第14話 ココロ
あれは抜くなとかこれも抜くなとか、自分たちはリーナにさんざん注文をつけられたのに、どうしてばあちゃんは大事な花を抜いていたんだろうと、ちょっと恨めしくレオが思っていると。
「おかしい。これは野菊の一種……のはず。刈ってはいけない花だってさっき言ってたのに」
リーナも悩んでいた。
「トト、がんばりマス! リーナのタメ! みなさんのタメ! このナゾを解き明かしマス! ディテクティブ・トト、デス!」
トトがポシェットからフワッと飛び出してきた。パソコンの前に着地するとくるくると回り、パソコンに向かってぴたりと止まった。そして、チッカチッカと点滅したかと思ったら。
ダダダダダダ。たくさんの文字や植物の写真が、ものすごいスピードでトトの画面に次々と流れ始めた。
広い広いインターネット空間を飛び回っているのだ!
「――植物を育成する場合――」
トトは、あっというまに情報を集めてきて、報告を始めた。
「注意しなくてはならないのは、病害虫の発生デス! 過密した環境で育成しているとその危険性が高まりますから、風通しをよくするため適度に間引く必要があるようデス! また、花つき・実つきをよくするために間引きを行う場合もあるようデス」
「なるほど。そういうことね」
だから大事な花を抜いていたのかと、リーナはうなずく。しかし学は、
「その可能性も考えたけれど、これは間引いてるようには見えないんだよなあ」
と、すっきりしない顔でつぶやいた。
その瞬間、トトの画面が真っ暗になった。「がーん」という効果音が聞こえたような、聞こえなかったような。
「……モ、モシカシテ、この情報はスデニご存知でしたカ?」
かなりショックを受けている様子に、学もついつい同情してしまう。
「いやちょっと……‥。この前たまたま、調べたことがあったんだ。そう気にするな」
もともと知っていたんだけれど、ウソを言ってしまうのだった。
AIのトトまでもが、ばあちゃんを助けるために一生懸命になっている、そんな時。
レオはというと、おでこに乗せていたゴーグルに手をかけ、うずうずと体をゆらしていた。
「あの…‥‥こんな時に悪いんだけど、ぼく、スーパー・ソード・マシンを改造してきていいかな?」
こそこそっとつぶやくレオ。リーナが冷たい目を向ける。
「いいわけない。こんな時に、なぜ?」
「もしかして、何かわかったのか?」
学が期待のこもった声で言う。レオは申しわけなさそうに縮こまる。
「いや、そうじゃなくて……」
こんな時にどうかしてるなあと思いながらも、レオはえいやっと思い切って言った。
「ばあちゃんの手入れした庭さ、すごいセンスいいじゃんっ!」
レオは画面の中のおばあちゃんの思い出の庭を指さす。
こんもりと咲いたカラフルな花の群れ。その足元をぐるっと囲む薄緑色のカーペットのような草。奥に茂る背の高い草陰からは、まるで小人でも出てきそうだ。こんな庭、童話の舞台だとしてもおかしくない。
「ばあちゃんが丁寧に作業してるから、こんな庭ができるんだよね。適当に刈刃をつけてるだけのスーパー・ソード・マシンじゃ、こんな仕事はできない。それがヤなんだよ。ぼくはコイツを、もっと細かくて丁寧な作業ができる体にしてやりたいんだ!」
草ぼうぼうの庭から、草をただなぎ払ったって、それだけじゃこんな風にきれいにはならない。
「センス……」
レオの訴えの中から、学は一つの言葉だけをくり返した。
「それだっ!」
「何がそれだっ!?」
「ばあさまは人間だ。機械じゃない。植物の種類だとかそういった分かりやすいルールだけで動いてるわけじゃなかったんだよ」
リーナが納得いったというようにうなずく。
「なるほど」
「ばあさまは草の種類を見るだけじゃなくて、庭が美しく見えるかどうかを考えながら手入れしてたんだよ」
謎が解け、すっきりとする2人とは対照的に、レオはショックを受けていた。
「ええー!? それってもしかして、細かい動きができるようになっても、あいつにはばあちゃんと同じ仕事はできないってこと?」
せっかく、ばあちゃんに喜ばれるような仕事をさせてやりたいと思ったのに。
「美しい庭を作れなんてあいつに言ったって、ぜったいムリだよ……。だってあいつ、機械だもん」
機械にそんなこと考えろなんて言っても、無理に決まっている。
「ばあさまも似たようなことを思ってたんだろうな」
レオたちがいくら便利な道具を作ってくれても、自分の思っているような庭はできない、でも3人が楽しく過ごしてくれればそれが何よりだと、難しい注文をつけず見守っていたのだろう。
「ソレデモ、心残りがアッタカラ、心の中でずっとマシンにしゃべりかけていたんですネ」
「レオもばあさまも、最新の情報技術がどんなにすごいか知らないんだな。というより、リーナの力を知らないというべきか」
「確かに、機械に『美しい庭を作れ』とただ命令しても難しいかもね。でも……トト!」
「ハイ! リーナ!」
「世の中で『美しい』といわれている庭のデータを集めて。件数は……1万個以上!」
「了解です! オーケイ! ハオダ! インシャアッラー!」
ディープラーニングという方法を使えば、たくさんのデータから共通する特徴を見つけさせて、AIに『美しさ』とはどんなものなのかを教えることができるのだ。
トトの中に、世界の美しい庭の写真がダダダダダっと映っては消え、映っては消えする。そうやってトトの集める情報を使って、リーナはブルーベリーパイを教育するデータを作っていく。
「これでばあちゃんの願いが叶えられるんだね」
刃先を器用に使いながら庭を美しく整えていくマシンを想像して、レオは満足げに笑う。
「ところで、マシンの方がばあちゃんに聞きたがってたことって何だったんだろう?」
「それは、レオと同じだったんじゃないか? ばあさまに満足してもらえてないことに気がついて、どうすれば役に立てるかを知りたかったんだろう」
リーナが聞き捨てならないと言った調子で会話に割り込んだ。
「そんなことってある? 機械がそんなことを考えるなんて」
「ないって、言い切れるか?」
リーナは、昨日からのトトの様子を思い浮かべた。レオに嫉妬したり張り合うようなことを言ったり。でもまあ、そこまではよくできたAIだといって片付けることもできる。でも今日になってあんな勝手なふるまいをして、リーナに問い詰められても徹底的に逆らって――まるで自分の意志があるみたいだった。心があるみたいだった。
同じようにスーパー・ソード・マシンが、何かを感じたり、誰かを想ったりしたとしたって、不思議じゃない。
初めてリーナは、そんな風に思った。
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