第5話 -不死の山へ-

ロームという女の襲撃から一晩。

ねぐらにしていた木の上で二人は目を覚ました。

「よく寝れたか?」

「…起きてたんだ。ひょっとしてずっと見張っててくれた感じ?」

「たりめーだろ。あんなことあったばっかで油断して寝れるか。」

ゼツは首を鳴らして気だるげに答えた。

「まぁ元々夜が活動時間だし、そんな寝なくても持つから。気にすんな。」

「ホントそういうとこありがてーわ。着いてきてくんなかったら今頃どうなってたかわかんないし。」

「ま、今更一人で行かせるのもな。」

二人は寝床の木から飛び降りた。肩を並べて眼前に広がる山の裾野に目をやる。

昨晩のことを思うと不安が広がるが、今は気にしていてもしょうがない。少なくともナレフを信じて進む他はない。

「行くか。」

「おう!メスの首…取りに行こうぜ!」

「メスじゃなくて馬頭、な。」

いつもの軽いやり取りが、不思議と桜鬼には心地よかった。



そして数時間後。裾野はとうに後ろになり、二人は岩の谷間を登るように進んでいた。

ゼツは浮いているから余裕そうではあるが、桜鬼は岩に手を痛めて登りながら額に大量の汗をかいている。さすがに限界なのかゼツに向かって叫ぶ。

「ゼツ!ゼツ…!ちと休憩…!!」

「まだ三分の一も来てねぇぞ。んなとこでへばってると日が暮れちまう。」

「だッからおめーは浮いてるから楽なんだろって!!んな足場の悪いとこ進みまくって足痛てーわ!頼むから少し休ませてくれ…」

「しゃーねーな。って言ってもこんな岩ばっかのとこでどっか休めるところなんて…」

山は中腹に差し掛かる手前のようだ。木々は一本もなく、火山灰であろう砂がつもりっている。裾野よりも不毛な大地だった。

「少し登ったところに平地がある。多分休める場もあるだろうしそこまで行くか。」

「あ、あとどれくらい…?」

「ざっと500メートルぐらいか。ほーれファイト、ファイトー。」

「尺で…何尺かで教えて…」

煽るゼツを眼前に、這う這うの体で桜鬼は後に続いた。

さらに三十分ほどかけてようやく目的の平地に出る。平地の少し奥に岩場で作られた洞窟が見える。

そこに二人は腰を下ろし、昼食を摂ることにした。

「へぇ…へぇ…ついた…」

「おつかれい。ほれ、水。少し休んでまた例の女とやらを探すぞ。」

水筒の水をがぶがふと飲み、一息つくとようやくリラックス出来た。

「しかしあのフォウルってやつが教えてくれた女ってのが見当たらないな。この辺じゃないのかな?」

「さぁな。山をぐるっと回らないと見つからないのかもしれねぇ。簡単に見つかるとは思わない方がいいと思うぜ。」

干し肉を無理やり食いちぎりながらゼツが言う。

「だな。焦りは禁物、心は熱く、そして冷静に!そうすりゃどうにかなんだろ!な!お前もそう思うだろ!」

桜鬼は隣を見やる。ゼツが座る方と反対側には、トカゲの顔がでん、と横にあった。

「うおおおおおおおお!!誰だお前ェーッ!」

「あああああああああああ!!!」

「シャァァァァァァァァァッ!!」

桜鬼とゼツは急いで狭い洞窟から抜け出した。後を追ってトカゲおとこもでてきた。

そいつはトカゲがそのまま二足歩行になったような姿で、皮でできた鎧を纏っている。桜鬼の隣にいたやつだけではなく、奥にいたのかわらわらと出てくる。

どうやら彼らの住処だったらしい。

外に出ると桜鬼とゼツを囲んで威嚇してくる。

「びっっっっっくりした…コイツらの住処に無断侵入したらしいな…」

「な。だいぶおこだけどどーする?」

「ちょうどいいや、腹減ってきたとこだし、皮はいで肉を少し貰うぞ!」

