第10話-烈火流水-

突如途絶えたドグラとマグラの気配にロームはガバッと玉座から立ち上がった。想定外の事態に思わず生唾を飲み込む。

─やられた?─

─あの二人が?─

──誰に?──鬼の方にそんな力は到底無かったはず──それがなんで──

焦りを無理やり飲み下し、深呼吸して考え直す。ロームはあの二人を送り出すことで早急にこの事態の収拾をつけようと考えていた。事実、人間や怪物含め大体の相手ならドグラ・マグラの二人でカタが着く。幻惑し、魂を引きずり出して直接腹に収める。持久戦でも短期戦でも万能な二人、格闘戦はめっきりダメだが当人たちもそれを理解しているゆえ、そんな無茶はしない。それが、何故──?

思い当たる人物は一人だけだった。

「あの黒シャツの男…だよね。」

ゼツと言う、あの桜鬼とかいう鬼についてまわってる男。彼はどう見ても力技で来るタイプではない。可能性があるとすれば彼のみだ。

「やっぱ腐っても悪魔の力を持ってたのね。あんな小僧っ子についてる位だから弱まってるか何かと思ったけど…正直舐めてた、ちくしょう。」

悔しそうに舌打ちするとぐるぐると部屋の中を歩き回る。

「…アイツも食っちゃうか。面倒臭いなぁ〜もぅ〜」

突然ふと立ち止まり、考え込む。

「まてよ…あの二人を食っちゃう位強いんだったらさ……」





鳥の鳴き声で桜鬼は目を覚ました。ゼツが見慣れた無表情で見下ろしている。

「よ、起きたな。」

「お…はよ。」

「随分よく寝たな。もう昼時だぞ。」

「もうそんな時間か…」

そう言って体を起こす。ゼツが用意したのであろうスープのいい匂いがした。

「肉があんまり無いから、その辺の薬草で作ったスープ。ほれ。」

そう言って掬ったスプーンを桜鬼の口に突っ込む。若干野菜の青臭さが残る薄味のスープが体に染みて心地よかった。

「お、上手い!料理上手だな!」

「よし、毒味成功。ありがと、俺も飯にするわ。」

「あ、俺で人体実験しやがったな!俺病み上がりなんだぞ!よく覚えてねーけど!」

「覚えてないならチャラだろ」

そう言って桜鬼に皿を差し出す。受け取るとブツブツと文句を言いながら、ゼツと食事を共にした。

あのよく分からない相手をどうやって倒したのかについては──やはり聞けなかった。聞いたら自分にとっても知らない方がいいことを知ってしまう。そんな気がした。


朝食、もとい遅めの昼ごはんをとり、出発しようとしたその時だった。

ゼツがバッ、と彼方を見つめた。桜鬼も同じ方角を見つめる。

「どうした?」

「この気配、間違いない。」

何かが来る。そして感じたら気配に桜鬼にも誰が来たのかが理解できた。

「昨日の今日だがやれるか?山に入ってから連戦が続くし、あんまり無理そうなら…」

「いーや、いけるね!スープが効いたのかもしれねーが、今ならどんなやつにだって負けねぇ。」

言葉はなくゼツは口の端でかすかに笑う。

「来る……!」

そして天を見上げ、

「上だ!」

そう叫んだその瞬間、ドライアイスのように空から黒い煙が垂れ落ち、人影が浮かぶ。

「お前…この間の……」

「テメェ……」

「ハロハロ、元気してた〜?」

ロームだった。

「こないだはよくも騙してくれたなァ…とりあえずナレフをどうしたか、その横っ面に傷付けてやる前に聞いときたいんだが。」

顔には笑顔、しかして殺気を込めて桜鬼が問いかける。

「食った。美味しかったよ、あなたのお友達。」

「食っ──」

