じやと思うで。ウチらにもメンツがある。アタシらの縄張りも犯されとるから、何とかして落とし所を探しとったんよ。部下に撤去任せようにも厄介な性質しとるしな。桜鬼はんみたいなのにでも頼らんとあかんなぁ、って思っとったんよ。」

「なるほどな。中間管理の弱み、ってやつかね。」

「悪魔のあんさん、中々痛いこと言うなぁ。これでもほうぼう手を尽くしとるんよ。いつまでも弱る部下見てるのもええ加減しんどくてなぁ。」

そして歩きながら桜鬼たちの方に顔を向けた。

「で、あんさん達は何しにここに来はったん?」

桜鬼は鬼狐に身の上を話して聞かせた。所々は省いたが、これまでのいきさつを昨晩のこぶ鬼と同じく、話して聞かせた。

「なるほどなぁ。馬頭首の一つを取りに、ねぇ……」

「あぁ。何か知ってたりしないか?」

「桜鬼はん、もうちっと頑張ってあの狸口説いたら良かったなぁ。馬頭首のひとつは、あのアホ狸の宝物庫に今保管されとるんや。元は馬頭ちゅうのは地獄に住むもんやから、当然っちゃ当然やけど。」

「なん……」

あのおっかない狸にまた会いに行かなきゃ行けないのか──思わずゼツと桜鬼の二人は息を飲み込んだ。二人の心中を察してかクスクスと笑いながら鬼狐が二人に語りかける。

「安心しぃ。あの霧と触手をなんとかした暁にはアタシからあの狸に言っとくわ。ここ数日アレのせいでお互い疲弊しきってたところやし、悩みの種が無くなったとなればまぁ多少は上機嫌になるやろ。」

その言葉を聞いて二人はほっ、と胸をなでおろした。それに、と言って鬼狐が続ける。

「空世の者とはいえ、生者に貸しができてしまう状況自体が好ましくないしな。閻魔はんも多少はその辺を鑑みて狸をいてこましてくれる思うしなぁ。」

空世──狸鬼も言っていた、桜鬼たちの世界の呼び名。度々疑問に思っていたことを桜鬼は鬼狐に問いかけた。

「なぁ、空世とか、現世とかって一体なんなんだ?俺の所に来た村人…迷い人達とか、今回のことにも何か関係があるのか?」

「ありもあり、おおありや。桜鬼はん、ホンマになんも知らんのやねぇ。」

振り返ることなく鬼狐が語る。

「この世は大きな現世と、そこからはぐれた空世がで成り立っとる。……そうねぇ、大きな大木の幹が現世、そこから枝分かれしたものが空世、みたいな感じかねぇ。」

一つ一つ飲み込みやすいように鬼狐が噛み砕いて説明を続けた。

「時間とともに、現世は変わる。時代の移り変わりっちゅうもんやな。その過程で、あんさんのような鬼とか妖の類は生きて行けなくなってもうた。しかし、わずかに残った思念…生きた魂や思いが、現世から枝分かれした離れた場所に新たな世界を作った。それが桜鬼はん達の住まう空世、って場所なんよ。」

「大木と枝、か…それじゃ、俺のところに迷った、って人はその現世から来たってことか?」

「理解が早いんやねぇ、そうやで。枝分かれしとるが、基本的に現世と空世は直接繋がることは無い。それでも何かしらの力が働いて、時代は滅茶苦茶でも現世の人間が迷い込んでしまうこともある。桜鬼はんのところに来たのは、たまたま道が繋がって迷い込んでしまった人なんかもしれんねぇ。」

「なるほどなぁ…俺の友達にその…空世?とかを行き来したり出来るやつがいるんだけど、それって…」

「多分それは居場所もなく彷徨っとるんやろうねぇ。何の目的かは知らんけど、桜鬼はんみたいな世界を持たない存在…かしらね。」

「自分の世界…帰る場所が、ない……」

脳裏にはフォウル、ナレフの姿が浮かんだ。あの二人は、帰るべき場所がなかったのだろうか──あの二人は今頃──

「それにしてもこぶ鬼はんがここまで協力的だなんて思わなかったわぁ。立場が地獄に近いから、狸のようにてっきり追い返すもんやと思うてたけど。」

切り替わる会話に桜鬼の思考が途切れる。一方こぶ鬼はポリポリと頭をかいた。

「へぇ、まぁワシはどちらかと言うと中立の立場でさぁ。天国の方へもたまに顔出します、下手に狸鬼様だけに肩入れしてると、肩身が狭くて困りますだ。」

「あらあら、そんな事言うて、後で子分達にいてこまされても知りませんよ。まぁあの狸もこぶ鬼さんくらい平身低頭してくれると助かるんですけれども。」

「そ、それにワシらもアレにはほとほと困っとります。その方から来る魂たちが怯えてこっちに来んと仕事になりません。悪霊も力を増しちまってるようですし…」

「それをどうにかするのがこぶ鬼はんの仕事ちゃいます?まぁ私らでもどうにもならんもん、こぶ鬼はん達にどうこうせい言うのも無理なのは承知してはりますけどねぇ……」

「はは、まぁ……」

困ったようにこぶ鬼がせわしなく目を動かす。今は優しい物言いだがやはり天国の代表、使いという相手に腰が引けているのかどうも歯切れが悪い。まぁ、後で変なことを言って狸鬼にどやされるのが恐ろしいのかもしれないが……


「さ、着いたわ。お手並み拝見と行きましょか」

三人と一匹の眼前には、大きな触手が多数と、その中枢にある穴がかすかに見えた。穴からは霧が吹き出し、桜鬼達から離れた辺り一面に充満していた。穴の大きさの割に、霧は濃く、眼前一帯を汚染している。

