第4話 -迫る火花-

フォウル──二人の前に現れた男は自分のことをそう名乗った。

肩から足首まである青いマントを纏い、物静かな笑顔で二人を見つめている。

敵意は──無さそうだ。

「突然すまない。ここにあった館は私も気になっていたが、自分ではどうにも出来なくてな。止むを得ず周囲の偵察かる行い、戻ってきたら君たちを見かけたのだ。」

「ほーん。で、アンタは何者で、どうやってここに来た?」

「私はしがない旅人だ。世界を渡り歩いて回っている。どうやって、という問いだが…分からない。元の世界では竜と対峙していたが…不覚を取り、炎に包まれたと思ったらこの世界に来てしまったらしい。」

不躾なゼツの質問にも不快な様子を示すことなくフォウルは答えた。

「にしても見慣れない格好してるよね。ちょっとその布の下見して!」

いいとも、と返してフォウルはマントをめくり、二人に中身を見せた。青を基調とした鮮やかな鎧をマントの下に纏っている。

「ナレフと似たような感じだね!アッチは銀色の鎧だけどアンタは青色が基になってるんだな。カッケー。」

「お褒めに預かり光栄だ。しかし今、ナレフ殿、と言ったか?」

「知ってるのか?」

「あぁ、よく知ってる。昔はよく私の世界にも遊びに来てくれたものだ。私が世界を回っていた頃には一緒に連れて行ってもらい、様々な冒険をした…今となっては懐かしい過去だ。」

「なぁ!そう言えばナレフ…見なかったか?俺たちのとこに遊びに来てて、そしたら俺ん所がこんな変な感じになって…偵察に言ったはずなんだがまだ戻って来てねえんだ。」

「そうか、彼もここに…すまないが、私もここではまだ見かけていない。だがもし会えたなら、君たちが無事であること、ナレフ殿を探していることは伝えよう。」

「あぁ、そうしてくれると助かる!」

桜鬼の問いが一段落したのを見てゼツも問いかけた。

「フォウル…だったか。この世界が今ヤベーってのは何となくわかる?」

「あぁ。凄まじい力と力がぶつかり合っているのがこの足から伝わってくる。このままではどちらかが消えるのは時間の問題だろう。」

そういうとフォウルは桜鬼をしげしげと見つめた。

「…彼がこの世界の持ち主か?」

「あぁ。コイツがこの世界の持ち主…つってもこの世界の理屈とかなんも知らねぇからどうしようも無くなってる。乱暴だが元凶をぶっ潰す、っつー作戦で今旅してるわけ。」

「なるほどな…」

「何かこの先どうしたらいいかわかんなくなってんだ。あの向こうの海にも行きたいんだけど、いくら歩いてもたどり着けなくて…」

そう言って桜鬼は湿地の向こうに見える砂浜と海を指さした。

「多分あそこに元凶がいると思うんだけど…」

フォウルは考え込むと、桜鬼が手に持つ羊皮紙を指さした。

「やはりその馬頭首を探すのが良いと思う。先も言った通り、馬頭首は三頭揃えると集めた持ち主の願いを叶えてくれる。恐らくそれがあればどんな距離だろうと目的地にたどり着けるはずだ。」

「やっぱりあの女性がそのつもりで…?」

「恐らくなにかの巡り合わせでここにその伝承がここに集約してることを感じ取ったのだろう。だから最後にそれを残し、手に入れられるよう導いたと思う。」

「それが単純な勘でないといいんだが。」

「勘でもなんでも、今は動くしかねぇだろ!とりあえず」

拳を片方の掌に打ち付けてニヤッと笑った。

「また悪い癖だな。どうせなんも考えてないバカの戯言だろ。」

耳をかきながら呆れるゼツとは対照的にフォウルはにこやかに笑いながら言葉をかけた。

「いやいや、戯言でもその気概、実に見事だ。何かを成すのにはまず成し遂げるという気合いが必要だ。…そうだな、きっと君ならば…」

ふとフォウルの表情が曇ったが、すぐに凛とした顔つきに戻る。

「さて、私にはまだ成すべきことがある。残念だがそろそろ行かせてもらう。」

「一緒に来てくれるんじゃないのか…?」

寂しげな顔で桜鬼は問いかけたが、にこやかにフォウルは答えた。

「案ずるな。ここにいる以上、たどる道は違えど終着地は同じだ。いずれまた会える。…そうだな、代わりにゆくべき道を示そう。」

そう言ってそびえる荒れた山を指さした。

「私がかつて行ったものと同じであるならば、あの山の山頂には古からの怪物に守られた宝があるという。普通に立ち向かえば歯が立たないだろうが、麓にはとある女性が住んでいたハズだ、きっとその女性が助けになるだろう。」

