第9話-What a bloody hell-

悪魔として本来の姿を表したゼツ。いつものように宙に浮くことは無く、地に足をつけてドグラ・マグラの二人と対峙している。

先に動いたのはドグラとマグラだった。

組み合った二人が片膝を立てて跪く。すると足元から光の帯がスルスルと伸び、辺りをおおっていく。また幻術を展開するつもりらしい。

が、それを見てゼツが

「失せろ。」

と唱えると額にもうひとつの目玉が現れた。両の目とは違い緑に輝いている。

サードアイ。真実の瞳と呼ばれるそれは、辺りに広がるドグラとマグラの幻覚を吹き飛ばし、元の湿地帯が再び広がった。

月は完全に紅くなり、ゼツの支配下へと置かれる。自らのフィールドを引き剥がされた二人は驚きの表情を浮かべ、信じられないと当たりを見渡す。

「下がれ」

ゼツが唱えるとマグラが吹き飛んだ。

「マグラ!」

初めてドグラが焦りの表情を見せる。

ゼツはそこを見逃さなかった。翼をはためかせ加速するとドグラの眼前にたち、両腕を自らの両腕で抑え、左右にピンとのばし拘束する。ドグラは蹴りつけてもがくが、細い足では効果はない。

ゼツは顔を近づけ言霊を重ねた。

「へき開を晒せ」

サードアイを光らせてドグラを、その魂の中を覗いた。そして何かを見つけると、

「砕け散れ」

と唱えた。

すると、まるでガラスにヒビが入るようにドグラの腹部を中心として全身に割れ目が入った。

ゼツは両手を話すと、ガシャ、と音を立ててドグラは地面に倒れた。ピクピクと体を痙攣させ、マグラの方を向こうとしたが首が動かない。

「マ、グラ、…わ、け、わかん、わかん、な、なない、な、にな、に、こい、つ」

「っかー、前ならバラバラに出来たんだがな。暫く使わなかったから、まだ力も完全じゃねーわ。アイツといるうちに俺も平和ボケとか、いよいよヤキが回ったか。」

そしてしゃがみこんでドグラの頭を鷲掴みにし、

「したら俺も食事の時間だ。…ついでにアイツも返してもらうからな。」

そういうと強引に口をつけ、舌でドグラの口をこじ開けた。蛇の舌のように口内、喉、食道を下る。肺や神経系にまで神経をとがらせ、舌先で桜鬼の魂を探していく。体を探られ、犯される度にドグラの身体が跳ね、痙攣する。抵抗したいが、既に魂を壊されかかっているドグラにそれは適わない。

やがて舌先で桜鬼の魂を確保したのを確認すると、ゼツは自身の中に一度飲み下した。そしてそのままドグラの全てを吸い込んでいく。残った力でゼツをひきはがそうと反射的に腕を掴んだが一瞬でぐたりと地面に両腕が垂れる。十秒程の出来事だった。