その言葉に笑顔を引っ込め、持てる殺気をすべてロームに向けた。

「おぉ、怖い怖い。でも悪いけど今日用があるのは君じゃないんだ。」

そう言ってゼツを指さす。

「そこのあなたなんだよね、黒いの。」

「俺?」

「そ。君、昨日の二人を倒した張本人でしょ。割と私気に入っててさァ〜、あの子たち。」

「…弔い合戦、ってヤツか?」

「ま、それもあるけど、それだけじゃない。まぁゆっくりと、まずはお茶でもどう?」

そしてローブの両端の裾をドレスのようにつまみ上げて首を傾げておどけてみせる。

「おお、俺もモテるようになったもんだ。でも俺お前みたいな女…か?悪いけどお断りなんだよな。」

「あぁ〜全然いいよ〜、私欲しいものは自分から勝ち取りに行く主義だか、らッ!」

そして触手を大量に展開する。とっさの攻撃に間に合わずゼツの足が捕えられる。

「ヤベッ…!」

そのまま地面に叩きつける。格闘戦に向いていないゼツの体にダメージが響き、痛みに顔が歪む。

「ゼツ!待ってろ、今…っておぉっと!」

その時、助太刀に入ろうとして桜鬼を遮るように地面から何かが飛び出してきた。咄嗟に後方に飛んだ為その何かからの攻撃を食らうことはなかった。

「あっぶね!なんだ一体!?」

土煙から見えたシルエットで、それが異質なものであると桜鬼は直感で理解した。

顔はどこかで見覚えがあったがよく分からない。異様にギラついた目玉に、耳は左右でサイズが違う。口はさらに頬に一つ増えているようだ。。

腕はさらに増え、1本は肩から、もう一本は片胸から生えている。

足も一対多い。1本は正面の腰、もう一本は膝から伸び、地面を探るようにゴソゴソと動いている。

そして全身にはヒビが入っている。歩く度にガシャ、パリパリ、と割れたガラスをふむ音が響いた。

グロテスクなその何かはロームの方へと声をかけた。

「「お姉…さん…」」

首を壊れた人形のように震わせながらそれはロームの方へと向き、首を傾げた。

「まさか…マグちゃん…!?死んじゃったんじゃなくて魂そのものの変質……?それにしても変わり過ぎててわかんなかった…」

その人物はゼツに破壊されかけたマグラだった。

だがグロテスクな風貌と、ボロボロの衣服にその面影は無い。髪もボサボサだ。

ガクガクと笑いながらロームに歩みよる。異様な光景にゼツも桜鬼も固まってしまう。

「「僕僕ぼく…ぼくた、たち、ここんな、に、きれ、きれ、嫌い、好き、キレイにな、な、った、よ?」」

マグラであろうその肉塊は生えた脚をうぞうぞと動かしてロームに近寄り、片膝を立てて跪いた。

「「褒め、て…くれ、る?」」

「そう…そこに、ドグちゃんも一緒にいるのね?混ざって溶けて、いよいよ一緒になれたのね?」

優しい眼差しを二人に向け、頬を撫でてやりながらロームは語りかけた。

その言葉にマグラはふるふると異様な首を振って答えた。

「「ド、ドド、グラいなく、なちゃ、なっちゃっ、た。、愛、あいつ、会いつに、食われた」」

「大丈夫、あの子もあなたの中にいるから。魂を食べてないということは血を飲んだのね?」

「「う、ん」」

「血は魂の一部。仮に大部分を失っても最後に血液さえ残ってれば、そこにドグちゃんはいるの。食べ残しみたいな感じだけどね。」

トン、と鎖骨の間をロームは指さした。

「今起こしてあげるからね。」

そしてそっと襖を開けるように胸を開く仕草をすると、はだけた右肩の肉がぐわっと開き、藍色の半球状の宝石が覗いた。周囲には筋繊維が伸びてまとわりついている。