「お前も中々変なモン食おうとするよな…」

先陣を切ったのは桜鬼だった。棍棒を高く掲げると、棒高跳びのように棍棒を利用して高く飛ぶ。

「らっしゃぁぁぁぁーーー!!!」

そしてそのまま勢いよく地面に叩きつける。

地面にヒビが入り、揺れる。体制を崩したところを逃さない。

「オラオラオラァッシャーー!!」

棍棒を上下左右に薙ぎ払うようにして群れを蹴散らしていく。その様子を見ながらゼツが地面に降り立つ。

「まぁ野蛮なヤツ。こっちはこっちでスマートにやらせてもらうか。」

そして一団に怯むことなく歩み寄る。

「下がれ」

命令すると一団が吹っ飛び、数メートルの輪がゼツの周りに出来上がる。それでもリーダー格のトカゲ兵士が立ち上がって向かってくる。

「去れ、肉も残らず。」

その瞬間、トカゲ兵士の肉も皮も吹き飛び、骨だけが状況を理解してないかのように立ちすくんでいる。ふっ、と息を吐いて桜鬼の方に顔を向けた。

「よう、桜鬼。手ぇ貸そうか?」

ゼツが桜鬼に問いかける、が─

「後ろ!まだ動いてる!」

「は!?」

ゼツが振り返ると骨だけになったはずのトカゲ兵士が手に持っている刀を振るう直前だった。

「どういう…!」

とっさに回転しながら後方に下がる。

「魔術の重ねがけか…!骨になってまでたァ趣味悪ぃな…!」

避け損なって切りつけられた頬から血が流れる。

「ゼツ…!」

「気ぃ抜くな!どんどん湧いて…くるッ!」

先まで言霊で倒したと思っていたトカゲ兵士達の骸骨が次々と立ち上がり、再度2人に襲いかかる。

骸骨も生きているトカゲ兵士もごっちゃになり、さすがに押され始める。勢いよく棍棒を奮ってもその向こうからまた押してくる。

「これ以上は…!」

肩に疲労を感じ、膝を着いてしまった瞬間、頭上からさらにトカゲ兵士が降ってきた。カーブした刀が首筋に迫る。

(避けきれない…!)

その時、轟音が轟き、二人の頭上から炎が渦を巻いて舞い降りた。

「やっべ!!ゼツ!」

「うわぉおぉ!!!」

二人は立ち上がったばかりの渦の壁に向かって、すんでのところで後方に飛び、顔から地面に着地した。すぐに後ろを振り返る。

二人のいた場所は炎の渦が大きく猛り、トカゲ人間を巻いあげている。焼かれ、振り回され、彼方に飛んでいく。渦の外でも風が舞い上がり、二人は飛ばされそうな体を必死に地面にくっつけ飛ばされまいと踏ん張る。

「おぉ…派手…」

「バカ、見とれてる場合か、吹き飛ばされるぞ!」

やがて風は止んだ。渦があった場所には一人の女性が虚空を見上げて立っていた。




銀の髪を肩まで下ろし、まとめるでもなく流していた。赤い羽織をつけ、青いシンプルなズボンを履いている。サイズは彼女には少し大きい。

「あなた達、何者?」

女性は背中越しに半分だけ顔をこちらに向け、凛とした声で問いかけた。

表情こそ見えないが警戒しているようだ。

「助けてくれたのか?サンキュ、俺は桜鬼!こっちはゼツ。俺たち、この山に眠るっていうお宝の…首?を探しに来たんだけど、アンタ名前は?」

「…藤 紅(ふじくれない)。フジでもクレナイでも、好きに覚えといて。」

そういうと藤と名乗るその女性は、桜鬼の質問に答えることも無く踵を返すと元来た方へと歩き出した。

「ちょいちょいちょい!待ってって!」

桜鬼が言葉をかけるも藤は振り向くことなく去ろうとする。駆け出して後ろにつく。

「な、あんたも怪物に悩まされてるのか?俺達もそうでさ、こうなった原因を叩き潰すために今、旅してんだ!俺の大事な人を守るためにな、良かったら力を貸してほしいんだけど、どう?一緒に来て、力を貸してくれないか?」

