第16話 奇跡!・豆知識

 せっかく順調に走り出したところなのに――!


「これ、あとどのくらいかかるんだろ」

 ピコピコピコピコピコ……

 レオの声に反応したトトが計算を始める。

「このペースなら、9時間36分45秒で終了スルと思われマス。タダシ、途中デ電池交換を3回、順調にすませる必要がアリマス……」

「ええ~? あと9時間もかかるの!?」

「仕方ない。あと1日待ってくれるよう、頼んでくるよ」

 学が玄関に向かおうと背を向けた。その時。


「はぁい」

 家の奥から、チャイムに答える声がした。

 リーナの顔が、ぱぁっと笑顔になる。

「おばあちゃま!」

 ピカピカ!

 トトもうれしそうに光る。

「意識が戻ったんだね!」

 レオが言うと、リーナはうれしそうにうなずく。

 マシンもできたし、おばあちゃんの意識も戻ったし、あとはおとなりさんが1日待ってくれさえすればすべて解決なんだけど。

「とにかく、頼んでくるよ」

 学はばあちゃんの後を追うように玄関に向かう。


 庭に残ったリーナが心配そうに玄関の気配を探る。

「大丈夫かな」

 おとなりさんと町内会長さんが今にも庭に乗り込んでくるんじゃないかと思うと、レオも気が気じゃない。ゆっくり動いているマシンに向かって、

「がんばれ!」

 そう声援を送ったとたん……


 ウィーン、ガシャ! ウィーン、ガシャ! ウィーン、ガシャ!

 マシンは目にもとまらぬスピードで動き出した。草をババババッと巻き上げながら、扉の開いた倉庫につっこんでいく。

「ああっ! なんでっ!」

 猛スピードで倉庫に直進していくなんて、壊れたとしか思えない。


 ガシャンガシャンガシャン!

「どういうこと! わたし、こんなことしろなんて、プログラミングしてないのに!」

 倉庫から出てきたマシンの行動に、リーナも声を上げる。


「「ああ~~~~~!!」」


 2人のさけび声が重なる。さらにそこに、「ひやぁぁぁぁ!」という奇声が重なった。玄関からだ。

「虫! 虫ですよ! これだからなんとかしなきゃって言ってたんですよ」

 となりのおばさんは、玄関に現れた小さな黒い虫を見て、後ずさる。

「こうなるんじゃないかって、わたしは心配してたんですよ。こんなのが近所に増えたら……! ああ、おそろしい」

 すっかりパニクっているおばさんの前で、町内会長さんが、虫のすがたをよ~く見ようと腰をかがめて顔を近づけた。

「ああ、これは……」


 会長さんは、落ち着いた声でそう言った。

「コオロギの赤ちゃんですねぇ。いやあ、いるところにはいるんだなあ」

「こ……こおろぎ……?」

 会長さんは、手の平をコオロギの赤ちゃんの前に差し出した。赤ちゃんはピョンと床を離れ、その手の上に乗った。会長さんはやさしく、反対の手でふたをした。

「秋にはいい声が楽しめるでしょう?」

 会長さんにほほえまれて、おばあちゃんはにっこりと笑い返した。会長さんはおとなりさんにも、「ねえ」とほほえんだ。おばあちゃんちのコオロギの声は、おとなりの家にも届くはずだ。おとなりさんは「ええ。まあ」と困ったように笑った。


「しかし、きみは家の中より、お庭の方が好きだろうに」

 会長さんはコオロギに、なぜ玄関にいたのかとたずねた。

「今、庭を掃除していたので、あせって家に逃げこんでしまったんだと思います」

 学はコオロギを受け取ろうと、会長さんの方に手を伸ばした。すると会長さんはにこりと言った。

「よかったら、わたしにこの子を庭に帰させてもらえないだろうか」


 ドキッ。それはまずい。

 やさしそうな会長さんだけど、おとなりさんに連れてこられたのだ。庭の状態を確かめるつもりかもしれない。学はあせる。

 しかしおばあちゃんはおとなりから文句が来ていることなどつゆ知らず、「どうぞどうぞ」と会長さんを中へと案内した。


 会長のあとに、おとなりのおばさんもついて上がる。ハラハラしながら学はそのあとをついていった。

 縁側のある部屋の扉を開けた時、扉の向こうから何かがぶわっと飛んできて、となりのおばさんをまたもや「ひゃぁっ」と叫ばせた。


「大丈夫ですよ。アゲハ蝶です」

 やわらかい声で会長さんに言われ、おばさんは顔を上げた。たしかに部屋の中をひらひらと飛んでいたのは美しいアゲハ蝶だった。蝶は部屋の中をぐるりと1周回って、外へと出て行った。蝶を追ってそのまま庭へと目を向けた学は、目を丸くした。

