第13話-関所は良いとこ一度はおいで-

桜鬼達が「神卸し」への対抗策の修行始めたのと同時刻。ロームは部屋を徘徊しながら桜鬼達をいかに倒すかの策を練ると同時に、桜鬼達が何故あんなにも自分に立ち向かって来るのかを思案していた。

ロームの推測では、桜鬼という男は勝ち目のある戦いだけするタイプでは無い。例え勝ち目がほぼ無いとしてもあの鬼─桜鬼という彼─は、僅かな勝率を信じて向かって来ただろう。勝利を確信させるだけの何かを。

「一体何があいつらにあそこまでの自身を与えてるのか、調べてみようか…」

そしてロームは再び地下の書斎に降りた。

積み崩した本の山を念波を使って複数持ち上げ、パラパラと高速で捲る。速読のように端から端に目を滑らせ、目当ての情報ではないと分かると本を端に投げ、次の本を同じく念で持ち上げ、開く。

「これか…!?」

同じ作業を繰り返して数分、やがて目当ての1冊を取り上げると自身の手元に手繰り寄せた。手を添え、目を滑らせて情報を読み上げる。

「馬頭首…集めたものの願いを叶える…これか…」

そして首を捻って再び考え込んだ。

「でもこんなの集めた所で、地獄の使いっ走り程度にゃ負けないんだけどなぁ。こんなのに頼ろうっていうの?…うーん、わからん。」

またしばらく考え込む。そしてポン、と手を叩いてなにか閃いた様子。

「そうか、届かずの魔法かけたからそれを何とかしようとしてんのか!アレがかかってる限り、この場所にはたどり着けないって言うのに気づいたから、その首集めて何とかしようと。なるへそなるへそ。」

そう言うと妨害工作も同時に思いつく。実行すべく再度祭壇に戻っていく。

「一つは燃え盛る大蛇の尾に。そしてもう一つは深い闇の中。そしてもうひとつは…」

水晶に手をかざし、呪詛を唱える。

「我々隔離された世界と人間たちの常世を結ぶアングラの場所。地下世界…少し開かせてもらうよ!!」

そして水晶に闇を注入していく。

そして目論見通り、混ざりあった世界にヒビが入り、穴が空く。が──

「うわ、うわ、ヤバい!止まって!」

詠唱を中断するが地面のヒビはすぐには止まらない。数分待ってようやく地鳴りも収まった。

「うわ…結構派手に行ったかな…」

急いで水晶を覗き込む。よりによってロームが作り上げた湿地帯と、自身の宮殿周辺にのみヒビが入り、ところどころ穴が空いてしまっていた。僅かに空いてくれればそれで良かったが、彼女にとってこの大きさ、範囲は誤算であった。

「あちゃー…やっちゃった…もうこれどうにもなんないかな…」

しばらく穴を覗き込んでいたが大丈夫だろう、と安い安心を覚え水晶から離れた。

「ま、いっか。どっちみち馬頭首の在り処のひとつ、地の底は繋がった。さてと…地下が開いたなら宝探しの時間だね。」

そして指を鳴らすと奥から人物が一人現れた。

「どうせ今の独り言聞いてたでしょ。さ、行って。たまには私に尽くしてちょうだい。」









「おおおおおおおおお!!!!!」

桜鬼は宙を落ちていた。修行の途中、急に地鳴りと共に地面に空いてしまった穴にゼツと二人で落ちていく。もう地面が近い、眼下には運河が広がっている。

「おーおーおー、よりによって地下にこんな穴が空いてたとはな。」

落下に焦る桜鬼とは対照的なゼツの声。

「落ち着いてる場合かッ!!このままじゃ、し、し!」

言葉は途中で途切れ、桜鬼はざぶんと川にダイヴした。当然ゼツはふわりと柔らかな反動をつけて宙に浮く。

ゼツは桜鬼を自ら引きあげた。

「んな深くねーじゃねーか。とりまクッションになって良かったけどさ。とっとと自分で起きろや。」

「マジで死ぬかと思ったんだかんな…てかあんな落ちたのにこの程度で済んだのマジでラッキーだろ…」

桜鬼は川から立ち上がり辺りを見回した。

そこには異様な光景が広がっていた。

二人は広い運河に落ちていた。落下した場所は岸に近いが、対岸までは遠く、ぼんやりとしか見えない。

空は黒々とした雲と青空が渦巻き状に混ざり、地には彼岸花と鮮やかな花が咲き乱れる地面とが続いていた。彼方上空には、桜鬼達が落ちてきた所と思しき穴が、視認できる程度には小さく空いていた。