「嫌。」

「そっか!それなら…は?」

「嫌。別に私は困ってなんかないしこの山で暮らして行ければそれで十分。離れる気もないから。あと助けた訳じゃないから勘違いもしないで。」

「え、じゃあなんで…?」

「あなた達巻き込んで焼き尽くしてやっても良かったんだけど。大怪我負わずに済んだのはたまたまよ。」

藤は桜鬼に向き直った。一瞬目が合ったがすぐにフイと横を向かれてしまう。

「この山に入り、私たちに害をなすものなら何人たりとも例外なく焼き尽くす。それが私の仕事。特に後ろの黒いの。」

そう言ってゼツをチラリとみやる。

「黒いのって…俺?」

「そ。あんたは特に臭い。近寄らないで。なんでこの子と一緒にいるのかわかんないくらい汚い。うちの子たちに害になると困るから、私たちのところに近寄らないで。」

「ンだテメェ、俺はこう見えてキレイ好きなんだよ!黙って言わせてりゃ勝手に…女だからって俺は甘くは…」

「ま、ま、待てって二人とも!喧嘩は良くねえって!」

火花が飛びそうな空気の二人の間に挟まれる形で桜鬼が仲介する。

ふと、桜鬼の手が藤の羽織の下の、何か硬いものに触れた。それに気がついたのか、

「…ッ!触んないで!」

「お?」

顔を上げたら強烈なビンタが顔面に飛んできた。不意の攻撃によろめき、ゼツとともにもんどりうって倒れた。

藤がキッ、と二人を見る。

「とにかく、宝だか首だかが欲しいんなら勝手に持っていけばいい。私たちの生活を乱すような事だけはしないで。」

そう言うとさっきよりも早い速度でつかつかと去ってしまった。

「とんでもねぇ女だな、こういう山にいると性格まで歪むのかよ…おい重いだろうが、はよどけ。」

桜鬼を突き飛ばしゼツが起き上がる。同じ色で目立たないが、気になるのか服に着いた火山灰を払う。

「いや、なにか訳があるんだろ。今の俺たちじゃ簡単に踏み入れらんない事情が、さ。」

ビンタされた頬をさすり桜鬼が立ち上がる。桜鬼のはなった言葉にゼツが嫌そうな顔をした。

「今のってお前…また出たよ悪い癖。お前ホントに学習しねーっつーかなんつーか…」

「あの人、多分根はいい人だ。館の時だって手がかりが貰えたろ。今回は明確に首を手に入れるっつー理由があるし、助っ人が多いにこしたないだろ?」

「だからってあんな女に頭下げて、お願いします助けてくださいって言えってか?初っ端からあんなこと言ってくるやつとの行動なんてこっちから願い下げだ。」

「いや、そこをさぁ…ゼツ…」

「そんな目で見ようが、あの女を味方にするなら俺は今度はゴメンだから。お前一人で何とかしろ。またついて行っておもちゃみてーになるのはゴメンだから、な。」

「え?そんな…ってねえ!ホントに来てくれないの?おーい!」

彼の言葉に耳を貸すことはなく、あっという間にゼツは山腹の向こうに行ってしまった。

「…と、とりあえずあの人追うかな…藤…って言ったっけ…ゼツにはああ言ったけど話聞いてくれるかな…」

不安げな表情のまま、とぼとぼと歩き出した。



暫くは柔らかな火山灰に残った藤の足跡を追っていたが、とある場所から急にぷつりと足跡は途絶えていた。どうやら先程の炎を扱う能力で跳躍、もしくは飛翔したようだった。

「飛ぶとかってこともできるのかな…炎って案外便利なのな。どれどれ…」

そう言って桜鬼は角に神経を集中させた。彼の角は風の流れを読むことができる、「触角」というに相応しい能力が備わっている。最も、大雑把な流れしか読めない上に、長時間の集中は体力を使うのでこういった時にしか使わないと彼も決めている。