「まぁ……」

 おばあちゃんの驚いた声がもれた。


 傾きかけた夏の日差しが差し込む庭は、さっきまでとはすっかり様変わりしていた。

「なんでこんなあっという間に……」

 その光景に、学は目を疑った。

 こんな短時間で、いや、そもそもあの庭がこういう風に変わるだろうか。


 学がいなくなった庭でこの短時間にいったい何が起こったのか。

 猛スピードで動き出したスーパー・ソード・マシンは、あちこちの草木を芸術的にカットしてまわったかと思うと、大急ぎで倉庫からショベルを持ち出し、なんといくつかの草木を掘り起こして、草丈や色合いを見て、奥行きや彩りがよくなるよう植え替えた。

 ついでに、乱れていた花壇のレンガも美しく積み直し、脚立に上って茂りすぎていた木の枝を透かし、木もれ日の落ちる庭を作りだしたのだった。


 その間、わずか59秒99!

 1分を切る驚異的な早業である。

 もちろん、道具も片付け、切り落とした枝葉の掃除もすませている。

 

「す……すごい」

 レオは驚きでぼうぜんと立ちつくしていた。

「こんな風にプログラムしてなかったのに。こんな風にプログラムしてなかったのに……どうして」

 リーナが首をかしげ、ぶつぶつつぶやいている。

 レオは、リーナがまたトトの時のように、命令していないことをしたといって怒りだすんじゃないかと心配になった。

「あ……あのさあ……」

 レオはリーナの顔をのぞきこんだ。


 その時。

「みなサンによろこばれるように、やってミマシタと言ってイマス!」

 しゃべれないスーパー・ソード・マシンに代わって、トトが笑うような声を響かせた。

「『よろこんデ、もらえましたカ?』」


 リーナの不思議そうな顔が、にやぁ~と笑顔へと変わっていく。

「……なんだかすごいマシンができちゃったみたい」

 その言葉と笑顔に、レオは胸がいっぱいになった。ほほがゆるんで、にやけてしまう。 

 スーパー・ソード・マシンは、足元からそんな2人を見ていた。


「あなたは、わたしが6年生の時に入学されたんでしたよねえ」

 庭を眺めていた会長さんんが、目を細めてなつかしそうに言った。

「え、ええ」

 そう答えたのは、となりのおばさんだ。

「集団登校で、半年くらいいっしょに登校しましたねえ。わたしも最高学年になったことだし、町の班長としてがんばらねばと気負っていたのを思い出します」

 会長が昔をふり返る。話を聞くおとなりさんの表情は、どことなくうれしそうだ。入学したてのころのおとなりさんにとって、会長さんは頼れるお兄さんだった。


「いつでしたか、あなたのお母様が庭の木にアゲハの幼虫がいたといって、みんなに配っておられたじゃないですか。わたしももらって帰りましてねえ。あの幼虫、ちゃんとうちで羽化したんですよ」

「そんなこともありましたかね」

「もしかしてあの時もらった枝は、あの木だったのでしょうか」

 おとなりとの間の生け垣の向こうに、大きな黄色い実のついた夏ミカンの木が見えている。

「さてと……」

 会長さんは縁側のふちまで行くと、しゃがみこんで手の中のコオロギを庭に放した。


「いい庭ですねぇ。きみたちは、ラジコンで遊んでいるんですか?」

 スーパー・ソード・マシンを見つけた会長さんに、レオは首を横にふった。遊んでるだなんてとんでもない。今会長さんがほめてくれた庭を作ったのは、何を隠そうこのマシンなのだ!


「いいえ。こいつはラジコンじゃなくて、すご腕庭師なんです!」


 レオに笑顔で紹介されて、マシンはヘッドライトをピカピカッと光らせた。もちろん、光るように作った覚えなんて誰にもなかった。


★ここで豆知識!★

 2024年、今世界でとても話題になっているChatGPTって知ってるかな?

 ChatGPTというのは、人間としゃべる時のように自然な言葉で質問に答えてくれたりするAIのことだよ。世界中のことを学習しているから、色々な情報を知っているよ。トトとちょっと似ているね。でも、ChatGPTに聞いてみたら、心は持ってないんだって。スーパー・ソード・マシンのように、目的を果たすために自分で自分を成長させることもできないんだって。

 だから今のところ、リーナは世界で1番進んだものを作り出したんだ。今のところ、だけどね。いつの日か、この物語のようなAIが登場する日が来るかもしれないよ!

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