第12話-昔に馳せて-

「そこっ!筋は悪くない。次の相手の出方を意識しろ!」

ロームの二度目の襲撃から一晩明け、昼。

フォウルの提案により、桜鬼の戦力増強プログラムが実施されていた。

ひとしきり剣を交わすと、フォウルは鞘に収めて両手を上げた。訓練の中休みの合図だ。

「動きはさすがと言ったところか。だが得物をただ振り回すだけでは、ダメだ。もちろんその大きさを考えればそれでもいいだろうが、敵に読まれやすく、近い距離でない限りはかわすのも容易だ。」

「そ、そ、そうね……考えて動きます…」

一方の桜鬼はというと、戦闘慣れしているフォウルの動きについて行くだけでいっぱいいっぱいであった。額の汗を拭い、息をつく。

「よし。なら次は変わった武器の動かし方を練習しよう。さぁ、構えて。」

「や、や、やりま、しょ!」

荒い息も整わぬまま、桜鬼も棍棒を構えて向き直る。間もなくして鉄のぶつかる重い音が湿地に響いた。

暫くして。

「おーい。飯できたぞー。昼にしようやー……って、なんかくたばってるけど、どしたん?」

ゼツが昼食の用意を終えて戻ると、そこには白く燃え尽きた桜鬼が地面に息もつかず大の字になっていた。傍で立つフォウルがはぽりぽりと頭をかいている。

「いや、申し訳ない…加減を間違えて、体力の続く限り手合わせしていたら、つい…」

「死んだ?」

「いや、単純に体力が尽きただけだ…と思う。先の稽古中に急に倒れ込んでしまった。」

「なら30分もすれば起きてくるから大丈夫よ。相変わらず無理しかしねぇヤツだから。先に食おうぜ。」

「う、うむ、ゼツ殿がそう言うなら……。…本当に大丈夫か?」

おそるおそる振り返り桜鬼の様子を確認するフォウルとは対照的に、ゼツは歩を弛めることなく昼餉に向かっていった。

それから少し。フォウルはゼツが用意した料理に舌づつみを打っていた。

「うむ、実に良い味だ。濃すぎもせず、薄くもない。肉と野菜のバランスもいい。どこでこれほどの料理の腕を?」

「アイツ村人から調理されたモンしか普段渡されてねーから、材料渡された時とかは極力俺が調理してやったのよ。それやってたら自然と、かな。」

「なるほど、お世話係というわけか。」

「不服だけど。アイツが生まれた時からずっと付き添ってるし。」

「生まれた時から…?そういえば詳しくは聞かなかったが何故ゼツ殿は桜鬼殿と暮らしを共にしているんだ?」

ゼツの食事を口に運ぶ手が止まった。

「契約…俺が自分の願いをかなえるための。」

「契約…主はやはり地の底か?桜鬼殿との契約ではないだろう。するとやはり…」

「あんまり他人の内部事情に首突っ込まねー方がいい。知らない方が得なこともあるからな。優しすぎるぜ、アンタ。」

じろりとフォウルを見やって一言。

「うむ。気をつけるとしよう。」

「くんくん…!あっ!ここにいた!飯食ってるなら一言声かけてくれてもよかったじゃんか!」

二人の会話が途切れたその時、息を吹き返した桜鬼が草をかき分けて現れた。

「おや、随分といいタイミングじゃねぇか。」

「え?なんかあった?」

「気にすんな。すっかり冷めてっけど、ほれ、肉。」

「え、なに、そのまま?生じゃん。あっためてくれるとかそういうの無いわけ?」

「少し焚火にかざしておけば焼けるだろ。それまでスープでも飲んでろ。そこに用意してあっから。」

「そういえばこの前そこらへんの野草で作って俺で毒見しやがったよな。忘れてねーからな?」

「無事だったんだからいーじゃねーか。そんなこと言ったら今日のこの肉だってジビエなんだからな?」

途端に二人の顔がサッ、と青ざめた。

「ジビ、エ…ちなみに何の?」

「アレ。」

そういってゼツが少し離れた草むらを指さした。ガサガサと真っ赤なアルマジロとトカゲの合いの子のような、奇っ怪な動物が三つの舌を覗かせながら草むらから出てきた。三人の前をてくてくと歩いて通り過ぎて行く。