それでも辛うじて飛んだ際に生まれたであろう気流の歪みを見つけた。

「んんん…これをたどって行くしかないか。ゼツがいれば色んな便利能力で助けてもらえるんだけど…なんだかんだ言って便利道具みたいに色々できるからなアイツ…」

そして風の流れをたどって山道を登った。道はかなり険しく、休みを挟みながら丸一日登った。そして日も暮れかかってようやく、空気が薄い山頂の近くに足跡をまた見つけた。どうやら洞窟に入っていったようだ。桜鬼たちが休憩に使ったものとは比べ物にならないほど大きい。

見つからないようにそろそろと中にはいる。中は入り組んでおらず、ただただまっすぐ進んでいく。

「それとこれとは別。今はもうこれ以上捧げるものは無い。頼むからもう手を引いて。」

突如として聞こえた声に反応し、岩陰にサッと身を隠した。藤の声で間違いない。

奥から何かが蠢き、答える。

「麓の村はもう焼けてしまって人間などいない、生贄はこれ以上出せない!」

藤の言葉に洞窟の奥の何者かがまた呻くように答える。もっと近寄って聞きたいがここからではこれ以上近寄ると追跡がバレてしまう。

「あの子たちはまだ幼い、そういう訳には…!」

突如、巨大な獣の咆哮が聞こえ、突風が吹いた。藤が腕で顔を覆い、隠れていた桜鬼も堪らず耳を塞ぐ。

「待ちなさい!蛇炎(だえん)!!…蛇炎!!」

藤が洞窟の奥に呼びかけるが答えは帰って来なかった。もどかしそうな表情をすると、諦めて元来た方へ帰って行った。

そろり、そろりと奥へ進む。一体何がいるのだろうか?

「一体何がいるんだ…?あんだけ大きい声が出るって言うことは相当大きいよう…な…」

ふと後ろを見ると巨大な目がぎろりとこちらをみている。

全身から冷や汗が吹き出る。

(なんで村から出てからこんなのばっかなのかな)

館の赤ん坊と目が合った時をいやでも思い出す。

暫く硬直していたが目玉が動いた途端に感情が爆発、急いで洞窟から這い出た。荒い息をついて直立に戻る。

「あんなのがいるんじゃダメだ、やっぱりあの藤って人に協力をお願いしよう。」

後ろを振り返るが、目玉の主が追ってくる様子はない。

「とりあえずはどこに行ったか、だけど…多分どこかに拠点があるはず。私たちって言ってたしひとりじゃないだろうし。…はァまた下るのか、めんどくせーなー!」

火山灰でおおわれた道を、桜鬼の姿が滑るようにして消えていった。

暫く下ると、裾野に近い場所に出た。道中は桜鬼達が登ったところと違い、岩も少なく降りやすかった。

すると裾野の、この山には珍しい、比較的緑の豊な場所にポツンと小屋が建っているのが見えた。細い川も小屋の前に流れている。砂漠の中にあるというオアシス、といったところだろうか。