「あの山に…人が?にわかには信じられないが。」

「住めば都、という言葉もあるだろう。それに、私からしたら…君のような存在も不思議でならないが。」

「…勘はいい方らしいな」

「失言…だったか?」

「や、別に気にしねーよ。。てかそれが普通の反応。コイツが麻痺ってンだよ。」

「は?なに?どゆこと?」

会話についていけていない桜鬼を他所に、フォウルは歩き出した。数歩歩いてまた二人に向き直る。

「そういえば、君たちの名前をまだ聞いていなかったな。…伺っても?」

「俺はゼツ。」

「俺は桜鬼!よろしく!またどっかで会おうなー!」

「桜鬼にゼツ…その名、覚えておこう。」

最後まで爽やかなその男は、湿地帯の木々の向こうに消えた。



向かうべき場所を得た二人は山に向かって歩き出した。道中、立ち寄った館での出来事で話に花を咲かせた。

「全くガキに潰されるわ追っかけ回されるわでホント悲惨だわ。ホントお前の思いつきに付き合うとろくな事ァねえ。」

「そう言いながらちゃんと手伝ってくれたじゃん。ありがとな。」

朗らかな顔で笑う桜鬼とは対照的に疲労と呆れた表情のゼツ。館での扱いを思い出すと苦笑いしたくなるのも無理は無い。

そんな他愛のない会話を二人がしばらく進むと、向こうからフードを被った誰かが歩み寄ってきた。距離はそんなに離れておらず、桜鬼たちの方に向かって手を振っている。

「あ?なんだアイツ。コッチに向かって振ってんのか。」

「誰だろう?また外の人間かな。おーい。」

桜鬼も手を振り返すとその人間は走りよってきた。

「おーい。君たち何してるの?絶賛迷子中ー?」

そう言うと女はフードを下ろし、顔を顕にした。 ショートカットにピンクの髪、頭にはぴょこんと毛束が立ち上がっている。明るい笑顔で二人に問いかけた。

「ん、まぁそんなとこッスね。ちょっとこの先の山に行きたくて…」

「そ〜なのか〜!でもあの山、強い魔物が住んでるらしいけど大丈夫?」

「なんか助けになるとかいう女がいるらしいからそれに何とかしてもらう予定。」

ゼツの一言を聞くと女性は何かを考え始めた。

「ひょっとして、それってもしかしてさ…私のことじゃない?」

「マジ!?」

「そうそう。あの山に行って、怪物を何とかしたいんでしょ?私なら、そいつの倒し方知ってるし!」

「そうなのか!頼む!何とかその方法、教えてくんねぇかな?」

桜鬼が必死に頼み込むと、女性はパァっと笑顔になり、

「よし!何か事情は分からんが、お困りとあらばお姉さんが手を貸してしんぜよう!」

そう言って自分の胸をドンと叩いた。

「マジで!?やったぞゼツ!意外と早く会えたな!割と俺らついてんじゃね?」

桜木はゼツの方を向いたが、ゼツはそれには答えず難しい顔をしていた。桜鬼は気にせず女の方に向き直る。

「で、具体的にどうすんだ?」

「まぁ待ちたまえ。手始めにそうだなぁ…」

「下がれ、桜鬼!」

ゼツが叫んだその時、三人の頭上から何者かが降ってきた。



何者かは桜鬼たちとローブの女を分断する形で降り立った。

剣を構え、何かを捉えたのか切っ先からは黒い液体が滴っている。

「お前…ナレフか?」

飛び降りてきた男はナレフだった。二人の方に向き直ることなく、女を睨みつけている。

「お前どこ行ってたの!ずっと探してたんだぞ!今まで何を…」

歩み寄ろうとしてゼツに引っ張られ止められた。ゼツはいつの間にか地上に降り立って警戒を露わにしている。

「おい、気ぃ緩めんな。さっきから変な気がすると思ったらこの女が原因だ。今はっきりした。」

「え…?マジ…?」

桜鬼は女の方に向き直った。

女の方はというと、先ほどの親切そうな表情は消え、冷酷な顔に変わっていた。ナレフに切り落とされたであろう腕があった個所からは切っ先と同じ黒い液体があふれていた。

「また君か。私はショートケーキのイチゴは最後にとっておくタイプなんだけどな。」

女にダメージはないようだ。それどころか切り落された右腕の切っ先がうごめき、新たな腕が形成された。

『引け、去ね。』

地上に降り立ちゼツが言霊を口にする。骸骨の化け物の群れを退散させるほどの効果があるはずだが、女にはまるで効力が無いようだった。

「精神バリアか、つくづく俺の苦手なタイプだわ。」

舌打ち交じりのゼツの言葉には耳も貸さず女は続けた。