僅かな沈黙の後桜鬼がガツガツと食事に食いついた。

「あ、あ、あ、味は悪くないしいいんじゃないかな!!うん!!うまい!!!」

「残さず食えよ。」

冷たくニヤッとゼツが笑った。

日はもう水平の彼方、木々の合間に沈みかけていた。


「俺はもう物心ついた時からあの村…というか社にいたな。どうやってあの場に着いたのか、親は誰なのか。なーんもわかんねーんだ。ゼツに聞いても教えてくんねーしさ。」

食事がひと段落したところで、桜鬼の昔話が話題になっていた。

「ゼツってほんとーっに面倒見がよくてさ、外の人間が持ってきてくれた飯とかは大体調理して出してくれんのよ。」

そういってチラリとボウルの中の肉に目を落とす。

「…まぁーそこら辺の草とか見たことねー動物の肉使うのはビビったけど。」

「しかし、野草に関しても恐らくしっかりと毒物とそうでないものを見分けているし、肉に関しても恐らく同様だろう。余程目が効くか、直観的な才能を持ち合わせているのだろう。」

「そういうとこも含めてちゃんと信頼してるんだけどな。それでもやっぱり得体の知れないモン食わされてるって思ってみ!?生きた心地しねーから!」

「フォウルって好き嫌いとかなさそうだよな。やっぱり騎士様ってのは何でも食わなきゃやっていけねーの?」

「ふむ、遠征中はそうだな。慣れたものばかり口にできるとも限らないし、保存食で全て賄える訳でもない。やはり道中の動物を仕留め、野草を少しずつ摂取しなければならないからな。いやでも抵抗感は無くなる。」

フッ、と笑ってフォウルは答えた。

「家に帰ればもちろん、豪勢な食事を堪能するが。」

二人は以前気になっていたことをこの機会に聞くことにした。

「なぁ、ナレフとフォウルってどーいう関係なわけ?結構昔からの馴染み?」

「そうそう、やけに知ってる感じだったよな。一緒の部隊だったとか?」

「いや、そもそもあの方…ナレフさんは放浪者の類いでな。共に過ごせた時間の方が短い。」

「じゃあフォウルもそんなに仲良いって訳でも…」

「いや、それでも遠征先でふとお会い出来ることもあった。アレは確か巨大な蝶を追っていた時だったかな…部隊が全滅し、私一人だけになってしまった時に居合わせたこともあった。あの方も私に負けないくらい腕がたつ。二人で協力して切り抜けられた修羅場も多い。」

「ナレフってそんな強かったんだ…」

「手合わせしたことは無かったのか?」

「いや。そもそもアイツが桜鬼のとこに来る時は旅先の品々を土産話と一緒に持ってくる時ぐらいだったし、物騒なことも今回が初めてだからな。特にそういうのは無かったワケ。」

なるほど、と相槌を打ってフォウルはうつむく桜鬼の方を見やった。

「やはり不安か?」

「あぁ…ロームってやつ、強かった。あのゼツでもどっこいどっこいって感じだった位だし。ナレフも食われた、って言ってたし…」

「大丈夫、桜鬼殿には我々が着いている。それにナレフさんだって、生きている確率がゼロになった訳ではないと私は信じている。捕虜の可能性だってある、いずれ桜鬼殿との交渉のために、生かされていると。」

そして自らの肉が乗った皿を桜鬼に差し出した。

「そもそも貴殿の世界、貴殿の大事な人々のために始めた此度の遠征だろう。多くの人が今、君の生還を信じているように…桜鬼殿も自らの旅路の成功を、友の生還を信じて、進むがいい。まずは英気を養うところから、な。」