「多分アレだな。…もう夜遅いし寝てるだろうな。一旦引こう。」

そして当たりを見回して、今夜の自分のねぐらをどうするか考え始めた。

「人が住めるとなれば…あの川の水源もあるだろうし、あそこからちょっと離れたところを仮拠点にしようか。」

少し登ったところには山から染み出た水場と、昔に生えていたであろう木々の残骸を見つけた。

藤の家の近くであったここを仮設の拠点として、簡単な小屋を作った。

「これでよし。明日から行動開始だぁ〜…ねみぃ…」

さんざん移動してきた疲れが体を襲い、眠気を感じ横になると静かに寝息を立てた。

楽しい夢を見た気がした。




翌朝。

木の上とは違って柔らかい砂地で寝たことにより爽やかな目覚めだった。天気は相変わらずくもっていたが桜鬼の頭はすっかり晴れたようになっていた。

「よく寝た…」

ぼーっとする頭を起こすために水源の水で顔を洗うと、身が引き締まり視界が鮮明になった。

「手土産も用意したし、あ、あとこれも。よし、上手くいくといいんですけど!」

スリスリと両手を合わせて、意気揚々と藤の家へと歩を進めた。

しばらく行くと、外で何か作業をしていた藤が見えた。桜鬼を見つけると誰だか分からない、といった様子でじっとこちらを見たが、桜鬼であると気がつくと驚いた様子で睨みつけた。