桜鬼が藤から力を受け継いだ際に現れた紅色の宝石と色こそ違うが同じものだ。

「これでどう?」

「「あ、あ、あった、かい。漢じ、感じる。ドグラ、が、いる」」

それに答えるかのように、マグラの宝石の筋繊維が動く。

「さぁ、行っておいで。私はあなたの可愛い片割れを食べちゃったあいつを。」

そして憎悪を目に宿らせながらロームは笑った。

「殺してくるから。」

「「うん。あい、つ、美味しかった、から、また食べても、いい?」」

「えぇ良いとも。後で私にもちょうだいね。」

そしてそれぞれ対峙する。

「リベンジマッチに来るとは執念深いヤツだな。おい、山の時や昨日の夜よりやべーぞ。お前一人で大丈夫か?」

「丁度いいだろ、もう同じことにゃならない…気がするし。肩慣らしだ!」

ゼツとローム。桜鬼と変異ドグラ。

相手は既に決まっている。

今再び死闘の幕が切って落とされた。



「先手必勝ォーー!」

桜鬼は棍棒を振り上げて飛びかかった。

が、マグラは跳躍し、器用に腕を使って木々を飛びうつってすぐに視界から消えてしまう。

「早っ…猿みてえな野郎だな!おい!出てこい!」

答えは背中への衝撃で帰ってきた。ものすごい体重で地面に叩きつけられる。

咄嗟に仰向けになるが、予想以上に移動が早く、背中から飛び上がった影を目で追うのがやっとだ。

だが仰向けになったおかげで次の攻撃は予測できた。踏み潰そうとして来たのをかわし、棍棒で足を払い、すぐさまに立ち上がりゴルフのように棍棒を構えて振るった。マグラは地面を抉りながら吹っ飛んで行く。

「はっ!どうだ!ちっとは効いたか?あん?」

ゆっくりとマグラは立ち上がると、叩かれた衝撃でくの字に折れた体を眺めると不気味な笑みを浮かべた。

「化け物め…余分な腕も足も吹っ飛ばしてまた綺麗にしてやる!」

棍棒をぐるぐると回し突入する。

突如マグラは二つの口を開けると、そこから教会の鐘の音が響いた。思わず足を止め桜鬼は耳を塞いだ。

音量が大きいわけでは決してないが、とても不快に体に響く。少しの間は耐えられたが、ついに吐き気と悪寒、震えを感じて膝を着いてしまった。

はっと顔を上げるとマグラがそこまで来ていた。肩と胸から生えた手で自由を封じられる。そして凄まじい怪力で桜鬼を持ち上げると通常の位置の腕を胴体に巻き付けギリギリと締め上げる。足で抵抗するも密着しているため効果は薄い、桜鬼は堪らず叫んだ。

「「ど、どう?くく、く、るしい?」」

ケタケタと笑いながらマグラが聞いてくるがそれどころでは無い。一言喋る度に響く鐘の音が桜鬼を苦しめる。至近距離であるため効果は先よりも強い。

そして口を開けると

「「いた、だきま、す」」

そして頬の口で首筋、普通の口で桜鬼の頬に噛み付き、肉を食いちぎる。血が空中に迸る。

「うああああーーーッ!!」

「「やっ、やっぱぱり、おい、しい、ね。おにいさ、ん」」

血をぬぐい取る事無く笑う。ゾッと怖気を感じた。

自らの口に着いた血を舐め取り、さらに桜鬼の傷口から溢れる血も啜った。唾液が傷口に染み、痛みを誘う。腕にも噛みつき、肉が剥がれる。このままで喰らい尽くされてしまう。

「クソッタレッ!」

桜鬼が力を込めると胸の宝石が輝いた。炎が傷口を覆い、消えた時には応急処置が施されたようになった。そのまま宝石から炎が溢れ出し、桜鬼を貪らんとするマグラの顔を焼いた。