「なんだここ…?地下…にしては広大すぎるな…」

「だが俺は見覚えあるぞ…ここはもしかして…いやでもまさかな…」

ゼツがそういったその時、二人の背中を何者かがつついた。

「あん?」

振り返るとそこには──

一つ目の、図体のでかい赤鬼と青鬼が不安そうな顔で二人を見下ろしていた。

桜鬼はポカンと口を開けた。

「お、お、お…」

そしてゼツに向き直る。

「鬼だーーーッ!!」

「やオメーもだろうがァ!!」

「あ、そうか」

そう言ってくるりと鬼に向き直る。

「言葉通じるかな?」

「今まで通じなかった訳じゃないし行けるんじゃね?やってみたら?」

「そうだな。…こんちはー?はろー?お前たち名前なんてーの?」

青鬼と赤鬼は不思議そうに顔を見合わせると、再び桜鬼の方に向き、意味不明な言葉で話しかけた。

「☆×〇△△☆〇××!!」

「な、な、なんて?」

「ダメだわありゃ。まるっきり違う言語喋ってるじゃねーか。」

「な。道案内とかしてもらおうと思ったけど…どうしよっかなー…」

二人が困り顔で考えたその時。

「おーい!お前たちなにやってるだー?またサボってるんじゃねだろな?」

その時別の方向から声がした。見るとおでこの部分に大きなコブのある緑色の小鬼が駆け寄ってきた。

「すんません上の方。こいつらどうも皆さんと同じ言葉で喋れんで…何がご迷惑おかけしただか?」

「いや、特に迷惑という迷惑は…」

「あぁそれは何よりだぁ。…あれ、お前さんもワシらと同じ鬼がか?」

緑色の小鬼が桜鬼を見て怪訝そうな顔をした。

「いや、俺もコイツも…俺はゼツでコイツは桜鬼って言うんだが、上から来たんだ。ここの鬼とはちょいと違うのよ。」

「なるほどなぁ、やっぱり上の方かぁ。…あ、ワシは『こぶ鬼』と言います、よろしくおねげぇしますだ。」

「こぶ鬼…?」

「んだ。ワシ角が生えるとこに角が生えんで、代わりにコブになっちまっただよ、だからこぶ鬼言うんだ。」

そう言ってこぶ鬼は自身のおでこを指さした。なるほど、触ってみると確かにコリコリと角の感じが皮膚から伝わる。

こぶ鬼の態度に警戒を解き、桜鬼は当然の疑問を聞いた。

「こぶ鬼…さん?ここってどういう…」

「まぁ落ちて来ちまって右も左もわからんじゃろ。説明しながら歩くから、着いてくるがええがよ。」

そして岸に上がり歩き出した。青鬼と赤鬼のふたりものそのそと着いてくる。

「ここは関所と言いますだ。天国と地獄の境目。閻魔様んとこ行く前に魂が寄る場所だ。」

こぶ鬼と名乗るその子鬼は桜鬼たちと共に歩きながら、関所という場所を案内しだした。

「通りで見覚えあると思ったらやっぱり地獄と天国が混ざりあってるのか。それにしてもこんな場所があるとは、俺も知らなかったわ。」

「そうだぁ。地獄で閻魔様の審判に委ねるか、善行が十分な人間は天国の使いと一緒に登っていく。ここはそういう場所だす。ほら。」

そう言ってこぶ鬼が指さす方を見やる。ちょうど人魂が数個、関所の壁で鬼達に吟味されているところだった。先の赤鬼と青鬼のような言葉でなにかをやり取りすると、人魂のうち数体は扉の奥へ、別の数体は更に関所の壁を滑ってかなたに消えた。

「今壁を滑って行ったのは多分天国行きか、賽の河原行きじゃろな。ワシ達は魂とやり取りすることが多いから兄さん達のような言葉は喋れねんだ。でもたまに兄さん達みたいな人も来るから、ワシみたいに喋れる鬼もおらんといかんのじゃ。」