「…あぁ!勿論だ!」

皿を受け取り、桜鬼と、二人も食事を再開した。






「さ、特訓再開だ」

ひとしきり飯を食い、休憩をはさんでフォウルが立ち上がる。桜鬼は露骨にげんなりした顔をしてしまった。

「やっぱり、まだやらなきゃダメですか…?」

「うむ。なに、案ずることは無い。ちゃんと動きも出来てきているし、手さばきもしっかりしたものになっている。日が昇る頃には、一流の騎士になれているだろう!」

ハッハッハ、と笑うフォウルとは対照的にガックリとうなだれる桜鬼。その様子を見て、ふとゼツが呟いた。

「ま、それもご最もなんだがな。」

そう言ってしばらく間を開けると立ち上がり、言葉を続ける。

「多分小手先だけ鍛えても、あの女と簡単に決着が着くとは思えねぇ。」

「ほう、何か案があるのか?」

キョトンとした顔でフォウルと桜鬼がゼツを見る。

「神卸し、やってみようや。」

桜鬼を見下ろして、ゼツはそう言った。




時間はとうに深夜を回り、上空には満月が煌々と輝いている。

ゼツと桜鬼は向かい合い、少し離れた場所でフォウルは木に寄りかかって二人を見守っている。

「なぁ、神卸しってそもそもなんだ?俺にそれって必要なのか?この棍棒でもある程度どうにかなると思うんだけど。」

「神卸しってのは、俺たちの認識できない、すげー力を持った存在を一時的にその体に宿らせる儀式のこと。…あのロームは自らに邪神を宿してる。」

満月を見上げたままゼツは話を続けた。

「邪悪な神をその身に宿せば、普通は意識を乗っ取られて好き勝手されるのが関の山。だがどーしてかあの女は自意識を保ったままその力を使役してる。お前があの女に勝つにはお前もそれ同等、もしくはそれ以上の神をその体に宿さなきゃなんねぇ。力や技術をいくら培っても、邪神含め、神ってのはそーいうのが及ばないレベルの力を持ってるからな。」

そしてゼツは桜鬼の胸に人差し指を突きつけた。「なるほど…馬頭首を集めて単純に喧嘩したんじゃぁ、あのロームってやつには勝てねぇって事か。」

「そういうこと。お前程純粋な妖怪…というか鬼ならある程度力のある神は降ろせるとは思う。儀式つってもそんな複雑なものじゃないし、一度加護がその身に着けば後は道を踏み外さない限り味方になってくれるものだから、触りだけでもやってみる価値はある。」

そして踵を返すと、数歩桜鬼から離れる。

「まずは精神の統一からやってみ。ある程度神への世界に精神が通じたら、そこからはアシストしてやるから。」

「…わかった。やってみる。」

そして桜鬼は目を閉じた。

まぶたの裏に、彼が親しくしていた村人や、子供たちの姿が浮かんでは消え、藤や蛇炎など短いながらも旅先での記憶も頭を駆け巡る。

「もし雑念が湧くならとことん、飽きるまで反芻しろ。湧き出るだけ湧き出たらいずれ枯れる。そしたら精神も落ち着いてくる。」

ゼツの言葉を聴きながらもひたすらに目を閉じて精神を集中する。暫くするとゼツの言う通り思い出も、人の顔も暗闇の中に消えていき、やがて周囲の音も途絶えた。

精神がやがて一筋の糸のようになっていくのを感じる。そして糸の先、果てのない先端に、やがて光が灯るのを感じた。

「見えたか?…そろそろ俺も出張るか。」

そしてゼツは右手を突き出し、悪魔の力を少しだけ解放する。腕から影が伸び、桜鬼の頭上で黒い塊となる。

「そこだな…神の道、果てなき旅路、超常の者。今ここに道を繋げ。」

やがて桜鬼が捉えた光が大きくなり──

突如、満月からの閃光が桜鬼に直撃した。衝撃波が辺りを駆け抜け、ゼツとフォウルが顔を覆う。

桜鬼は不意の衝撃に思わず閉じていた目を開き、凄まじいまでの圧力に四つん這いになって耐える。

(これ、は───)

「意識飛ばすなッ!持ってかれるぞ!!」

叫ぶゼツも右腕を桜鬼に向けたままだが、降りた力に圧倒されているのかブルブルと震えている。


変化は既に起きていた。

橙一色の桜鬼の髪に金色が交じる。体内に電流が走り、体内では抑えきれず外にもれ出した。

迸った電流の一筋がフォウルの隣の木に直撃、すぐさま炎上し、炭の塊へと変わった。

(これ程の力を、一体何の神が…?いやそもそも──降りたのはか!?)

