【長編】IRIS//RAGNAROK(旧約・魔法使いの孫と終焉戦争-ラグナロク-)【本編完結済】
椰子カナタ
第一部 魔神再誕
Chapter1 織原鈴詠
Chapter 1-1
中学生になった
校舎の屋上に寝そべり、空を見上げるのは日常茶飯事だ。入学式から三ヶ月が過ぎ、七月になっていた。
期末テストが終わり夏休みも近い。多くの部活動が大会に向けて熱を入れている。
そして京太は、それが自分にとって何の縁もない世界であることを知っていた。
グラウンドの喧騒を余所に物思いに耽っていた京太の思考は、屋上のドアが開く音で遮られた。
振り返ると、ドアを開けたのは見知った顔であった。彼女は京太に向けて軽く手を振る。
「お迎えだよ、京太君」
「……鈴詠」
傍に寄り添い、屈託のない笑みを向けてくれる彼女の存在は、京太にとって一つの救いと言えた。
「悪い。今行く」
鈴詠と並んで屋上から降りていく。昇降口まで降りれば、見知った顔が二人を待っていた。
「随分待たせるね、京太」
「うるせぇ。悪かったな、双刃」
この、長めの髪を無造作に流す美形は、いつだってこういう射に構えた態度を崩さない。
三人は談笑しながら帰路に就く。しかし。
京太は、これが自分にとって何の縁もない世界であることを知っていた。だがそれでも、京太はそのぬるま湯に浸かって生きていくことしかできなかったのだ。
※ ※ ※
蒸し暑い夜。元から寝付きの悪い京太は、縁側で夜風に当たりながら本を読むのが日課だった。
和室から覗く庭は日本庭園になっており、静かな夜の中、月明かりに照らされる姿は壮観と言ってよかった。
と。襖が開く音がして京太はそちらを振り返る。家の者の殆どはまず声を掛けてから襖を開ける。こんな無礼を働くのは祖父の
「双刃」
「こんばんは、京太」
天苗双刃。彼も京太にとって、幼い頃から馴染みの人物だ。
同い年ではあるが、まるで兄弟のような間柄である。どちかが兄なのかは、お互いに意見が分かれるかもしれないが。
「夜更かしが過ぎるんじゃないか? あまり遅いと紗悠里さんにも迷惑が掛かるだろうに」
隣に腰掛ける双刃の言葉に、京太は顔を背けながら素っ気なく返す。
「うるせぇ。お前には関係ねぇよ」
悪態を吐きながらも、京太は本を閉じて双刃に視線を投げる。
「何か用かよ」
こんな夜更けに突然部屋を訪ねてくるとは珍しい。
ぶっきらぼうに応じたが、対する双刃は既に慣れたもので、そんな京太の態度も意に介した様子はない。
「用がなけりゃ、来ちゃいけないかい?」
京太はそれに「別に」と短く返すに留めた。暗に「早く帰れ」と言外に込めたつもりだったが、しかし双刃が立ち去る気配はない。
「まあ、でも」
双刃は立ち上がり、庭に降りる。月を背にするその手には、いつの間にかナイフが握られていた。
「久々に手合せ願うっていうのも一興かもしれないな」
目を細めて嗤うその表情は、月明かりに照らされているせいかどこか妖しげですらあった。
京太はそんな双刃を冷ややかに見つめながら、「は」と息を吐く。
「お前、本気で言ってんのか」
「おいおい、まるで俺の台詞は全部冗談だ、みたいな口振りだね」
双刃は続く言葉もなく唐突に地を蹴った。京太の身体を押し倒し、手に携える凶刃を繰り出す。磨き抜かれた神速の突き。月下に映える互いの姿が反射する程に研ぎ澄まされた刀身が京太に迫り、胸の前に止まった。
「なあ、俺を殺してくれよ、京太」
「……ざけんな。人を殺す趣味なんかねぇよ」
今の物音に反応してか、襖が再び開き女中の少女が顔を出す。
「双刃さん!? 何を……」
刀を構えようとする少女を前に、双刃はナイフをしまって立ち上がる。
「そうかい。……早くした方がいいぜ。でないと俺はいつか必ず、お前の大切な物を殺してしまうからな」
この時の京太に、答える言葉はなかった。
今にして思えば、それは『人間である天苗双刃』からの最期の言葉だったのかもしれない。
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