「へぇー。随分努力家なんだな…」

「というか、ふらっと旅行気分で幽体離脱する人間も昔っから多くてなぁ…否が応でも勉強せざるをえなかったんだがな…」

「あぁ、そういうこと…」

「どこもかしこも面倒を押し付けられるのはたまったもんじゃねぇからな。気持ちよくわかるわ。」

「なんで俺見んの?」


そうこうするうちに、一行はやがて大きな扉の前に着いた。

扉の横には着いてきた赤鬼と青鬼と全く同じ姿の鬼が構えている。扉の横には小屋が併設してある。扉を開け、こぶ鬼がゼツと桜鬼を手招く。

「ここがワシの持ち場だ。さっきと同じように魂を選定するのが仕事だ。…ほれお前さん達は持ち場に戻らんかい。」

鬼を持ち場に追いやって、どっこらせとこぶ鬼は腰を下ろした。桜鬼達も腰を下ろす。

「で、なしてお二方はこげなところに落ちてきただ? 」

「実は…どこから話そうか…」

桜鬼は自分の身の上話から入り、ロームに自分の世界が侵食されていることを話した。そしてロームの本拠地に乗り込むために、馬頭首を収集していることを打ち明けた。

「三人の馬頭の首、か…」

「何か知ってるか?」

「ん。地獄と繋がってるここじゃ、昔っから有名なおとぎ話だが。ワシも曾祖父さんからそんな話聞いたことあるが、ホントに実在していたとはなぁ。」

「俺らも最初は半信半疑だったんだがな。実際に見つけてからは集めるしかなくなった、って訳。」

するとしばらく考え込んだ後、こぶ鬼がボソッと呟いた。

「多分アレがそうかなァ〜…」

「何か知ってるのか!?」

「昔っからここらで縄張り張ってる二匹の連中がおってな。そのうちの片方がそんな宝を手に入れたという話を聞いたんだが。馬の首に集めると願いが叶うとか言って…多分お二方のいうそれだと思うんじゃが。」

「じゃそいつにお願いして貰ってくればいいんだな!ありがとな!!」

「ちょい待ちって。」

飛び出そうとする桜鬼の裾をゼツががっしと掴んで引き止める。思いっきり引っ張られ桜鬼は派手に転んだ。

「縄張り張ってる、っていったな。どうもこんなとこでやってるって事はヤベー奴だと思うんだけど、どうだ?」

「悪魔のあんさんの言う通りだ。むかーっしから居座って、ワシよりも長くここにおる。一筋縄ではいかんだぎゃ。」

「な。だから早々に動くのは待てつってんだよ。」

はいすいませんでした、と桜鬼はぶつけた顔をさすって座り直した。

「確かに俺らみたいなよそ者が、そんな昔っからいるやつに頭下げても簡単には譲ってくれなさそうだしな。どうしたらいいんだ?」

「んだ。それに関しては一個なんとか出来そうな困り事があるだ。」

そう言ってこぶ鬼はガラスのない、開け放しの窓から顔を出した。ぎゅっ、と桜鬼たちも顔を出す。

「ちょっと前に、この関所のある場所に奇妙なもんが降りてきてんだが…」

そう言って門から続く壁の向こうを指さす。

指さす彼方に目をこらすと、見覚えのある黒い霧で覆われた場所が見えた。

「あれってひょっとして…」

「あぁ間違いねぇ、ロームの霧だ。こんなとこまで降りてきてやがるとは。」

「霧だけならまだええんだ。あの程度なら閻魔様に言って、使いを寄越してもらってどうにかしてもらう。しかし問題は別にあるだよ。」

「別って?」

「あの霧から出る、変なタコ足みたいなのが、この土地の養分を吸っちまってるんだ。おかげあの辺に住む生き物は、ワシらみたいな鬼も含めて力を吸われちまってまともに動けねんだ。」

「地の底まで影響するとは…とことん迷惑な女だな。」

「あぁ。だが一番危惧してるのはワシらの監視を破って、あの危ないのをくぐりぬけて怨霊が地獄から抜け出しちまう事だ。それが一番あってはならねぇ。」

「怨霊が溢れるとどうなるんだ?」

「恐らく、お二方のとこのみならず、普通の人間のとこにも怨霊が溢れ出して、えらい騒ぎになるだ。」

そして三人は小屋に戻った。

「アレをどうにかしてくれるなら、ワシからその縄張り張ってる奴らに口利きして、その馬頭首譲ってもらうようにお願いしてみるだ。…それでどうか…」

「ゼツ、もう分かるな」

ニヤリと桜鬼が笑いかける。

「たりめーだ。俺ももう乗りかかった船だ。それにあの女が露骨に出てるとなりゃもうやる気もマックスてもんよ。こぶ鬼、俺らその話乗るわ。協力させてもらう。」

「それは何よりだ!助かる!とりあえずあの辺はさっき言った二匹の縄張りを抜けなきゃならん。実際に会って許しを貰わなきゃいかんし、何より気迫がすごいから体力も使うだ。今夜はとりあえずゆっくりして、明日から向かってくれ。」

そしてこぶ鬼の作った料理を囲み、どのようにしてあの霧を退けるかの会議が始まった。


彼方の霧は、三人が休んでいる間も、その濃さを深く増していくばかりであった。


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