力はこれだけに留まらなかった。突如突風が巻き起こり、桜鬼の周囲の草を根こそぎ刈り取ってしまった。

「…っぶね!」

ゼツは顔を逸らした。その直後にかまいたちとなった風がゼツの背後の木を一刀両断、根元から斜めに崩れる。

「ヤバい、想像以上に力が強い!パスを一旦閉じるしかねぇ!!」

「できるか!?予想より強い力だぞ!」

「無理やりにでも閉じねぇと桜鬼があっちに持ってかれる!」

震える両手を無理やり叩く。すると風と雷鳴が止み、後には静けさだけが残った。

桜鬼はうつ伏せにどう、と倒れた。額には脂汗が浮かび、堪えていた息が肺から溢れ出した。

「クソ、ちょっとやってみるつもりがとんでもないことになった。軽い気持ちで神の世界なんぞに踏み入るもんじゃねーわ、やっぱし。」

同じく肩で息をしながらゼツが桜鬼を起こした。

「ヤバかった…あのまま、ゼツが閉じて、くれなかったら…よくわかんないとこに…連れてかれるとこだった…」

「たりめーだ。まさか二つの神が同時に降りてくるなんて聞いたことねーわ。」

「二つ…?」

朦朧とした目で桜鬼が問いかける。

「普通は一人の神しか降りてこない…というか降ろせない。力が強すぎて、二人も降ろしたら魂が崩れる。今は簡単に降ろしたとはいえ、この始末だ。本格的にやったらどうなるかなんて容易に想像がつくだろ。」

ゆっくりと周囲を見回してみる。かまいたちで草木は荒れ、電気の余波で燃えている箇所も多々見られた。湿地故すぐに収まりそうではあるが、場所が違えば大惨事になっていたことは確かに想像がつく。

「神卸しはその人物に近しい存在が降りてくる場合が殆どだ。」

フォウルが近寄ってきて補足する。

「神もお人好しでは無い。大体の場合、縁もゆかりも無い神なぞは力になってはくれない。自然を操る程の力を持った存在となれば尚更だ。ご先祖や、その地域の土着信仰が元となった神が力を貸してくれる。そして一般人が行っても、強運になったり、適切な道を示してくれる程度でしかその力は現れないのだが…」

そしてフォウルは訝しげに桜鬼を見た。

「桜鬼殿、一体何に魅入られているのだ?」

「何に…って聞かれても、俺もよくわかんない…こういうのやったのは初めてだし…」

「おおよその検討はつくがな。あの社にあった御神体だろう。」

桜鬼もピンと来た。ナレフ、ゼツと二人で晩酌をした時に話に上がったあの二神。しかし──

「だが俺の目に映るあの二人、豊穣と長寿の神だったハズ。それがこんなに強い力になるのか…?」

三人は考え込んだ。いくら考えても答えが出るとは限らなかった、が──



その時、地面に亀裂が走った。地鳴りが響き、足元が立っていられないほど揺れる。

「な、なんだ!?」

「地震か!…それにしても、こんな大きな…!」

そしてゼツと桜鬼の足元の地面が──崩落した。

「…!ゼツ殿、桜鬼殿!」

フォウルは咄嗟に手を伸ばしたが、届かない。

そのまま二人は闇の底へと消えてしまった。

しかしフォウルの視線は、既に見えなくなった桜鬼達のその先へと向けられていた。

「なん、だ…?これは…」


割れ目から僅かに見える眼下には、巨大な運河に分かたれた野原、そして赤々とした地が広がっていた。




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