「あの女の手下にしちゃ味は上等じゃねーか。余程色んな奴食ったらしいな。お前ら。」

口を拭ってゼツは立ち上がり、マグラに歩みよる。

飛ばされた衝撃で足を挫いたらしく、マグラは後ずさりしながらゼツを睨みつけた。

「そんなに力が強いと思わなかったのに…!隠してたな…!」

「たりめーだ。切り札は隠してこそのジョーカーよ。暫く本性隠してたからだいぶ弱くなったと思うけど。」

口の端を吊り上げてゼツが笑う。

「まァ美味かったよ。おめェの相方。」

「許さない…!お前よくも…私の…私の…!」

そういうと後ずさりした姿勢で再び幻覚を展開する。しかしまたそれか、と言った感じでゼツはため息をついた。

「飽きたって言わなかったか。もう面倒だからこのまま行くか。」

そしてそのまま頭を掴むと

「砕け散れ」

と再度唱えた。マグラは必死に抵抗する。顔に、腕に、足に、細かいヒビが入っていく。

「抵抗しても無駄だ」

再度の暗示。魂への確実な言霊は直接かつ至近距離で最大威力で放たれた。

「ア゛ッ゛!」

抵抗はむなしくマグラもドグラと同じように全身にヒビを入れられてしまった。

動けないのを確認してゼツは再びしゃがみこむ。

「お前らがどこに貯蓄してっかは把握した。体の構造なんて大体一緒だろ。」

そして手をぐわっと開いた。

「相方は美味かったがテメェは不味そうだからそのまま死ね。」

そしてひび割れた身体の下腹部辺りへと開いた手を思い切り突き刺した。ガラスの割れる音が響いた。

マグラが絶叫し、身体が仰向けのまま跳ねる。桜鬼の魂を探して手を動かす度に体はパリパリと音をたて、その度にマグラは叫び、身をよじる。

「お前らがバケモンじゃなきゃ多少はいい眺めなんだけど」

ズボッ、と手が引き抜かれた。手のひらには桜鬼の魂と思しき人魂が弱々しく揺らめいていた。ドシャ、と音を立ててマグラも地面にころがった。

「バケモンってのは見た目じゃなくて中身が汚えからな。そんなのに欲情もへったくれもねえわな。」

そして自らの腹に空いた方の手を突っ込むとぐちゃりと音を立ててドグラから奪い返した魂を取り出すと人魂を粘土のようにこね、ひとつにした。それを眺めながらつぶやく。

「だいぶ消化されてっけど大丈夫かな。肉体が強ければそうそう死ぬことは無いだろ…衰弱は免れないかもしれねえ。…ホントに」

ため息を着くと桜鬼のそばに歩み寄る。その姿はいつものゼツに戻り、角も見えなくなる。

「とことん世話のやけるやつだ」

普段通りに戻ったゼツは桜鬼を肩に担ぐと、自分の足で大地を踏み締め、惨劇の起こった湿地を後にした。





「さて、と」

ドグラ・マグラとの戦闘を終え、かなり離れた場所にゼツは桜鬼の体を横たえた。宝石はその命が尽きかけているからか、鮮やかな赤色からほぼ黒一色になっている。ゼツの手には人魂がまだ揺らめいている。

「このままだとマジに飛んでいっちまいそうだし早く済ませっか」

そう言うと人魂を桜鬼の口に、水を飲ませるように両手で流し込んだ。主の体にするりと入っていった。

(上手くいったか……?)

そのまま時間が流れた。10秒、30秒……1分、5分。

そして10分待ったが桜鬼の体はピクリともしない。

「クソ、間に合わなかったのか……流石に遅すぎた……」

ゼツがガックリと頭を垂れたその時。

「…あ?」

ゼツは黒くなってしまっていた胸元の宝石が再び色づいているのに気がついた。

藤から継いだ力の根源、不死の炎。生きる力。

魂という火種が体に僅かでも戻ったことにより、赤い宝石が再び色を放つ。

「あの女…今は感謝してやる。ダメもとでやって見るか。上手くいけよ…」

ゼツは口周りを舐めて湿らすと、口をすぼめて息を吹いた。

焚き火に勢いをつけるように風を送る。悪魔である自らが蓄えた生命を、その息吹きにのせて桜鬼に吹き込む。

何度か繰り返し、宝石が完全に元の色を取り戻した。そして───


バチッと目を開けて桜鬼が蘇生した。

勢いよく体を起こして辺りを見渡す。

「…俺…どうして…」

「っぶねー、ダメかと思ったじゃねぇか。心配させやがって。」

ゼツが珍しく笑い、桜鬼の頭をワシワシと撫でた。

「俺…なんかすげーよくわかんないところにいて…色々怖いのが来て、目の前が真っ暗になって……その後……その後……」

「今は考えるな。危うくあの世に飛んでいくところだったんだ。もう明け方近いと思うがちゃんと寝とけ。」

去っていくゼツの背中には羽が突き出た穴がそのままになっていたが。

「ゼツが助けてくれたのか?」

「そういう事にしといて。」

「……ずっと聞きたかったんだけどさ、どうしてゼツって、ずっと俺に手を貸してくれるの?こんな所まで、村を出てから色々あったけど、なんで着いてきてくれるんだ?」

振り返らずゼツは考え込み、そして──

「昔っからの約束。俺がしてきたことの贖罪、ってところか」

「約束…贖罪……」

「難しく考えるな。魂が食われかかったんだ。今は休んだ方がいい。」

そう言ってゼツは木の上に消えた。桜鬼も体の底から疲れがどっと滲み出てくるのを感じた。

「あぁ…そう……す……」

そしてすぐに目の前が暗くなり、意識が闇の中に沈んで行った。

















ゼツが去って暫く。

意識を取り戻した双子の片割れが目を覚ました。

「…ドグラ」

ひび割れた体を引きずり、なんとかマグラは相方にすり寄る。ゼツによって魂は完全に体から剥離され、もうドグラは抜け殻になってしまった。自分と同じくヒビが入ったドグラの体をなぞりながら呟く。

「…本、当にき、れいになっ、ちゃったん、だね」

ぽろぽろと静かな涙を流した。頬をつたうが、直ぐに消えてしまった。

「頂きます」

そういうとマグラは相方の破片をひとつずつ、口に含み、飲み込んでいった。


木陰だけが冷たく、消えゆく一人と、食べる一人を見守っていた。


To be continue…

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