「うんー?どうやらあの世界の主は君かぁ。ちょっと食べ歩きに出ただけなのにもうお目当てにあたっちゃったか。」

桜鬼に向けられたその言葉が終わらぬうちにナレフがまた女に切りかかる。再生した右腕を再度切り落とし、そのまま剣を素早く真横に直し両足も切り落とした。

…はずだったが、まるでそれが幻であるかのように数歩離れたところに何事もなかったように立っていた。

「…化け物め」

「いい年したおじさんなんだからもうちょっと気の利いたことぐらい言えないと女の子にモテないよ?…まぁ私が頂くんだけどね!物理的に!!」

女のまた宙に浮いた。ローブの穴から黒煙が噴き出すが、今度は黒煙と同じく漆黒の触手が出てきた。

ナレフは二人の方を向いて叫んだ。

「行け!今のお前達では到底勝てん!!」

触手を切り払うナレフが黒煙に包まれていく。

「行けって、お前はどうするんだよ!というかお前、助けてくれんじゃなかったのかよ…どうなってんだ!?」

「よくそんな甘ちゃんでここまでやってこれたねぇ。私の力なら君、とっくに食われててもおかしくないのに。なんで生きてんの。」切りかかるナレフの太刀筋を交わしながら女が喋る、随分余裕そうだ。

状況が飲み込めないまま助太刀しようとした桜鬼の肩をゼツが引き戻す。

「行くしかねぇだろ、露払いはアイツにやってもらうしかない。全力で引っ張るから肩外すんじゃねぇぞ!」

そういうとゼツはいつもより高く飛び上がり、力いっぱい桜鬼を持ち上げ、全速力で駆け抜けていく。

桜鬼が声を出す間もなく、あっという間に二人は見えなくなった。

「私の名前はローム。覚えておいてね☆」

女の、ロームの言葉を背後に受けながら、二人はその場を離脱した。




暗闇でロームと名乗った者とナレフは再び対峙していた。二度目の手合わせ、後退の選択肢は今回のナレフには無かった。

「さ、て。私ダラダラするの好きじゃないからサクッと終わらせちゃおうか。一応聞くんだけど、あの角の子が私の世界にぶつかってきた世界の主っていう認識でいいのよね?」

ナレフはそれに答えず、剣を構える。女は見下すような形で言葉を続けた。

「君嘘下手でしょ。まぁ答えたくないならそれでいいけど。…ほら。かかっておいで。」

脱兎のように姿勢を低くし、ナレフは剣の切っ先を構え突撃した。かかる触手を切り払い、懐に飛び込む。構えなおし、切り付ける。

二度、三度、四度。

切り、突き、払う。

切っ先が何度も煌めき、そのたびに黒い血液が迸る。

数度切ったところでナレフが離れた。ロームは宙に浮いたままがっくりとうなだれている。

警戒を解かないまま、ナレフは近づいた。ロームは微動だにしない。暫く様子をうかがっていたが、


──絶命した、か──


警戒を解いて剣を降ろした。



が、その時切り落とした触手の一部が剣先に絡みついた。しまった、と思うも時すでに遅く、触手の重みとロームの放った蹴りで剣は根元から折れてしまった。つられて剣を見たのが行けなかった。胴体に重い衝撃が走る。

「首を落とすまで油断したらダメでしょ。ま、それでも私死なないんだけど。」

吹き飛ばされたナレフの視界に、今までとは比べ物にならない太さの触手がローブの背中へと戻っていくのが見えた。あばらが何本か折れたらしく、激痛が駆け巡る。

「刃は折れたよ。勝負ありでしょ。」

地面に転がったナレフを見下ろす。肉厚な触手に勢いよくはたかれたダメージは大きい。すぐには立ち上がれない。這いつくばりながら、下からロームを睨みつける。

「それでも…まだ…」

「よしなって。這う這うじゃん。大人しくこっち側につくなら、命だけは今助けてあげてもいいよ?待遇は要相談かなー?どう?命あっての物種。君なら理解できるよね?」

妖しく手を差し伸べながらロームが問いかける。死力を尽くして立ち上がり、敵意を一層増しながらロームに答えた。

「すまない、物分かりは…悪い方でね」

そういうと立ち上がり剣を捨て、両腕を交差させ、力を込めて腕をそれぞれゆっくりと降ろした。

鎧を縁取る金の装飾が光りを放つ。長髪に隠れていないほうの目に黄色い狂い火が宿った。

ロームはこれまでとは変わった雰囲気に思わず後ずさるが、ナレフはあっという間に距離を詰め、みぞおちに拳を叩き込む。弾こうとする触手を手刀で切り落として、回転し肘打ち。さらに拳を数発叩き込む。衝撃でロームが後方に飛ぶ。が、距離が出る前にナレフはローブの襟を掴み、引き戻しさらに叩き込む。