「あんた、なんでここが…!」

藤は咄嗟に身構えたが、桜鬼は慌てて両手を上げて

危害を加えるつもりは無い、という意思を示す。

「待ってって!特に喧嘩売りに来たとか、そういうんじゃないから!な、ゼツも…あの黒いのもいないから!落ち着いて話し合おう、な?」

「私達の回りに来るな、って警告はした。無視したやつに慈悲は無い。消えて。」

そのまま手のひらをこちらに向け攻撃しよう──としてふとハッとした表情で藤の敵意が一瞬止まる。

不思議に思い辺りを見回すと、桜鬼の足元に二、三人の男の子が集まっている。

「この人、だぁれ?」

「いつの間に…!」

チャンスとばかりに子供に目線を合わせ、語りかける。

「俺は桜鬼!このお姉ちゃんの友達だ!」

「お姉ちゃんの、知り合い?」

キョトンとした瞳で藤を見やる。一方の藤は酷く狼狽している。

「本当?」

「や、アタシは別に…」

「お姉ちゃんからボクちゃん達のことは聞いてきてるよ、ほら!一緒に遊ぼうと思ってこれ、持ってきたんだ。」

そう言って荷物にあった蹴まりを取り出して自らの足で軽く遊ぶ。退屈しのぎにと荷物に入れていたものだが意外なところで役立った。

普段娯楽が少ないのか、子供たちは興味津々にこちらを見ている。

「ダメよ、簡単に他人を信頼しちゃ。何されるかわかったものじゃ…」

藤が言い切る前に桜鬼は走り出した。子供たちはというとうずうずした様子で数歩前に出たが、やがて嬌声を上げながら後に続いた。

「ちょちょ、ちょっと…!」

こんな山に住んでいてもやはり子供は子供。強い興味を引かれたものに抗うことは叶わず、楽しげな声を上げている。

藤はじっとその様子をただただ見つめていた。

日も暮れて子供たちが疲れた頃合に、ようやくお開きとなった。

手を振る子供を先に返し、ムスッとして腰掛けている藤に桜鬼は問いかけた。

「藤、また明日も…子供たちと遊んでもいいか?」

「…馴れ馴れしく呼ばないで。」

桜鬼の言うことに答えはしなかったが、少し離れて独り言のように、

「…あの子たちのあんな顔…久しぶりに見た」

そう言うと小屋へと帰って行った。




翌日。

「よう!藤!元気か?」

「…馴れ馴れしく呼ぶなって言うのに。」

「お兄ちゃん!今日は何持ってきてくれたの?」

「今日はな、ご飯もちょっと持ってきたんだ、俺の村の皆がくれたやつ!それと〜…ジャン!今日はあやとり〜。」

「え〜、それならお姉ちゃんもできるよ。もっとなにかないの?」

「え、藤もできるのか!じゃ一緒に遊ぶか?」

「私は別に…」

「久しぶりにお姉ちゃんの得意技見たい!見せて見せて!」

無邪気に袖を引く子供たちにどう対処していいか分からず、その日は藤も桜鬼たちと一緒に遊んだ。


さらに数日。連日にわたり食事を持参し、子供の面倒を見ていくうちに、藤もようやく警戒心を解いたようだった。

「よう!」

「…相変わらず元気そうね。子供たちならもうすぐ起きてくると思うから。」

桜鬼は仮拠点で取れた木の実を広げた。

「こんな実がなってたんだ…どこに寝泊まりしてるか分からないけどこんなの見た事ない…」

「昨日俺も食ってみたけど毒も無さそうだからさ、子供たちと一緒に食べなよ!」

「あんたなんでも食べちゃいそうだもんね。」

そう言って藤はフフっと口角を僅かに上げて笑った。


桜鬼の作戦はこうして毎日声をかけること。

一見無謀にも見えるこの作戦、しかしどんな相手とでも、自らが胸襟を開いて根気を持てば心を開いてくれるという、経験則からの確信があった。

…ぶっちゃけほぼ一か八か、というところではあったが。

見立ての通り藤は、最初こそやはり無愛想だったが、次第にぽつりぽつりと会話を交わすようになった。何より桜鬼の性格上、子供たちと仲良くなるのが早いことが上手く作用した。

子供たちが信頼を寄せ、藤が付き添いの元で遊びに来るようになると、いつの間にかこれまでの身の上話などをするようにまでなっていた。

ある程度距離が縮まったのを確信してから、桜鬼はゼツからの説明と、自分たちのこれまでを話した上で、藤たちの世界もひょっとしたら桜鬼たちの世界と混ざっているかも、と説明した。

「え?私たち知らないうちに他所の世界に来てたの?」

「うん。…ひょっとして気が付かなかった?」

「え、いや、まぁ…正直この裾野一帯と、焼けちゃったけど小さな村が私たちの全てだったから。裾野より外がが変わってるなー、くらいには思ってたけどそんなことになってたとは…」