「霧はアタシの力でも完全に払えんの。一瞬晴れるけどすぐ元通りや。ここで見させてもらうから、やれるとこまでやってみ。」

それだけ言うと鬼狐は犬のようにその場におすわりをした。

「ふむ…とりあえずはまぁ。」

桜鬼はずかすかと触手に近寄った。

「手当り次第ぶっこ抜くのがはえぇよなぁ!!!」

そ力任せに触手を掴んで引き抜こうとする。意外にもぶちり、と音がして簡単に抜けた。

「この調子なら、どんどん抜けるぜ!根絶やしにしてやっからなぁ!」

そう言って二本目に取り掛かろうとした時だった。

「バカ!またそうやって慢心しやがって!周り見ろって!」

ゼツの叫びに周囲を見回すと、いつの間にか後ろまで濃い霧に覆われてしまっていた。

突然、足がガクン、と倒れた。見ると縛り付けるように取り付いた霧が桜鬼の足に集中している。

「しまっ……」

「ったく世話焼けんだから…!」

そして右手をかざす。悪魔の力を使って桜鬼を…

と思ったが何も出ない。命令さえ出来れば相手の余力に関係なく動かせる。桜鬼に命令し安全圏まで戻そうと考えたが──いつものように影が伸びることは無かった。思わず慌てふためいた。

「なんで!?」

「悪魔のあんさん、悪いけどここはあんさんの生まれた場所と近いようで遠い。単刀直入に言うと、ウチらの主の制御が強すぎてその力使えへんねん。」

「はァ!?」

「その類の力はウチの主も閻魔さんも嫌い言うてはりましてな。悪いけど自力で何とかしぃ。」

「テメェそういうことは早く…!」

「悪魔は好かん言うたやろ。ほら、早うせんと桜鬼はんの生気が無くなってまうで。」

チッ、と舌打ちして桜鬼の方に駆け出す。手を伸ばすが届かない。意を決して霧の中に足を踏み出す。二歩、三歩──

ダメだった。手を掴んだところまでは良かったものの、結局霧からは逃れられず、ゼツも同じように足を取られてしまった。

「桜鬼さん!!」

こぶ鬼が叫ぶが、もう虚勢を張る元気すらも吸われてしまっている。

「あ、あ…力が抜けて……ダメかもしんねぇ……」

「馬鹿…が、よォ……突っ走る、から…こんな目に…」

へたりと座り込む。霧がさらに桜鬼たちを包み込み、力を奪ったその時。

桜鬼の胸にある宝石が光った。

「お……お!?」

「ほう……?」

宝石からまた炎があふれ出し、鎧のように桜鬼の体を包んだ。熱気で霧が外へと弾かれ、更に距離を置いて周囲が晴れた。体にも活力が再びみなぎる。

「ゼツ!これなら!」

ゼツは気だるげに体を起こすとしっしっ、という仕草をした。もはや口も聞けないほどに力を吸われてしまっているらしい。

桜鬼は再び触手に向き直る。

「よぉっし、今度こそ丸裸にしてやる……かん……なッ!!」

そして次々と地面に生える触手を抜き散らかしていく。その様子を見て鬼狐が呟いた。

「なるほど、破邪の焔か。」

「ご存知で?」

「遥か遠く、天からの授かりものとだけ聞いたことがあるわ。神の賜物だし、お目にかかることは無いと思っとったけど、こんなところに来てたとはねぇ…」

そして訝しげに桜鬼を見つめ直した。

「一体何者なんやろうねぇ。あの鬼っ子は。」

そうこうするうちに最後の一本になった。桜鬼の炎に吹かれて周囲の霧もすっかり晴れ、力を取り戻した桜鬼が歩み寄る。

「さぁって、最後の一つだ、晩飯にでもしてやろうか。」

そういった時、隣に回復したゼツが立ち、桜鬼を静止した。まだ少し疲れた顔だがだいぶマシになったのだろう。

「ちょいまち。地面にデカいのがいるからそれから引っこ抜かなきゃダメだ。」

「デカいの?」

「あぁ。あの穴が見えるだろ。ありゃ口だ。デカい何かがいる。霧の噴出口だと思ったがその下に生物がいるのが見える。アレごと掘り起こさなきゃならねぇだろうな。」

そう言ってゼツが触手を掴んだ。

「桜鬼、お前も持っとけ。多分俺の命令だけじゃ簡単に出てこねぇ。精神命令とお前の怪力、二人で行くぞ。影が出せなくても、直で触れば多少は効くはずだ。」

「なるほどな!任せろ!」

そしてゼツの後ろの方で桜鬼が触手を握る。

「「せぇ…………のッ!!」」

二人は同時に力を込めた。

ゼツの影が、桜鬼の怪力が触手に伝わる。先は制限があった為にゼツの影も伸びなかったが、流石に直に触れるとある程度効力を増したようで、穴の周辺がボゴボゴと音を立ててせり上がる。桜鬼も触手がちぎれないよう、絶妙な力加減で触手を引いていく。

「ぶっちぎるんじゃねえぞ、そのまま引いていけ。」

「あた…ぼう……よっ!!」

地面がめりめりと音を立てる。ヒビが入り──

とうとう地面がめくれ上がり、大タコが一本釣りのように外に飛び出し──二人の前に落ちた。

「今晩の飯は触手から大タコに格上げだな。」

「ゼツが前話したタコ焼きってやつ、作ってくんねぇかな。」

「余力あったらな。」

二人は構え、大タコに対峙した。

地の底で、魔物たちの宴が始まろうとしていた。



To be continue...

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