「「あづ、あづ、い!!やめ、ろ!!」」

堪らず桜鬼を離し、顔の炎を払う。

「好き嫌いしねーのはいい事だけど、悪食がすぎるぜ」

「「おと、な、し、く食われ、ろ」」

「お前こそ大人しくそこらの草でも食ってろ、肉ばっかじゃ栄養偏るぜ。」

マグラは中身まで変質してしまったのか、楽しげな子供のようだった様子は狂気に彩られている。

「「動、けなくし、てやる」」

するとマグラの肩に現れた藍色の宝石が輝き出す。

突如、湿地帯の水が桜鬼の足にまとわりつく。それだけではなく、まるで強力な糊のような粘度で身動きが取れなくなってしまった。

「っべ…!つかアイツも変な能力使えんのかよ!」

「「お前を、おま、お前食いた、い。ド、グラ、も待ってる。」」

足を必死に動かすが動かせば動かすほど粘液は自由と体力を奪っていく。

粘液が膝上にまで上がってきた。さらに地面から鍾乳石のように液体は這い上がり、腕も拘束してしまった。

「「ようや、や、や、く動かな、くなっ、た」」

両手を叩きながら近づいてくる。異形の形と相まって圧迫感と恐怖が沸き起こってくる。

──今度こそ食われる──

そう思った時、突如突風が巻き起こった。

マグラは腕でカバーしたが、次第に風は強くなる。やがて耐えきれずふわりと両足は地を離れた。後方に吹き飛ばされ、派手に倒れる。桜鬼の足にまとわりついていた粘性の液体も剥がれた。

「助かった…!けど一体…?」

自由になった手足の緊張を解きながら振り返る。

そこには、見覚えのある青いマントをきた男がいる。

「お前…!」

「一度は結んだ縁。運命のめぐり合わせにより再度の助けとなろう。」

金色の風を振り払って騎士が姿を現す。風は剣に集約し、そよ風を巻き起こす。

「騎士フォウル。友の危機に再び馳せ参じた。」

風を振り払い、剣先を敵に向け、騎士フォウルが立ちはだかった。








一方。ゼツは中空に浮きながらロームと並行に移動している。ロームは触手を上手く使い、木々の合間を縫って進んでいく。

暫く進み、ピタリと止まる。

「焦れったいのすげー嫌いなんだけどさ」

嫌な態度を隠そうともせずゼツが言葉を投げかけた。ロームも立ち止まりじっとゼツを見た。

「何考えてっか知らねーけど言いてえ事あんならとっとと切り出せや。どうせあー言っても俺を殺す気なんて無いんだろ。殺気皆無じゃねーか。」

そして触手をしまい、自らの足でゼツへと歩み寄り、信じられない言葉を口にした。

「ねぇ…私と取引しない?」

目を見開いてゼツが見返す。一言一言言い聞かせるように口をはっきり、しかしゆっくりと言葉を繋いでいく。

「私と、一緒に、来て欲しいんだけど。あの子より、ずっとあなたを相手にしている方が面白そうだし、あの子の世界を滅ぼした暁にはあなたの願いを一つだけ叶えてあげる。──どう?」

ゼツは目を見開くと息を吸い込んだ。


そして──


ロームの首を片手でがっしりと掴む。

「去れ。」

締め上げながら命令する。ロームの体が薄くなり、留まるのも辛そうに顔をしかめた。

「よりによって俺を選ぶところがナンセンスだな。悪魔が簡単に食える相手を主に付き従うってことはなにか理由があるって普通は考える…よなァ!」

「くっ…こいつ……!」

しかしロームも負けじと掴まれている手を握るとたちまち黒い影がゼツの腕を駆け上がっていく、がゼツは少しも力を緩めようともしない。

「あなた…自分もろとも……!」

「悪いが契約には逆らえなくてな。それにアイツといるのも案外退屈しない。迷惑は多々こうむるが、まぁ許容範囲内だしなァ。ここで俺が消えたらそれまで、ってことよ!」

影に食われまいと自らの体を悪魔本来の姿に変えていく。影は肘手前あたりで進めなくなった。

「ちっ……くしょー!」

触手を展開しゼツを弾く。格闘性能に乏しいゆえ防御もできず弾かれてしまうが何とか4本の折れた翼を使って中空で体制を整える。

「汚ぇ本性隠して私が全て、みてぇなツラしやがって。そういうおこがましいヤツも腹立つんだよな。」

「本気で私を怒らせたね。どうなっても知らないから。」

ゼツも覚悟を決める。

そして薄暗闇のなか、もうひとつの勝負が始まる──






To be continue...

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