「そうなのか…ともあれ、なんかヤベー奴のせいで俺たちの世界はめちゃくちゃ、藤みたいな他所の世界とか言うのとかとくっついちゃってるんだって。」

「それで何とかするために馬頭首を、ね…」

そこまで言ったところで誰かがこちらに駆け寄ってくるのが見えた。今まで見た子供たちより一回りかふた回りほど背丈があり、整った顔立ちをしている。

「お姉ちゃん!」

「お、どした。」

「昨日の仕掛けにイノシシがかかってる。私じゃ捌けないから後で捌いてくれない?」

「いいよ、じゃあ血抜きだけ済ませといて。そしたらあとはやるから。」

「分かった、お昼には一旦帰ってくる?」

「もちろん、ちょっとその後で別の仕掛け見てくるから。作り置きしたものでお昼は食べておいて。」

「わかった!…この人、ひょっとして?」

「俺は桜鬼!藤さんのお友達…でいい…よね?」

笑って藤が口添えをする。

「最近よく食べ物とかくれる人。子供たちの面倒も見てくれるから、とりあえず挨拶だけでもしといて。」

「あぁ、お姉ちゃんが話してた!はじめまして、鈴(スズ)です、よろしくお願いします。もう行かなきゃ行けないんですけど、今度遊びに来てくださいね!」

ぺこりと頭を下げると、すぐに家の方に向かって帰っていった。

「スズさん…!あれ滅茶苦茶美人なんですけど!マジで妹さん!?」

途端に藤が桜鬼の横面を張り倒した。

「アレとか言うな。あと妹を色目で見ないで。」

「…失礼しました…随分妹思いなんですね…」

「ちょっと病弱な子でね、本当ならあまり出歩いて欲しくはないんだけど、たまには陽の光を浴びておかないとそれはそれで体に悪いから。」

藤の妹の話はそれっきりで、その日はたわいない話をし、午後からはまたいつものように子供たちと遊んだりして一日が過ぎた。



ある夜、桜鬼は思い切って洞窟にいた巨大生物のことを聞いてみた。

盗み聞きした事を今更問い詰める気はないらしい。

少し迷ったような表情で藤は話し始めた。

「あの蛇は蛇炎。この山の主の蛇。だいぶ前からこの山に住み着いて、村の人たちを困らせてたの。」

「あれは…蛇だったのか。目玉だけでも相当な大きさだったな…」

「あなた、馬頭首を探してるって言ってたよね。目当てのものはアイツが持ってる。」

「…じゃあアイツとの喧嘩は避けられないんだな。何としてもぶっ倒さなきゃ。」

「喧嘩で済めばいいけどね。私も二回ほどやり合ったけど決着はつかず。子供たちを守るために、私の方が妥協せざるを得なかった。」

「守るって、まさか子供を食おうとしたのか!?」

「それもあるけど、あの村はあいつに生贄を捧げていた。それを続ければその子たちに危害は加えないって言うから、やむなく。」

「生…贄…」

「私が持ってってたのは、正確には村人の遺体だからちょっと違うけど。私がここに来た時、村は既に焼けて、あの子たちが辛うじて生きていたの。その時の遺体を持ってって見逃してもらってた。」

思わぬ発言に、桜鬼も咄嗟に言葉を繋げない。

「さっきもちょっと言ったけど、あの蛇は私が来るよりも前にここにいて、村人に餌となる人間を強要して困らせてたみたい。アイツ私にもそれを要求してきた。なんの返礼もしてくれない癖に、自分の力に任せて脅して、子供まで食らうって言ってきたからやむを得ず、ね。…と、また来た。少し揺れるよ。」

その時地響きがした。柔らかな地面に亀裂が走る。

「な、なんだ!?」

「アイツの腹の虫が悪い時はこうなるの。大丈夫、すぐ収まるから。」

そして上を見上げた。桜鬼もつられて見上げると火口からは噴煙が立ち上っている。しばらくすると揺れは収まり、亀裂の合間から硫黄の臭いがツンと鼻を突く。

「あれは私への警告。生贄を持ってこないとどうなるか、あぁやってたまに脅してくる。」

やがて噴煙は止まり、パラパラと火山灰が降り注いだ。

「今は村人の遺体で何とか間に合わしてたけど、もうそれも少なくなってきた。それが私がこの山を離れない理由。いい?人には立ち入られたくない領域が絶対にある。今の私は妹とあの子達だけが全て。私がここを離れたらあの子たちは数週間と生きていけない。外に出て安住の地があるという保証もないしね。」

さらに藤は続ける。

「少しでも約束が違えばこの子達はあの大蛇に食われる。外の人間の勝手であの子たちが犠牲になるのも避けたい。」

そして小屋に戻る身支度を済ませると立ち上がり、

「あなたの好意は嬉しいけど、現状から私たちはどうしようもない。村の人々の遺体ももう数がない。蛇炎を倒せば手っ取り早いけど、簡単に殺せる相手じゃない。」

「それなら尚更二人で…!」

「あなたにも帰る場所があるんでしょ。」

言葉を返せない。じっと見つめさらに藤は重ねた。

「あなたはあなたの大事な人のためにその身を使うと決めたって言ってた。それなら尚更こんなところでくたばる訳には行かないでしょ。…この問題は私一人のもの。決断の時はすぐそこまで来てるけど、あなたの手は借りない、借りる訳には行かない。お世話になったお礼に馬頭首なら持ってきてあげるし、連れと一緒に帰った方がいい。」

そう言うと焚き火から離れ、帰り支度を始めた。

「…君のその優しさだけは、ありがたく頂戴しておくから。」

そして藤は自らの小屋に向かって帰っていく。

雲の切れ間の僅かな三日月が、言葉もなく取り残された桜鬼に降り注いでいた。



To be continue...

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