まるでヒトの形をした獣そのもののように。

最後に叩き込まれた顔面への一撃でようやく二人の間に距離ができた。

空中でくるっと一回転しロームは着地した。

「徒手の方が強いなんて聞いてないんですけど!?」

一方のナレフは肩を上下させ、鎧の隙間からは汗が水蒸気となって揺らめいた。

「人間の底力ってやつね、特に特殊な能力とか、神の加護がない分疲労も凄いだろうねぇ。その鎧、特注品だったりする?」

ロームの口の端から血液の代わりに黒い体液が線を引く。問いには答えずナレフは構えた。

「俺は短期決戦が得意分野でな。」

腰を落とし、腕を広げた。

「そろそろ決めさせてもらうッ!」

跳躍し、一気に距離を詰める。触手で固められた防御癖に飛びつき、手刀で切り開く。二段目の防御壁も腕でこじ開け、引きちぎる。足りない分は嚙みちぎってこじ開けた。中心にやや追い詰められた表情のロームが姿を現した。

残った触手を足場に、両の手で振り払おうとする触手を引きちぎり、片手を伸ばして首を締め上げる。

「ぐっ…がっ!」

呼吸器への攻撃はさすがに効いているのか、ロームは口を叫ぶように開け、のけぞる。

触手が再生する前に手を再び手刀の様に構え、ロームの胸元、心の臓腑へとローブを巻き込みながら手を突き刺した。奥へ、奥へとねじり込む。液体が迸り、手が突っ込まれた部分からあふれ出す。

「捉えたッ!!」

ロームが首を上げ、笑った。

「私がね。」

刹那。差し込まれた箇所から黒い影が這い上がり、腕を伝ってナレフの体を駆け上がる。引き抜こうとするもすでに遅く、影と触手、ロームの腕にしっかり固定されてしまった。

「欲しかったんでしょ、私の命。堪能しなさい、文字通り骨の髄まで…ね。」

日の落ちた湿地帯に、長い叫び声がこだました。




ロームから逃げ、暫く。

長距離移動を終え、疲れたゼツが地面に着地した。

「はぁッ、はぁッ…」

「久しぶりにッ…全力疾走…ッ…したわ…」

湿った地面に濡れることも構わずゼツは地面に大の字になった。

「…ごめん。」

「謝んな。あの距離までヤベェやつだってわかんなかった俺にも責任あんだから。多分あのまんまだったら二人とも…」

そう言ってゼツは親指で自分の首を切る仕草をして見せた。自分たちが逃げてきた方向を見ながら桜鬼は戸惑いを混ぜて呟いた。

「でも、なんで…凄い良い人みたいな雰囲気…出てたのに…それなのになんで…」

「今更気に病むな。でもここから先は油断しない事、それだけは念に置いとけ。俺が基本見てっから大丈夫だとは思うがな、あーいう女みてーなのも当然うじゃうじゃいる。コインの裏表。世の中良い奴も、ヤベー奴もごっちゃなんだよ。よく覚えとけ。」

「…うん。」

桜鬼はゼツの言葉を反芻した。ナレフがあの場にいなければ、今頃はロームというあの女に命を奪われていただろう。

「…俺たちが目当てだったっぽいけど…追ってくるかな。」

「さっきので臭いは覚えた。少なくともここからは臭わねえ。見失ったか、諦めたか、ナレフがぶっ倒したか。…個人的には三番目であって欲しいわ。あんなのと何度もやり合いたくねぇからな。」

そう言ってゼツは木の上へと浮いて登った。

「今晩は臭いに集中して寝ることにする。流石に気は抜けねーだろうが今は寝とけ。明日からは登山だからな。」

「あぁ…そうする。ありがとな…ゼツ。」

ゼツはそれに応えず寝息を立て始めた。

月明かりを見上げながら、憂いを抱いて、桜鬼は寝ることを決め、木に登った。



二人の正面には、黒々とした山の麓が広がっていた。

その不気味さを体現するかのように。


To be continue...

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